File:075 小室組
「久しぶりね、カオリ!! 会いたかった!」
「マスミ!? あんた、なんでここに……大丈夫なの!?
前崎と『契約』を交わしたんじゃなかったの!?」
カオリはマスミの無謀な再会を喜びつつも、即座に血の気が引くのを感じて問い詰めた。
その契約とは、かつてカオリが前崎の管理社会を裏切って逃亡した際、彼女の生命保障と引き換えに、マスミが『アダルトレジスタンス』の残党から完全に離脱し、二度と反逆に関わらないという過酷な引き換え条件だったはずだ。
一歩間違えれば、マスミの命すら危うい。
「あぁ、そんな古い約束なら気にしないで。もうとっくに破っちゃった!」
マスミは悪びれもせずいたずらっぽく笑うと、言葉を失うカオリの身体を壊れ物のように強く抱きしめた。
「そんなことより、本当に無事でよかった……。
生きててくれて、本当によかった」
「……バカ! あんたって子は本当にバカよ!
折角、あんなに勉強していい大学に入ったんでしょ!?
将来を全部棒に振る気!?」
カオリの瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。
だが、マスミは抱きしめる腕の力を緩めず、穏やかに首を振った。
「いいのよ、そんな肩書。前崎の作った歪なシステムに、私の人生を決められたくないもの。
これからは自分で独立して、自分の力で仕事くらい作ってみせるわ。
幸い、今はそういう個人の力が試される時代でしょ?」
「そういう時代だけども……」
マスミの優秀な頭脳があれば、引く手あまたの医者という高潔な選択肢だって選べたはずだった。
それを彼女は、前崎の秩序に背を向けることで自ら投げ打ったのだ。
社会的地位よりも何よりも、自分との絆を最優先してこんな僻地まで会いに来てくれた親友の深い情愛に、カオリは胸が締め付けられるほどの衝撃を受けていた。
「私一人じゃないわ。
車で頼もしい彼らも一緒に連れてきたの。――シュウとユーリよ」
マスミが促すと、背後の車内からシュウとユーリがゆっくりと降りてきた。
シュウは助手席から降りてきたジュウシロウの圧倒的な存在感を見上げ、数日ぶりの再会に目元を和ませた。
「ジュウシロウさん、お久しぶりっすね。
……ほんの数日、顔を合わせていなかっただけのはずなのに、随分と遠いところまで来ちまいました」
「……あぁ、シュウ。色々あったんだ。本当に、言葉じゃ説明しきれないほど色々な」
ジュウシロウは自らの肉体に刻まれた死線の数々を想起しながら、低く重々しい声で応じた。
「立ち話もあれなんで。おいお前ら、早く門を開けろ!
――ジュウシロウさん、とりあえず中で話しませんか?
こんな大通りに面した場所で揉めていたら、すぐに前崎のネットワークに捕捉されて目立ちますし」
小室が若い組員たちを一喝し、一同を屋敷の奥へと促した。
「分かったわ。私の車を止められる駐車場ってあるかしら?」
マスミが鍵を指で弄びながら尋ねる。
「ええ、裏手に頑丈なインナーガレージがあります。案内しますよ」
小室の先導により、重厚な鉄門が音を立てて開け放たれた。
かつて前崎の支配に抵抗し、散り散りになっていた戦士たちと、新たな運命に巻き込まれた一同は、小室組の巨大な本拠地へと吸い込まれるように足を踏み入れていった。
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「なるほどね〜。あの難攻不落って言われてた更生施設を正面からぶち破って大暴れしたわけだ。
ジュウシロウ君、カオリを助け出したい一心だったとはいえ、なかなか男気があるじゃないの」
マスミがからかうような視線を向けながら、ニヤニヤと笑う。
「いや、俺はただ……自分のやるべきことをしたまでだ」
「ちょっと、デレデレしないの!」
横からカオリが、ジュウシロウの頑強な太ももの裏を容赦なく蹴り飛ばした。
もっとも、ジュウシロウは逃走中からずっと重装甲な神経外骨格を着込んだままである。
生身の足でそんな鉄塊を蹴ったところで、自分の足が痛むだけなのは火を見るより明らかだった。
「痛っ……! もう、なによその馬鹿げた硬さは……」
「仕方ないだろう。戦闘用なんだ」
カオリは自業自得の痛みに顔をしかめ、涙目で蹴った足のつま先をさする。
「で、そこにいる小室組の坊ちゃん
――小室怜君を連れてきた理由は何となくわかるんだけどさ、あっちで死んだように爆睡してるおじさんは誰なの?
カオリの愛人かしら?趣味悪いわよ」
「愛人ちゃうわ」
カオリから思わず関西弁が出る。
マスミが顎で指した先では、長時間の逃避行と船揺れで体力を使い果たした長谷部が、ソファに深く沈み込んで盛大ないびきをかいていた。
「みっくんよ。更生施設での私の独房の隣人よ。
なんだかんだ助けられたわ。あとめちゃくちゃ日記を書く」
「ふ〜ん、みっくん、ねぇ……。
カオリ、あんまり年上のおじさんをその気にさせちゃダメよ?」
「ちょっとマスミ、変な勘違いしないで! そんな関係じゃ絶対にないから!
それに小室……いや、怜と会ったのもたまたまよ」
やれやれと首を振るカオリだったが、その表情には久しぶりに親友と冗談を言い合える日常の手応えが滲んでおり、二人の間には瞬く間に再会の会話の花が咲いていった。
そんな女子たちの賑やかな様子をよそに、ジュウシロウは部屋の隅へと視線を向けた。
そこでは、シュウとユーリが声を潜め、何やら深刻な面持ちで話し込んでいた。
「……カノンをこっち側に連れてこなかったのは、結果として大正解だったな」
「ええ。前崎の監視網がここまでおびただしく張り巡らされている以上、あの子にはもう、私たちの戦いとは無関係な場所で、何としても幸せになってほしいもの……」
「――何の話をしているんだ?」
二人の会話に、ジュウシロウが静かに歩み寄りながら問いかける。
「あぁ……ジュウシロウさん。カノンのこと、もちろん覚えていますよね?」
シュウが顔を上げ、少し懐かしむような目を向けた。
「当然だ。忘れるはずがない」
ジュウシロウの脳裏に、かつてカジノ都市『シンフォニア』の闇からシュウが命懸けで救い出した少女の姿が鮮明に蘇る。
と同時に、その後に決行された国会議事堂の襲撃作戦の際、あの前崎相手とはいえ、その後のトラウマで自らの焦りと油断から大きな粗相をしでかし、組織を危機に陥れてしまった苦い過去の記憶も、一瞬だけ胸を過った。
「あいつはあいつで、この混沌とした時代の中でようやく自分の『夢』を見つけたみたいなんっすよ。
何でも、生身の人間を救う医療従事者になりたいんだとさ」
「……そうか。あの小さかったカノンが、医療の道をな」
ジュウシロウの厳つい顔が、わずかに綻ぶ。
「ええ。だからこそ、俺たちみたいな過去に囚われたテロリストもどきの逃亡劇に、あいつをこれ以上付き合わせるわけにはいかねーんですよ」
「あぁ、その通りだな。あいつの未来は、俺たちが全力で守り切ってやらなきゃならん」
二人がかつての戦友としての絆を確かめ合うように頷き合った、その時だった。
「はいはい、皆さん。再会の余韻に浸ってるところを本当に申し訳ないんっすけど――ちょっと、俺の父親と会ってくれねーっすか?」
応接室の重厚なドアを開け放ち、小室怜がひょっこりと顔を出した。
その言葉の響きに、部屋全体の空気が一瞬にしてヤクザの縄張りとしての緊張感を取り戻した。




