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【☆4.9万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:089 坂上の独白

「いつから、あいつ(前崎)を裏切っていたのか」


もしそう問われるならば、答えは「割と最初から」になる。


あの『Hound』に組み込まれた桃井春奈という女を見た時、俺の中で前崎がやろうとしていることの全貌がおおよその察しがついた。

そして、究極の殺戮兵器である『ペルディータ』の駆動システムを目の当たりにした時、その予感は確信へと変わった。


あいつは、超えてはならない人間の倫理の底を、完全に踏み越えてしまっている。


大昔、二十世紀の半ば頃に『ロボトミー手術』というものが存在したらしい。


脳の精神外科手術によって心の病を劇的に治療するという、当時は画期的と持て囃された術式だ。

だが、より多くの臨床データと実績を欲した狂気の医師たちは、麻酔すらまともにかけず、アイスピッケルのような医療器具で患者の目頭から頭蓋を貫通させ、前頭葉をかき回すような手術を、それこそスナック感覚で文字通り何千人にも狂ったように繰り返した。


今の前崎のクローン技術やHoundの運用方法は、あの歴史の汚点と全く同じ匂いがする。


それに、ある日自分の娘から泣きそうな声で言われたんだ。


「お父さん、アンディー君とフレイアちゃんが、急に学校に来なくなっちゃったの」と。


話を聞けば、彼らは海外から流れてきて、東京のドヤ街の片隅にひっそりと住み着いていた幼い兄妹だった。


決して裕福な暮らしではなく、両親はまともな働き口を求めて、必死の思いで日本へ渡ってきたのだという。

だが、書類上は「違法移民」だった。

だからこそ、治安維持部隊であるHoundに、戸籍のない虫ケラのように夜闇の中で強制連行されていった。


今、東京では彼らのような哀れな犠牲者を秘密裏に救い出し、保護する場所がある。

ここの人間たちが、自分たちの僅かな貯金を血を吐く思いで切り崩しながら、前崎のシステムに対抗していたことを知ったよ。


それには宗教団体やらインフルエンサーやらオンラインサロンやら。

そんな連中も絡んでいるから100%善意ではないがな。


もう、あいつの耳には俺の言葉なんて届かない。

いや、厳密にいえば物理的な声は聞こえているのだろうが、あいつの脳内では、一般の国民なんてものは「知性の足りない養豚場の豚」程度にしか考えられていないと思う。


それは別にあいつだけの問題じゃない。

これまでの首相だって「今日も野球場はいっぱいじゃないか?」ってスポーツで国民をコントロールしていたしな。


一国の絶対的な支配者にのし上がるためには、おそらくそれくらいの冷酷な思考回路でなければやっていけないのかもしれない。


だが、この最底辺で必死に生き、新しく生まれてくる子どもたちに何の罪があるっていうんだ。

ようやく人種的な差別が随分と無くなってきたのに、あいつは日本を最強の国にすることしか頭にない。


それなのに俺はと言えば、前崎から与えられた都内の最高級ホテルのスイートルームで、何不自由のない贅沢な暮らしを毎日約束されている。


なぜなら、前崎の軍の戦術統括や、Houndたちの脳へ戦闘技術を直接流し込む「技のインストール」の根幹を担っているのは、この俺だからだ。


まあそれでもシステムにはまだバグのような致命的な欠陥が多くて、実戦データを取り込みながら調整を続けなければ、まともに機能しないからな。


その技術の対価として、前崎から支払われる報酬は莫大だった。

かつて俺が所属していた自衛隊の給料の、ざっと300倍だ。

しかも完全に無税という破格の条件で口座に振り込まれる。


だが、どれほど大金を積まれようが、俺の心は1ミリも満たされなかった。


恐らく、俺がかつて泥に塗れながら自衛隊の制服を着ていた過去も関係しているのだろう。

お国のため、誰かのためという「自己犠牲」ほど高尚なプライドじゃない。

だが、どうしても、自分の利権のために地を這う弱者を切り捨てることだけは、俺の性根が受け付けなかったんだ。


もしかしたら俺の視野の方が狭い可能性だってある。

それでもあいつには俺はついていけない。


だから俺は、かつてのダチとして、あいつがやっていることは絶対に間違っていると証明する。

例えその結末が、この手であいつの心臓を突き刺すことになったとしてもだ。


俺の不穏な気配を本能的に察知したのかは知らんが、最近の前崎は、捕らえた反社会的な犯罪組織のトップ連中を有能な部下に仕立て上げている。

シカリオのラスカノっていうのがその代表だ。それに銀司というサイボーグに符宵とかいう自称僵尸なんて奴も新しく入ってきた。


俺が直卒できる純粋な部隊の寿命も、そう長くは持たないだろう。


このあいりん地区の地下基地は、作戦のどさくさに紛れて、俺が自分の手の内にあるHoundに命令して極秘裏に作らせたものだ。

安心しろ。

そのHoundたちの個体識別IDと統制システムは、前崎のメインネットワークから完全にスタンドアローンで切り離して偽装してある。

地下の環境だから、お世辞にも快適なシェルターとは言えないかもしれないが、軍隊を丸ごと一つ収容できるくらいバカデカくは作っておいた。


日本屈指の治安の悪い危険地域に作っちまったが、元々は行政からも見放されて放棄されているような土地だ。

前崎の検閲の目をごまかすには、これ以上ない最高の舞台だろう?


俺も、近いうちにすべての偽装工作を終えてそっち(大阪)へ合流する。


地下には、かつての戦友である黒岩と、それから雨宮っていう信頼できる仲間がすでに潜伏しているはずだ。

まずはそいつらの指示に従って、政権をひっくり返すための最低限の武装と準備を整えておいてくれ。


俺の方からも、要塞の警備の薄いルートや前崎の動静といった決定的な内部情報を順次そっちへ流す。

準備が整い次第、一政権に対して一斉攻撃を仕掛けるぞ。


そっちで、少しでも戦力になりそうな骨のある奴がいたら、今のうちに全員に声をかけて繋ぎ止めておけ。


――メッセージは、以上だ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一ノ瀬は液晶画面に表示された坂上のビデオメッセージを見終えると、力なく顔を伏せた。

縛られた両膝の上にぽつりと落ちた視線の先で、己の不明を恥じるように、奥歯を噛み締める。


「……最初にね、僕が前崎さんの所に行くことを伝えたの。

 坂上さんだったんですよ。

 「正気か!?」とは言われましたけどね」


黒岩は何も言わず、ただ静かに煙草の煙を吐き出しながら、年下の上司だった男の告白を黙って聞いていた。


「僕はあの時、心のどこかで期待していたんだ。

 あの圧倒的なカリスマを持つ前崎さんなら、停滞したこの国を、歪んだ世界を、何か劇的に変えてくれるんじゃないかってね。

 ……でも、坂上さんは僕よりもずっと前から気づいていた。

 組織の誰よりも近くであの人を見続けていたからこそ、遅かれ早かれ、前崎さんという怪物が倫理のタガを外して暴走を始めるってことを、あらかじめ予見していたんだ」


深く息を吐き出し、一ノ瀬の口元から自嘲の笑みが漏れる。


「そんな簡単なことにも気づけずに、右腕気取りで踊らされていたなんて……。

 本当に、僕は救いようのないバカだな……」


「……そうやって自分を卑下するものではありませんよ、一ノ瀬さん」


黒岩は灰皿に煙草を押し付け、声を低くして言った。


「あんたがバカなんじゃない。

 前崎の掲げた理想が、それだけ甘美で完璧に見えたってことだ。

 現に、この国の若者どもの大半は、今でも前崎の意見に熱狂的な賛成派なんだからな。

 確か直近の統制世論調査でも、10代から20代の支持率は6割から7割を超えていたはずだ。

 まともな教育を受け、平和だのなんだのと説法を聞かされて、倫理を説かれて育ったはずの若者たちが進んで首輪を求めている。

 あんた一人の責任じゃないさ」


黒岩の言葉を聞き、一ノ瀬はゆっくりと顔を上げた。

その包帯の奥にある瞳には、先ほどまでの絶望や寂しさは消え失せ、元公安としての冷徹で明確な光が戻っていた。


「黒岩さん。僕は、あなた方のこの計画に全面的に協力します。

 ……ただし、坂上さんの言うような『暴力的な解決方法』だけが、前崎さんを止めるすべての手段だとは僕は思わない。

 情報戦、あるいは新秩序の内側からのシステム瓦解――僕にしかできないやり方で、あの人の暴走を止めてみせる」


一ノ瀬のその決意の眼光を受け止め、黒岩はフッと不敵な笑みを浮かべ、椅子から立ち上がった。

そして、一ノ瀬の前に歩み寄ると、その拘束された手首にかけられた頑強な手錠へ、迷うことなく鍵を差し込んだ。


カチャリ、と硬質な音が響き、金属の枷が床へと転がる。


「頼りにしてますよ、一ノ瀬さん。

 元副総統の能力を俺たちの悲願のために、存分に躍ってもらいます」

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