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【☆4.9万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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209/214

File:086 日本株式市場

ジュウシロウ一行を乗せたハイエースは、山陽道を東へとひた走り、着実に大阪への道程を進めていた。


車窓を流れる都市の景色が次第に過密さを増していく中、一ノ瀬は沿道のビル壁面に設置された巨大な液晶スクリーンの前を通過した瞬間、そこに映し出されたニュースのテロップを見て、包帯の剥がれた剥き出しの眉を不穏に顰めた。


「怜君、すまないが車内のモニターか、誰かの端末で株式市場のリアルタイムチャートを見せてくれないか」


「えぇ……こんな状況の最中に何言っているの?」


後部座席のマスミが、あまりにも場違いな要求に首を傾げ、一ノ瀬が抵抗できないことを利用して頭をペシペシと叩いた。

一ノ瀬は相変わらずグルグル巻きに拘束されている。


「なんだよ、元副総統様ともあろうお方が、今更老後の資金運用の心配でもしてんのか?」


ハンドルを握る怜が、いつもの調子で皮肉交じりに鼻で笑う。


「冗談を言っている暇はないんだ。

 ……どうしても、今この瞬間に確かめておかなければならない。

 杞憂であればいいのだが……少し気がかりがある」


一ノ瀬の冗談を一切排した声音の重さに、マスミはただ事ではないと察し、膝の上で自身の電子デバイスを起動した。

それを一ノ瀬の顔に見せる。


「……ちなみに、確認したいのは国際市場? それとも日本国内?」


「日本市場、日経平均の現物と先物、それから主要なグローバル企業の個別銘柄を頼む」


一ノ瀬に促されるまま、マスミが画面をタップして最新の経済指標を表示させる。

そこに映し出された折れ線グラフと数値の羅列を見た瞬間、一ノ瀬の目が細められた。


そこに映し出されたのは、あらゆる経済セオリーをあざ笑うかのような狂気的な数字の羅列だった。


日経平均株価: 48,500 円(前日比 +4,200 円[+9.5%])

東証グロース市場指数: 前日比 +15%

出来高(取引量): 通常の5倍以上


チャートの折れ線グラフは、なだらかな曲線を描くことなく、まるで鋭利な刃物のように垂直に近い角度で画面の最上部へと突き抜けていた。


「やっぱり……ありえないこんな数字……」


「おい、一体何が映ってんだ? もったいぶらずに説明しろよ」


横から会話を聞いていたジュウシロウが低く問いかける。

彼をはじめ、戦いの中に身を置いてきた者たちには、株の複雑な知識などない。

画面に踊る数字の羅列が、この国の何を出力しているのかすら分からなかった。


「見てくれ。この数日間で日本市場に流入した海外資本の総額は、推定で数十兆ドル(数百兆〜数千兆円規模)。

 これは一国の国家予算を遥かに超える、地球規模のマネーだ。

 明らかに、特定の巨大財閥や国際金融資本が『戦後の日本の利権』を丸ごと買い叩きに来ている。

 前崎さんの政権が勝つことに、世界中の大富豪たちが全財産の『一割程度』を賭けて一斉に投資した証拠さ」


「……本当ね。

 日経平均の先物が、ものの数十分で一気に$4,000$円も跳ね上がってストップ高を付けているわ。

 トヨタやソニー、三菱といった日本を代表する時価総額トップの銘柄が、何兆円もの買い注文を残したまま比例配分(買い手が殺到して買えない状態)になっている。

 有事の際にこんな資金移動が起きるなんて、絶対にあり得ないわ……!」


いくら理系とはいえ、元総理大臣の娘として最低限の帝王学と経済の基礎を叩き込まれてきたマスミが、信じられないものを見る目で画面を凝視し、一ノ瀬の言葉が事実であることを保証した。


「ハイパーインフレーションになる可能性は?」


「それはないよ。株式市場への猛烈な資金流入だからね。

 日本にはむしろプラスだ。

 数値が改ざんかバグだと言われた方がまだ納得できるけどね」


不機嫌にこちらを見ている他の面々の顔に一ノ瀬が気づいた。


「これが何を意味しているか、君たちには分かるかい?」


「……どういう意味よ。出し惜しみしないで言いなさいよ」


カオリが苛立ちを隠せない様子で問い詰める。


「世界中の、文字通り地球の頂点に君臨する本物の大富豪(投資家)たちが、現在の日本を『最も確実で、最もリターンの大きい巨万の投資対象』として見定めたということさ」


「そんな馬鹿なこと……!!」


カオリは即座に激昂し、声を荒らげた。


「冗談じゃないわ! 明らかに今の日本は内戦状態よ!?

 前崎がクーデターを起こして、社会がひっくり返って血が流れているのよ!?

 そんな不確実で危険な国に、まともな投資家が金を突っ込むわけがないじゃない!」


「そうだね。普通の政変なら市場は暴落し、通貨は紙屑になる。

 ……ということは、答えは一つしかない。

 前崎さんがアメリカあるいはヨーロッパ貴族とかその裏にいる世界の超巨大財閥の連中を完全に納得させるだけの『絶対的な優位性と、戦後の莫大な利権の保証』を、秘密裏に提示したとしか考えられないよ。

 あとの全員はただその流れに乗っている小金持ちさ」


「……前崎さんが裏で世界と手を握っている……? それが意味することって、一体……」


マスミの背筋に、冷たい戦慄が走る。


「この国は、前崎さんの描いたシナリオ通りに、寸分の狂いもなくこのまま突き進むということさ。

 世界がそれを容認し、むしろ加速させるために金を注ぎ込んでいるんだからね」


「倫理的に間違っているでしょ、そんなこと……!

 人の命と国を何だと思っているのよ!」


カオリが吐き捨てるように、激しい嫌悪感を露わにした。


「カオリさん、倫理とビジネスは、常に完全なる対極に位置するものだよ。

 国家の舵を握る側、あるいは莫大な資本を動かす経営者の視点に立てば、そんなことは常識だ」


「でも……!」


「それにさ、アフリカの僻地で毎日多くの子どもたちが飢えや紛争で死んでいるとニュースで聞けば、僕らはその瞬間こそ「可哀想に」と眉を顰めるけれど、翌日の朝食の席ではもう綺麗さっぱり忘れているだろう?

  世界の投資家たちから見れば、僕らだってそれと全く同じなんだよ。

 新政権の誕生という壮大なパラダイムシフトの陰で、東洋の島国のアジア人が何万人死のうが、彼らにとってはチャートの上の数字の微動にすら満たない。

 どうだっていいことなのさ」


「……っ」


あまりにも残酷な、だが反論の余地のない世界の真理を突きつけられ、カオリは悔しそうに唇を噛み締め、不貞腐れたように窓の外へと顔を背けて黙り込んだ。


「あらかじめ言っておくけれど、僕は未だに前崎さんがもたらす世界の未来の合理性を信じている。

 だから、その答え合わせをするために君たちの旅に同行しているだけだ。

 決して、君たちの甘い理想に共鳴した『味方』になったわけじゃないよ」


一ノ瀬が手錠の嵌った手を軽く持ち上げ、冷徹な微笑を浮かべる。

その態度に、運転席の怜が限界を迎えたようにハンドルを叩いた。


「ジュウシロウさん。やっぱこいつ、今すぐ瀬戸内海に沈めましょう。

 袋詰めにすれば、いくら縄抜けが得意でも上がってこれねぇっすよ」


「……落ち着け。沈めるなら、大阪に着いて、こいつの利用価値をすべて吸い尽くした後でいい」


助手席のジュウシロウが微動だにせず、低く冷たい声で怜を宥める。

そんな車内の緊迫した空気などどこ吹く風とばかりに、ハイエースは高速道路のインターチェンジを降り、かつてシュウが生まれ育ち、そして前政権から完全に零れ落ちた剥き出しの無法地帯――大阪の深きスラム街へと、その車輪を滑り込ませていった。

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