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【☆4.9万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:078 手を貸して

「動くな」


小室真帆の低く冷徹な声が地下室に響いた。

その手にある日本刀の切っ先は、ナオヤの頸動脈へ寸分の狂いもなく向けられている。

背後では森川がハンドガンの銃口を容赦なく固定し、いつでも引き鉄を引く構えをとっていた。


「あんた……横浜港から船で連れてきた先客の男だな。

 なぜこの地下室に忍び込んでいる?

 外部の人間はこの場所を知っているわけがない。

何が目的だ?」


「……」


包帯の男は無言のまま、ギョロリとした眼球だけを動かして二人を見据えていた。


その張り詰めた緊迫感の中、鉄扉の隙間からユーリが息を潜めて内部を覗き込む。

その微かな気配を察知した男は、包帯の奥で不敵に口元を歪めた。

確かにユーリを見て何かを確信した。


「……なるほど、その子がいるなら話が早い」


男はそう呟くと、自らの顔に巻き付けられていた医療用包帯を、鬱陶しそうに一気に引き剥がした。

露わになったその素顔に、覗き込んでいたユーリの息が止まる。

直接的な関わりこそなかったものの、前崎がメディアに露出する際、常にその傍らに控えていた男の顔を忘れるはずがなかった。


「……副総統の――一ノ瀬……さん?」


その名が呼ばれた瞬間、拘束椅子で意識を朦朧とさせていたシュウの口がゆっくりと開く」


「おいおい……前崎の最側近であり、あの独裁システムの手下じゃねえか。

 ……そんな大物が、なぜわざわざ身分を隠してこんな辺境のヤクザの巣窟にいる?」


「……勘違いしないでほしいな、シュウ君。

 僕が用があるのは君という器ではなく、君の脳内に潜んでいるはずの『不動明』なんだ。

 彼に、どうしても直接聞きたいことがあってね」


一ノ瀬は淡々と告げると、衣服の下に仕込まれていた極薄型の軽量神経外骨格を静かに起動させた。

微かな駆動音が室内に響く。


「動くなと言っている……!!」


森川が叫び、引き鉄に指をかけた瞬間だった。

一ノ瀬の超人的な蹴りが、真帆の放った日本刀の刀身を真横から完璧に捉え、一撃でへし折った。

その破壊の勢いのまま、一ノ瀬の五指が真帆の前髪を無慈悲に掴み上げる。


「なっ……!」


骨を軋ませる怪力で、一ノ瀬は老いた組長の身体をコンクリートの床へと容赦なく叩きつけた。

脳への強烈な衝撃により、真帆の巨体が崩れ落ちる。


「オヤジ――ッ!!」


動揺した森川の銃口が一瞬だけブレた。

一ノ瀬はその致命的な油断を見逃さず、死角から顎の先端へと、弾丸のようなハイキックを叩き込んだ。

意識を完全に断たれた森川が、銃を手放して床へ転がる。


「キャ――」


「騒がないで」


恐怖のあまりユーリが悲鳴を上げるよりも早く、一ノ瀬はその華奢な身体を拘束し、容赦なくその口を手掌で塞ぎ込んだ。

あまりにも冷徹で無駄のない、一連の制圧術だった。


「僕は前崎さんや坂上さんみたいに、戦場を支配できるほど強者じゃないし、みんなを奮い立たせる英雄にはなれない。

 だけどね……さすがにこの現代において、神経外骨格すら使わずに生身で戦おうとするのは、いささか時代遅れが過ぎると思いますよ」


一ノ瀬は、足元で気絶している二人の極道を見下ろし、冷ややかに吐き捨てた。

そして、ユーリの首元に冷たいタクティカルナイフの刃を静かに押し当てる。


「さて、仕切り直しだ、シュウ君。

 ここからは大人の取引といこう。

 この可愛い彼女の命が惜しければ、今すぐその脳内の主人を『不動明』に切り替えろ。

 ――先に言っておくが、この件に関しては、前崎さんすら一切関知していない。

 僕の独断だ」


「……? 前崎が、知らないだと?」


シュウは混乱した。

前崎の狂信的な絶対の右腕であり、あの管理社会を誰よりも肯定していたはずの一ノ瀬が、首謀者を裏切るような行動を取る理由がどこにある。


「なんだそれは? 今更になって前崎を裏切る気にでもなったのか?

 あれだけ『前崎万歳』と新世界の正義を気取っていたお前が、何を言っている」


「裏切り? 滅相もない。

 僕はただ……隠蔽された『事実』を知りたいだけなんだよ、俺自身の意志でね」


一ノ瀬はナイフの刃をユーリの皮膚にわずかに食い込ませ、薄く血の線を滲ませた。


「さあ、答えは……?」


「その答え、後ろを向いてから言ったらどうだ? バカが」


シュウの冷めた声に、一ノ瀬は微かに眉をひそめる。


「後ろ……? フッ、そんな古典的なブラフに引っかかるほど――」


言い終わるよりも早く、一ノ瀬の視界が完全に遮断された。

背後の空間から突如として現れた、鋼鉄のような巨大な五指。


それが一ノ瀬の頭部全体を、上から完全に鷲掴みにしていたのだ。


相手は誰か雰囲気でわかる。


これをやるにあたり最優先脅威事項。


ジュウシロウ。


(なっ……いつの間に!?

 これほどの巨体を誇る男が、呼吸ひとつ、気配ひとつ残さず背後に肉薄したというのか……!?)


「どこかで会った雰囲気の奴だとは思ったが……お前だったか。一ノ瀬。

 お前がそのナイフでユーリの首を切り裂くのと、俺のこの指がお前の頭蓋骨を果実みたいに握り潰すの。

 ――どちらが早いか、試してみるか?」


一ノ瀬の頭部を掴むジュウシロウの手から、神経外骨格の限界近い凄まじい圧力が加わる。

ミシミシと頭骨が悲鳴を上げ、一ノ瀬は激痛に顔を歪めた。


「……いいだろう。分かった、彼女からは手を離す。だからその指の力を緩めてくれ」


一ノ瀬はナイフを床に落とし、両手を挙げてユーリを解放した。

ユーリは解放された瞬間にジュウシロウの背後へと逃げ込み、激しく咳き込む。


「だが、ジュウシロウ君。少しは僕の立場も考えてほしいな。

 更生施設にわざわざ連れて行ったのに鼻を折られてからというもの、整形手術とかで忙しかったんだよ。

 多少の強硬手段に出ることくらいは、どうか大目に見て許してほしいものだね」


「知るか。俺は俺の都合で動く」


ジュウシロウは一ノ瀬の言い訳を冷酷に切り捨て、頭部を掴む手の力を微塵も緩めなかった。

神経外骨格の駆動音が、いつでもその頭蓋を粉砕できるという無言の脅迫として、狭い監禁室に重々しく響く。


「……だが、こっちは約束を守って彼女から手を離したんだ。これ以上の文句は言わせないよ」


一ノ瀬は頭頭部に激痛を走らせながらも、諦めたように自嘲気味な笑みを浮かべた。

ジュウシロウは数秒の間、一ノ瀬の出方を値踏みするように睨み据えていたが、やがて拘束を解き、その巨大な身体を僅かに後ろへと引いた。


危機を脱したユーリは、すぐにシュウの元へと駆け寄り、その無事を確認するように寄り添う。


「……じゃあ、お前は一体ここで、何を話すつもりだったんだ?」


ジュウシロウは一ノ瀬から視線を外さぬまま、低く地を這うような声で問いかけた。


「知りたくないのかい?

 君たちは前崎さんを倒したい……あるいは、あの独裁システムを終わらせたいのだろう?

  ――単刀直入に聞くが、君たちの真の目的は一体何なんだ?」


「目的?」


「あの絶対的な強制労働施設のような更生施設を脱獄し、こんな僻地まで逃げ延びた。

 君たちはもう、十分に前崎さんの支配から外れた自由の身じゃないか」


「……放っておけば、すぐにまたお前たちの猟犬(Hound)が追ってくる。

 あの銀次のように、どこまでも執拗にな」


ジュウシロウの現実的な指摘に、一ノ瀬は包帯の剥がれた素顔を歪め、不敵な笑みを深くした。


「なら、潜入の『手土産』として、とっておきの良い情報を教えてやろう。

 ――もう前崎さんは、君たちのような野良犬の逃亡者をわざわざ追いかけて、構っているような時間的・精神的な余裕はなくなったんだよ」


「……何だと?」


ジュウシロウの片眉がピクリと跳ね上がる。背後で息を潜めていたシュウとユーリも、その言葉の不穏さに顔を見合わせた。


「前崎さんはね、どうやら近いうちに『アメリカ合衆国』という巨大な怪物と、正面から本格的な大喧嘩を始めるらしい。

 ……さあ、世界がどうひっくり返ると思う?」


「……」


一ノ瀬の口から漏れ出たその国家規模の衝撃的な告発を前に、ジュウシロウは完全に言葉を失い、深い沈黙へと沈んでしまった。

かつて戦場に身を置いた彼だからこそ、その「喧嘩」がもたらすであろう地獄の規模が、瞬時に理解できてしまったのだ。

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