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【☆4.9万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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205/214

File:082 それぞれの決断

「ねぇ……あなたはこれからどうするつもりなの?

  私たちにすべてを話してくれたのはいいけれど、依然としてあなたは小室組に捕らわれたままの身よ」


カオリが、未だ重厚な木製の椅子に腰掛けたままの一ノ瀬を厳しい目で見下ろしながら問いかけた。


「まぁ、ある程度知りたかった『事実』はなんとなくだけど見聞きできたしね。

 この極東の僻地で君たちと退屈な時間を過ごすのも、別にもういいかな、とは思っているよ」


一ノ瀬は相変わらず緊張感のない声で、他人事のように呟く。


「……もういいかな、って……それはどういう意味?」


怪訝に思ったカオリが眉をひそめた、次の瞬間だった。


「――ま、言葉の通りさ」


ずり、と麻縄が擦れる鈍い音が地下室に響く。

驚くべきことに、彼の四肢を椅子に幾重にも縛り付けていたはずの、太く頑強な麻縄の結び目が、まるで最初から解けていたかのようにハラハラと床へ滑り落ちた。

一ノ瀬は手首に残った縄の跡を軽くさすりながら、何の抵抗もなくゆっくりとその場に立ち上がった。


「てめぇ……っ!! いつの間に!?」


怜が目を見開き、懐の銃に手をかけながら即座に身構える。

寸分の隙もなく縛り上げたはずの緊縛が、生身の指先の技術だけで完全に無効化されていたのだ。

武器を持っている。そう思わざるを得なかった。


「武器はもっていないよ。

 単純にもっと縛り方を工夫したほうがいいよ。

 それにそんなに身構えないでくれよ、小室怜君。

 さっきも言った通り、僕はもうこの場所に用はないし、これ以上の興味もない。

 言っただろう? 僕は自分の目と耳で真実を確かめたいだけだ。

 君たちのような生身の人間を、安易に傷つけるつもりなんて毛頭ないよ」


「……」


ジュウシロウは一言も発せず、ただその超人的な巨体から発せられる威圧感だけで、一ノ瀬の全挙動を網羅するように凝視していた。

そして、彼が動くよりも早く、冷徹な戦闘狂としての結論を導き出す。


「……お前をここでタダで帰せば、前崎以上に厄介な火種になるよな?

 ここで確実に殺しておくか?」


ジュウシロウの身を包む神経外骨格が、戦闘モードへの移行を示す低い電子駆動音を響かせる。

彼が巨大な拳を静かに構えた瞬間、地下牢全体の空気が一瞬で凍りついた。


「ちょっと待ってくれ、兄貴!!

 冗談じゃねぇ、ここで兄貴が本気で暴れたら、この地下室ごと屋敷全体が瓦礫の山になっちまう!?」


怜が必死の形相でジュウシロウの前に割り込み、その暴挙を止めようとする。


「……」


無言で拳を引かないジュウシロウだったが、その背後から、予想だにしない静かな制止の声がかかった。


「――ジュウシロウ君。悪いけど、私もその男を殺すのには反対かも」


「……マスミ? お前まで一体どうしたというんだ」


ジュウシロウが怪訝そうに視線を巡らせると、マスミは一ノ瀬の隣へと歩み寄り、凛とした表情で言い放った。


「私はこれから、この一ノ瀬という男と行動を共にするわ」


「マスミ!? あなた、一体何を言っているの!? 正気なの!?」


今度はカオリが、裏切られたと言わんばかりの驚愕の表情で親友に詰め寄った。


「正気よ、カオリ。私も、この目で本当の『事実』を確かめてみたいの。

もし一ノ瀬さんの言う通り、前崎さんに反旗を翻している元公安や自衛隊が、今も水面下で本当に生き残って牙を研いでいるのだとしたらね」


「……」


「そもそも法律やルールというものは、何のために存在するのか。

 それは、自分がルールを守る代わりに、相手にもルールを守ってもらうという『相互の信頼』のためにあるものよ。

 前崎総統というこの国の頂点が、自らの都合で既存のルールを都合よく破り、身内を平気で殺すような独裁を敷くのであれば……そのシステムに従わず、ルールを守らない相手が国内に無数に増えていくのは、至極当然の論理だわ」


「ふふ、その通りだね。さすがは元総理大臣の愛娘だ。

 国家とシステムの力学を実実に深く理解しているよ」


一ノ瀬が我が意を得たりとばかりに、満足そうに乾いた拍手を送る。


「でも逆に不思議なのよ。

 あんなに前崎さんが自信を持ってことを進められるのが。

 だから一ノ瀬さん、逆にこれから私についてきてもらえるかしら?

 あなたが自身の身を護るために、没収されていた軽量型の神経外骨格を再び装着することも許可するわ」


「……本当にいいのかい? 本来、僕は君たちの敵であるはずだというのに」


「これからの危険な旅路を考えれば、私を護ってくれる護衛は一人でも多い方が助かるもの。

 それに、あなたにはまだ利用価値があるわ」


「なるほど、合理的だ。まぁ、いいだろう。喜んで君の旅路の道連れになろう、マスミお嬢様」


二人の間で奇妙な即席の契約が結ばれようとした、その時だった。


「いや……待て、マスミ。お前一人をそんな危険な男と行かせるわけにはいかない。

 ――俺たちも一緒に行く」


ジュウシロウは構えていた拳をゆっくりと下ろすと、覚悟を決めた戦士の目でそう告げた。彼にとって、マスミやカオリの安全を確保することこそが、この混沌とした時代を生き抜くための最優先事項だったからだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ハイエースの調達、完了したっす! オヤジの許可も取ってあるんで、これで行きましょう!」


ガレージのシャッターを開け、頼もしい排気音と共に白い大型ワンボックスカーを滑り込ませてきたのは怜だった。


「親父さん無事でよかったわね」


「……認めたくないっすけど、あいつは手加減していたようですね」


バツの悪そうな顔をしていた。

それとカオリが不機嫌な顔をしていた。


「……一応言っておくけれど、私のやり方に文句があるなら無理についてこなくていいのよ?」


マスミは車のスライドドアに手をかけながら、未だに納得のいかない表情を浮かべているカオリに向けて、少し口を尖らせるようにして釘を刺した。一ノ瀬という劇薬を同行させるマスミの決断に、カオリは頑なに不信感を抱き続けていたからだ。


「いや、私も行くわ。

 ……実際にこの目で確かめたところで、あの男(一ノ瀬)が信用できないっていう私の結論は、きっと変わらないでしょうけどね」


カオリは一ノ瀬の後頭部を睨み据えながらも、親友を一人で行かせるわけにはいかないと、強い足取りでシートに乗り込んだ。


「わかったわよ。まったく、相変わらず強情なんだから」


マスミは呆れたように溜息を吐きながらも、どこか嬉しそうなニュアンスを滲ませてカオリの隣に腰掛けた。


「ところで、シュウ君はどうしたの? 姿が見えないけれど」


カオリが車内の座席を見渡しながら尋ねる。


「シュウ君なら先に出発しているわ。念のためにね。

 ジュウシロウ君が長谷部さんを連れて、この屋敷からある程度距離を離した安全な場所で、一ノ瀬さんとシュウ君を『拘束した状態』のまま車で拾い上げる手筈になっているのよ」


「なるほどね。あの爆弾(不動明)が小室組の敷地内で再び暴発したら目も当てられないもの。

 それが一番賢明な判断だわ。……ユーリ、あなたもその段取りで異論はない?」


「はい。シュウの安全を考えての仕組みですし、何よりジュウシロウさんが付いていてくださるなら安心です。

 よろしくお願いします」


後部座席に座っていたユーリが、丁寧に向き直って頭を下げた。


「よし、全員乗り込んだっすね!

  じゃあ車出すっすよ、ちょっと揺れるからしっかり捕まってください!」


運転席の怜がバックミラー越しに一同を確認し、威勢よくギアをドライブに入れた。


「……ねぇ、小室君。あなた自身も本当にこのまま付いてきていいの?

 私たちの戦いに、あなた個人はまったくの部外者でしょう?」


カオリがフロントシートの怜の背中に向けて、ふとした疑問を投げかけた。

ヤクザの若頭が、わざわざ国家への反逆の旅に同行する必要などどこにもないはずだ。


「ハハッ、それを言うなら長谷部のおっさんだって似たようなもんでしょ。

 ……っていうかカオリの姉御、俺たち更生施設でカオリさんと脱出して一緒に死にかけた仲なんすよ?

  今更『無関係』なんて水臭いこと言わないでほしいっすね。

 前崎が作った世の中をどうやってぶっ潰すのか、俺も最期まで見届けさせてもらうっすよ」


怜は不敵に笑いながら、アクセルを踏み込んだ。


「ふふ、それもそうね。恩に着るわ、怜君」


「へへ、どういたしまして。じゃあ、事実上の反逆者(レジスタンス)御一行様、出発っす!」


ハイエースがゆっくりと小室組のガレージを抜け出し、兵庫の初夏の陽光が差し込む公道へと滑り出していく。


「あ、そうだ。皆さん、シートベルトだけは絶対にしっかり締めておいてくださいね。

 今の時代、警察の取り締まりがめちゃくちゃウルサイんで!」


怜のどこか緊張感の抜けたヤクザらしからぬ注意喚起に、車内にはわずかな苦笑が漏れた。


ジュウシロウ、カオリ、マスミ、ユーリ、シュウ、長谷部、怜、そして一ノ瀬。


年齢も、生まれ育った境遇も、そして胸に抱く思想すらも全く異なる。

そんな奇妙で歪な即席の組織を乗せた一台の車は、それぞれの譲れない『真実』をその目で確かめるため、混沌の極みへと突き進む日本の中心へと向けて、力強く走り出した。

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