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【☆4.9万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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203/214

File:080 どうする?

「思ったより、長引かなくて本当に良かったわね……」


アメリカ合衆国からの電撃的な『宣戦布告』という国家存亡の報は、確かに日本国民全員の電子デバイスへと一斉に通達された。

一時は国中が未曾有のパニックに陥りかけたものの、蓋を開けてみれば、事態はわずか丸一日という信じがたい短期間で文字通り幕を閉じた。


ちなみに、その歴史的な動乱の最中、ジュウシロウたちは前崎の用意した地下シェルターや機動要塞『SGⅡ』の恩恵に与ることは一切なかった。


それもそのはず、思想や方向性こそ違えど、彼らは前崎の作る新世界に刃を向ける反社会組織、あるいは反逆者(レジスタンス)の集まりだからだ。

国家の管理網に自ら飛び込むような真似は自殺行為に等しい。


結局、彼らはそのまま兵庫の旧市街に厳然と佇む小室組の総本部に身を寄せ、居候として厄介になることでこの「日米危機」をやり過ごしていた。


「――それで、シュウ君の様子はどう? 大丈夫そう?」


応接室のソファに深く腰掛けたマスミが、手元のマグカップを揺らしながら心配そうに尋ねてきた。


万が一の再暴発を防ぐため、地下の監禁部屋から引き上げられたシュウには、あれから毎日欠かさずジュウシロウが直接声をかけ、精神の対話を試みていた。


「あぁ。シュウの意識自体はもう完全に覚醒しているし、こちらの言葉も正しく理解している。

 ただ……あいつの中に眠る『不動明』の執念が、いつ何時また主導権を奪って暴走するかについては、当のシュウ本人にも一切保証ができないそうだ。

 本当に困った爆弾を抱えてくれたものだな」


ジュウシロウはそう言って、微かに眉間を揉みほぐした。


「もし、前崎の直轄部隊(Hound)や、あのペルディータみたいな怪物がここに攻めてきたら……正面からまともに勝てるのは、やっぱりジュウシロウ君しかいないのよね……?」


「……そうだな。こればかりは、その時が来たら死力を尽くして腹を括るしかない」


「あーあ! どうして私は、かつてアダルトレジスタンスにどっぷり所属していたのに、まともな格闘術や戦闘技術の一つも習っておかなかったんだろう!

  今更だけど本気で後悔しちゃうわ!」


マスミがソファに頭を預け、大袈裟に天を仰いで嘆いてみせる。

そんな彼女の悔し紛れの言葉に、ジュウシロウはフッと鼻で笑って応じた。


「お前が女だからだろ。それ以外の理由はない」


「ちょっと、神経外骨格を装着すれば生身の筋力差なんて無意味になるこのハイテク時代に、よくそんな前時代的な男尊女卑(ナンセンスなこと)が言えるわね!?」


マスミが不満げに口を尖らせて反論するが、ジュウシロウの厳つい顔はどこまでも大真面目だった。


「時代のシステムがどれだけ変わろうが関係ない。

 自分が大切に思う女性を、前線に立たせて命懸けで戦わせたいと思うような男は、この世に一人もいないぞ」


男としての不器用ながらも絶対的な保護欲を、ジュウシロウは静かに、しかし断固とした口調で言って見せた。

カオリを命懸けで更生施設から救い出した彼だからこそ、その言葉には反論を許さない重みがあった。


マスミは一瞬だけ呆気に取られたように目を丸くしたが、やがて降参したように「はいはい、ごちそうさま」と小さく呟いた。


「……ところで、地下に転がしてある『あいつ』は、やっぱり戦力としては使えないのよね?

  あの一ノ瀬とかいう、副総統は」


マスミが声を潜め、視線を地下へと続く廊下の方角へ向けた。


「あぁ。当然だ。奴はどこまでも信用できない。

何が目的で近づいたかは知らんがNo.2だぞ。敵対勢力の」


「でも、不思議よね。

 奴ほどの権力と立場があれば、それこそHoundの大群を引き連れて、最初からこの小室組を力ずくで踏み潰してシュウ君を拉致することだってできたわけじゃない?

  なんでわざわざ、顔に包帯を巻いて密航船に相乗りするなんていう、まどろっこしい真似をしたのかしら?」


マスミの尤もな疑問に、ジュウシロウは腕を組み、窓の外の静まり返った兵庫の空を睨み据えた。


「……まあ、あの絶対的な前崎の独裁体制とやらも、決して内部は一枚岩ではないっていう証拠だろう。

 奴らには奴らの、上に立つ者同士にしか分からない泥沼の利害関係があるということだ」


そう言って会話を締めくくると、ジュウシロウは大きな手で机の上のお菓子を掴み、バリバリと豪快に音を立てて口へと放り込んだ。


「ところでマスミ。――あいつは連れてこなかったのか? ケンは」


ジュウシロウはふと思い出したように聞いた。

シュウがいるのであればケンもいると思っていたが。


「それがね、いなかったのよ。私たちがアンカーハウスに立ち寄った時には。

 シュウ君と違って部屋にすらなかったわよ」


「そうか……」


マスミが連れてきたのは、やはりユーリとシュウの二人だけだったわけだ。

まあ、あの二人はもともと特に仲が良かったし、文句があるわけではないのだが。


よくもまあ前崎を恐れず2人を連れてきたものだ。


「――ジュウシロウさん」


ジュウシロウがそんな過去の人間関係に思いを馳せていると、それまで静かに俯いていたユーリが、意を決したようにまっすぐな視線を向けて話しかけてきた。


「ジュウシロウさんは……前崎総統と、一体どうしてそこまで激しく争っているんですか?」


この逃亡劇の渦中にあって、あまりにも根源的、かつ核心的な問いだった。


「……それは」


ジュウシロウが言葉を濁した瞬間、遮るようにカオリが強い口調で割って入った。


「ユーリ。それはあなたも、本当は十分に知っているでしょう?

 人間として決して許されない非道なことを、あの男が平然と行っているからよ」


前崎の創り出した新秩序――それは『Hound』と呼ばれる社会をドロップアウトした人間を実質的な「使い捨ての資源」として利用し、仮想世界のメタバースへ強制接続するディストピア。

さらには、生身の間の脳を並列処理のパーツとして組み込んだ、おぞましい生体AIの構築。


そんな狂ったシステムが、倫理的に許されるはずがない。

カオリはかつてのレジスタンスとしての正義感を露わにし、改まってそう言い放った。


「そうですけど……ジュウシロウさんも、カオリさんと全く同意見なんですか?」


ユーリはカオリの言葉を否定せず、しかし納得のいかない様子でジュウシロウの答えを求めた。


「……俺はただ、更生施設に不当に囚われていたカオリを、俺の都合で助け出したかっただけだ。

 政治的な思想や思想闘争には、俺はカオリほど強い興味はない。

 今はただ、国家に追われているから逃げている、それだけだ」


「……なるほど。そういうことでしたか。

 ジュウシロウさんの行動原理はわかりました」


ジュウシロウの冷徹で現実的な返答に、ユーリは小さく頷いた。


「ユーリちゃん……? 一体どうしちゃったの?」


二人の間に流れる、どこか剣呑な空気の重さに耐えかねて、マスミが場を和らげようと困惑気味に声をかける。

だが、ユーリの口から飛び出したのは、その場にいる全員の耳を疑わせる衝撃的な告白だった。


「カオリさん。私は正直に言って、前崎総統の掲げる新しい日本の創世というのであれば……どちらかと言えば肯定的です」


「ユーリ!? あなたまで、何を言っているの……!!」


カオリが裏切られたような衝撃に目を見開く。


「……確かに、カオリさんを無理やり更生施設に入れたやり方は残念だったと思います。

 でも、私には前崎総統のやっている大改革は、かつて私たちが信じていた『ボス』の遺志や意見を、別の形で最も尊重し、引き継いでいるように思えるんです」


「……だったら、なんであなたは前崎の側に付かず、今ここにいるの?」


カオリの痛切な問いに、ユーリは迷いのない瞳で答えた。


「ジュウシロウさんと、カオリさんを助けに来たからです。

 私の大切な人たちだから」


「……」


そのあまりにも純粋で矛盾した言葉に、カオリは何も言い返せず、ただ黙り込むしかなかった。


「私が間に入って直接口添えをすれば、おそらく前崎さんは君たちへの追撃を止めます」


「……ユーリ、あなた一体、前崎の何なの?どうしたいの?」


「シュウも私に同じことを言っていました。

 私は前崎総統から見ればただの元アダルトレジスタンスのメンバーです。

 だけど、私はシンフォニアのように男性のおもちゃになる子どもを一人でも減らせるのならば、彼の靴でも喜んで舐めます。

 そのぐらい私はただ現実的になっただけです。

 現に私はこれまで具体的な施策をしてこなかった歴代の首相よりかはマシだと思っています。

 ……マスミさんは、この今の日本の状況についてどう思われているのですか?」


「わ……わたし……?」


突然矛先を向けられ、マスミが露骨に動揺した。

まさかマスミまで前崎の思想に毒されているのでは、とカオリの視線が親友に注がれる。


「うーん、なんというか……今の日本の仕組みって、単純なYES・NOの二元論で割り切れるものじゃないと思うんだよねぇ……」


「歯切れが悪いわね。こういう時くらい、はっきりしなさいよ」


カオリが焦燥感から語気を強める。


「……うーん、何て言えばいいのかな。

 この時代の大きな流れそのものを、私たちの力だけで止めるのは……物理的にもう不可能に近い、というのが私の現実的な考えかな?

 巨大な慣性力にそのまま流されるのもどうかとは思うけど……」


「……そう」


親友や仲間からの支持を得られず、カオリは絶望と孤独感に耐えるように、残念そうに小さく顔を伏せた。


「ごめんね。みんなを私の我が儘で、こんな危険な場所に縛り付けてしまって。

 ……いいわ、もし誰も付いてきてくれないなら、私一人だけでも前崎のシステムに最期まで反抗してみせる」


「カオリ、そうやって極端にならないで。

 今のあなたには、決定的な『ビジョン』が足りていないのよ。

 システムと戦う以外にも、現状を変える方法はきっとあるわ」


「ビジョン……?」


「前崎を仮に倒したとして、その先どうするの?

 これからのこの国の在り方は? 崩壊した後の他国との外交は?

 少なくとも前崎総統は、それらのビジョンを『圧倒的な成果』として国民に分かりやすく提示しているわ。

 さらに言えば道州制の導入もその一つでしょ。

 まあ財産を奪っているという土地略奪もあるけど……

 だから高度なプロパガンダ煽っているだけ煽って、実際の内情は違うのかもしれないけれどね」


ユーリの冷徹な指摘に、カオリは完全に言葉を詰まらせた。

打倒の先にある未来を、彼女はまだ描けていなかったのだ。


「……とにかく、地下にいる一ノ瀬さんに直接話を聞いてみましょうよ。

 ユーリちゃんがそこまで言うなら、あの副総統の口から、何か私たちの知らない真実が分かるかもしれないから」


マスミの発案に、重苦しい沈黙が破られた。

一同はそれぞれの交錯する思想を胸に抱いたまま、凍りついた空気を引きずりながら、再びあの一ノ瀬が囚われている地下牢へと足を向けるのだった。

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