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【☆4.9万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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206/214

File:083 大阪

「結局、僕の手錠は外してくれないのかな?」


ハイエースの揺れに身を任せながら、一ノ瀬は後ろ手に回された金属製の頑強な手錠をガチャガチャと鳴らし、困ったような、どこか芝居がかった顔をして助手席のジュウシロウの背中に問いかけた。


「……当たり前だ。お前のような相変わらず危険人物の自由を、完全に保障するわけがないだろう」


ジュウシロウはバックミラー越しに鋭い眼光を一ノ瀬へと突き刺し、低く冷徹な声で一蹴した。


「まったく、小室組の二人も手加減をしてあげたのに手厳しいね。

 これでも自慢の軽量型神経外骨格まで取り上げられて、完全に生身の身体なんだよ?

 今の僕は、そこらの一般人よりも遥かに筋力的に弱いんだからさ」


一ノ瀬は肩をすくめて大袈裟にため息を吐いてみせるが、ジュウシロウの警戒心がそれで緩むはずもなかった。


「旧公安あがりのエリートが、一般人と本気で同じ戦闘能力なわけがないだろう。

 その生身の指先だけで、縄抜けした男が、よく言う」


ジュウシロウが吐き捨てるように冷たく言い放つと、運転席と助手席、そして後部座席の間を流れる空気が、目に見えてピキピキと凍りついていく。


(うわぁ……空気重ぇ~……。

 これ、もし一ノ瀬が変な動きを少しでも見せたら、兄貴が車内でこいつの首をへし折るギスギス感じゃねぇか……)


ハンドルを握る怜は、バックミラーに映る地獄のような空間に冷や汗を流しながら、心の中で盛大に頭を抱えていた。

そんな車内の窒息しそうな沈黙を破ったのは、後部座席の奥に静かに座っていた一人の男だった。


「あ、そうでした。

 一ノ瀬さん、私とはこれが本当の『初めまして』になりますね」


そう言って、穏やかな笑みを浮かべながら丁寧に頭を下げたのは長谷部だった。


「あぁ。……確か、長谷部さん、でしたっけ?」


一ノ瀬は縛られた手首の不自由さを感じさせない滑らかな動作で首を巡らせ、会話の流れからおおよそこの人間が長谷部であることを察していた。


「ええ、よくご存じで。これからの旅路、短い間かも知れませんが、どうかよろしくお願いします」


「えぇ。こちらこそ、よろしくお願いしますね。長谷部さん」


一ノ瀬は包帯の剥がれた剥き出しの瞳で、長谷部の姿を正面からじっと観察した。


禿頭で、お世辞にも締まっているとは言えない太り気味の体型。

だが、皮膚のたるみ具合や骨格のバランスからして、かつては急激に「痩せていた時期」があるような、奇妙な痕跡が肉体から見え隠れしている。


(あぁ。そうか更生施設から抜け出したと言っていたな)


しかし、現時点でその丸まった背中から、シュウやジュウシロウのような、一騎当千の特別な『個の武力』を持っているようにはどうしても思えなかった。


「……失礼ですが長谷部さん。

 あなたほどのお歳の方が、どうしてこいつらと一緒に同行されているんですか?

 そんな社会に反抗なんて歳じゃないでしょう?」


一ノ瀬は探るような、だが柔らかい声音で尋ねた。


「ええ、大層な理由はありませんよ。

 カオリさんや小室君と同じく、あの地獄のような強制更生施設からジュウシロウさんとカオリさんに救い出されて、その流れでずるずるとここまで一緒にって感じですね。

 私のような老兵には、もうこの社会に帰る場所も、待ってくれている家族もありませんから。

 ……せめて、自らの最期の死に場所くらいは、他人に決められるのではなく、自分の意志で選びたいと思いましてね」


長谷部は自嘲気味に微笑みながら、どこか達観した大人の目で静かに答えた。


「ふーん……なるほど。まあ、よろしくお願いしますね」


一ノ瀬は長谷部から視線を外すと、ひとまずは彼を「脅威にはなり得ない無害なおっさん」としてチェスの駒のように評価し、思考の隅へと追いやった。


「……で、アンタ。肝心の行き先に心当たりはあるの?

  勢いで車出しちゃったけど、このまま高速に乗っていいわけ?」


運転席の怜が、バックミラー越しに後部座席の一ノ瀬へと視線を投げかけた。


「あぁ、あるよ。まずは大阪の『あいりん地区』に向かってくれ」


一ノ瀬は何でもないことのように、極東最大のドヤ街の名を口にした。


「あいりん地区!?」


それまで車の隅でじっと気配を殺し、生気のない目で沈黙を守っていたシュウが、その地名を聞いた瞬間に弾かれたように大声を上げた。

それは不動がまた暴発しないように周りからの申し訳なさも関係していたのだが……。


「シュウ。お前、大丈夫なのか? 意識ははっきりしているか?」


ジュウシロウが心配そうに聞いた。

隣にいたユーリが、シュウの急な変化に驚き、彼の顔を覗き込んで心配そうに膝に手を置いた。


「あぁ……大丈夫だ、ジュウシロウさん。ユーリもありがとな。

 あのおっさん(不動明)なら、小室組から離れて、今は頭の奥でいじけて引きこもってるから暴走の心配はない。

 それより、話を続けさせてくれ」


シュウはお面の奥の瞳を険しく光らせ、一ノ瀬を強く睨みつけた。


「おい、一ノ瀬。あそこはやべぇって!

  日本中を探したって、あそこほど屈指の治安の悪さを誇る場所はねえんだぞ!?

  本気で言ってるのか!?」


「……お前はそうか。確か、大阪の出身だったな」


ジュウシロウが助手席でふと振り返り、シュウの過剰な反応の理由を察して、どこか遠い目をして呟いた。

生まれてから言い聞かせてこられたシュウだからこそ、その街の持つ特異な危険性が肌感覚で分かっているのだろう。


「お前……あんな剥き出しの無法地帯に、一体何をしに行く気なんだよ。

 副総統のアンタが、わざわざそんな場所に隠れる理由なんてないだろ」


シュウの詰問に、一ノ瀬はただ不敵に口元を歪め、窓の外を流れる景色へと視線を移した。


「そうだね……『木を隠すなら森の中』って奴さ。

 まあ確かめる方が早いよ。

 情報が確かなら……の話だけどね」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ここはアメリカ合衆国テキサス州。


日本では大手ハンバーガーチェーンのCMの影響で古き良き西部劇の、カウボーイや果てしない荒野のイメージが未だに根強く残る州だが、現代においてその認識は明確な誤りだ。


今やこの地は、アメリカ航空宇宙局(NASA)の本部やテスラ・モーターズの巨大ギガファクトリー、Dellをはじめとした、最先端のハイテク巨頭企業が犇めく、世界最先端の大都会へと変貌を遂げている。


なお、日本企業に関して言えばトヨタ自動車が北米本社を2017年に北米本社をカリフォルニアからテキサス州プレイノへと移転している。


だが、そんなハイテク都市の喧噪も、南の国境線へと向かうにつれて、じわじわと不穏な静寂へと色を変えていく。


砂塵が舞うメキシコ国境の最前線。


そこには、白地に鮮烈な赤を宿した日本の国旗を施された、異形の機械の群れが整然と並んでいた。

人間の骨格を歪に模しながらも、球体関節を数珠繋ぎにしたような生物的で禍々しい四肢。強固な装甲の各所には、不気味なほど無数のスラスターが蜂の巣のように穿たれている。

重力や空気抵抗という物理の概念すらその圧倒的な推力で排除したかのような、まるで異世界から舞い降りた殺戮の使徒を彷彿とさせる人型自律兵器――『ペルディータ』。


その周囲には、漆黒の戦闘服に身を包み、周囲を警戒する前崎直轄の精鋭兵士『Hound』の一隊が不気味に陣取っていた。


日米危機の直後、この異常な光景を、テキサス州知事は生唾を飲み込みながらその場で直に見届けていた。


(……我が合衆国が、あの日本という極東の列島に事実上の敗北を喫したという事実。

 今なら、嫌というほど納得がいくな。

 これほどの超常的な兵器を実戦配備し、あのような常識外れの即時的な電撃作戦を展開されるとなると、こちらがどれだけ強大な核兵器や大艦隊を保有していようが関係ない。

 大統領だろうが誰だろうが、引き金を引く前に要人を暗殺されて終わりだ)


冷や汗を流しながら、知事は戦慄していた。

だが同時に、自らの保身を最優先する政治家として、都合のいい安堵も抱いていた。


(とはいえ、怪我の功名か。

 アメリカと日本が、世界で最も強固な『友好国』であることを、今日ほど誇りに思い、胸を撫で下ろした日は他にない)


先の極秘会談において、総統・前崎が合衆国大統領に突きつけた要求は、実質的にたった一つだけだった。


『テキサス州の広大な空き地に、日本の武装部隊が一時的に展開し、作戦行動を行うことを承認してほしい』。


そしてそれとは別に、前崎は国境の向こう側――メキシコ合衆国の大統領にも、極秘の通信を入れていた。

要求内容は極めて簡潔にして冷酷。


『我が国に仇なした国際犯罪組織、ロス・カタスの残党――その全員の殺戮』である。


なお、当然ながら国際社会には一切公表していないが、メキシコ大統領はこの前崎からの提案に、恐怖の裏側で大いに歓喜していた。


なぜなら、長年にわたり国政の根を腐らせ、血の惨劇を繰り返してきた最大の悩みの種が、自国の軍や資金を一切すり減らすことなく、無償でこの世から完全に消滅させてくれるというのだから。


たとえそれが、前崎の新秩序が世界に向けて放った「我が日本に逆らう者は、地球上のどこに逃げようともこうなる」という、血塗られたデモンストレーション(見せしめ)の一環であったとしても、彼らに拒む選択肢など最初から存在しなかった。

国境線の向こう側で、今まさに、光なき蹂躙の幕が上がろうとしていた。

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