File:084 ロス・カタス掃討戦
リオ・グランデ川の濁った水面を蹴立てて、数機の『ペルディータ』が夜の闇へと舞い上がった。
それと同時に、大型の戦術輸送ドローン『EA』にぶら下がった無数の『Hound』の兵士たちが、一切の音を立てずに国境の川を越えてメキシコ領内へと侵入していく。
チワワ州、コアウイラ州、ヌエボ・レオン州、そしてタマウリパス州――。
これらは、アメリカ屈指の大都会であるテキサス州と長大な国境線を接する、メキシコ北部の主要な州の名だ。
そしてこの広大な密輸ルートの全域こそが、国際犯罪組織『ロス・カタス』が長年支配してきた絶対的な縄張りであった。
だがその容赦なき鉄槌とも言える兵器たちがその最前線へと叩きつけられる。
川沿いの鬱蒼とした茂みの中、乾燥大麻の大規模な塊をボートへと積み込もうとしていたロス・カタスの密輸団を、先行したHoundの偵察班が瞬時に捕捉した。
「……標的、視認」
冷徹な暗視ゴーグルの奥の目が、闇の中で鋭く光る。
警告も、投降の勧告すらもない。直後、消音器を装着した銃弾が容赦なく闇を切り裂き、密輸団の命を一瞬で刈り取った。抵抗する間すら与えられぬ、電撃的な制圧だった。
まず、一つ目の拠点を完全破壊。
Houndの兵士たちは、遺体の傍らに転がっていた乾燥大麻のパッケージをナイフで切り開き、残された偽装ラベルや梱包の特有の結び目から、生産地や流通経路をその場で迅速に特定していく。
「……捕らえたロス・カタスのシカリオのリーダーのラスカノの吐いた供述は、どうやら事実のようです。
確実に消しにいきましょう」
捕らえたラスカノの正しさが、ここに証明された。
メキシコの暗部に潜むロス・カタスの残党という巨大な獲物に向けて、日本から解き放たれた容赦なき猟犬たちが、今まさにその鋭い牙を深く食い込ませようとしていた。
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メキシコからアメリカ合衆国へと大麻を密輸するルートは、大きく分けて三つの手段に分類される。
第一に、先ほどの密輸団のように国境を隔てる川を泳ぎ、あるいはボートで直接渡って米国内へと届ける方法。
第二に、正規の国境検問所を突っ切るため、冷凍食品の貨物などに大量の大麻を混入させて偽装突破を図る方法。
そして第三に、監視の目を掻い潜る密航船や漁船を用いて海路から輸送する方法である。
内陸部に強固な地盤を持つ『ロス・カタス』は、地理的優位性から基本的には一と二の陸路を主軸として莫大な利益を上げるビジネスを展開していた。
もちろん、三の海路を用いた密輸も行われてはいるが、それは沿岸部を支配する他の巨大カルテルやマフィアと緊密な協力関係(利害の結託)を結ぶことで初めて成立しているものだった。
だが、これら命懸けの密輸作戦を実際に現場で運用させられるのは、組織の幹部ではなく、常に使い捨てにされる末端の人間たちである。
主に明日の糧にも困るような貧しい不法移民や、カルテルに脅迫された地元の若者たちが前線に駆り出されていた。
彼らが警察に摘発されようが射殺されようが、組織の頭脳へはダメージが届かない。
だからこそ、本拠地の幹部たちにとって、密輸という行為はほとんどリスクのない「安全な投資」として機能していた。
では、前線で血を流す末端を他所に、本拠地の人間たちは一体何をしているのか。
彼らの主な役割は、麻薬の効率的な大規模栽培と、その利権を守るための絶対的な兵力による護衛である。
現代の高度に品種改良された大麻は、太陽光の届かない地下施設において、特殊な育成LEDライトと徹底された温度・湿度管理によって育てられることで、生体成長能力が著しく向上する。
天候や外的要因、そして何より人工衛星からの監視に晒される地上で大麻が栽培されることは、現代の密造ビジネスにおいてまずあり得ない。
だからこそ、外見は何の変哲もない商業雑居ビルを丸ごと一つ買い取り、内部を巨大な密造工場へと改造した「大麻ビル」などが、現代のカルテル経営における主流となっていた。
だが、どれほど強固に要塞化されたビルであろうとも、その正確な「位置」さえ事前に掌握できているのならば、猟犬たちにとって対処は極めて簡単だ。
突入して制圧する手間すら省けばいい。
そのビルごと、地獄の業火で跡形もなく焼き払ってしまえば、それで全ては終わるのだから。
「どっきゅん!」
ペルディータ1のパイロットであるリョータが、おどけた叫びと共にトリガーを引く。
直後、機体から放たれた極大の熱線――火炎のレーザーが、標的である大麻ビルの堅牢な外壁を容易く貫いた。超高温の熱源はビル内部の支持構造を焼き切ると同時に、密造室に天井まで積み上げられていた大量の乾燥麻薬へと引火。
空気中に充満していた可燃性の微粉末が連鎖的な粉塵爆発を引き起こし、ビルは内側から凄まじい衝撃波を伴って木っ端微塵に弾け飛んだ。
「たーまーやーっ!」
「……なんだよそれ?」
爆音に負けない大声で叫んだペルディータ2のアオイの言葉に、リョータが通信越しに怪訝そうな声を返す。
「え、知らないの? 爆発とか花火の時は、こうやって叫ぶのが粋ってものよ?」
「……変な言葉だな。どこで仕込んできたんだよ、そんなの。
ネットの古文スレにでも載ってたのか?」
「少なくとも、僕たちの生きる現代で日常的に使う言葉じゃないね」
ペルディータ3のショウタが、機体の計器類を冷静にチェックしながら冷淡に補足する。
「あーっ、ショウタまで! ひどい!
私の出身が田舎だからって、バカにしてるでしょ!」
むぅーっ! 気にして標準語に直そうと頑張ってるのに!!」
「あはは、図星だったんだ。だから必死に方言を直そうとしてたのね」
何百人というカルテルの構成員ごと大麻ビルが真っ赤な業火に包まれ、崩壊していく地獄絵図の目の前で、三人の少年少女によるあまりにも不釣り合いで他愛のない雑談が繰り広げられていた。
システムに組み込まれた彼らにとって、この規模の虐殺すらも、日常のルーティンワークに過ぎないのだ。
『――ペルディータ各機。その拠点の壊滅を確認した。雑談はそこまでにして、すぐに次の目標地点へ移動してくれ』
作戦を統括するHoundの指揮官から、冷徹なノイズ混じりの無線が入る。
『おいおい、本当にいいのかよ?
この前みたいに、僕たちが離れた隙にネズミどもに地下の隠れ通路から逃げ出されたら、後で困っちゃうぜ?』
リョータがレーザーの残熱を排出しながら、不敵な笑みを浮かべて問い返す。
『……問題ない。残党の退路はすでに断っている。
今からこのエリア一帯に対し、Houndの地上部隊による全方位360度からの網羅的な一斉掃射を敢行する。
それよりも、君たちの存在を完全に察知され、奥の本拠地にいる幹部どもに逃げられる方が面倒だ』
『了解した。それじゃあ、次の獲物を狩りに行ってきます!』
アオイが快活に応じると、異形の人型自律兵器である三つの機体は、背面の無数のスラスターから一斉に不気味な白煙を噴射。
重力を無視した圧倒的な加速力でテキサスの青空へと急上昇し、新たなる標的を塵へと変えるべく、メキシコのさらなる暗部へと向けて飛び去っていった。




