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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:073 横浜港

サイボーグの暗殺者・銀次による執拗な追跡を辛うじて振り切り、ジュウシロウたちが闇に紛れて向かった先は明け方の横浜港だった。

それは銀次が襲撃した後に小室が切り出したことだった。


「横浜港へ向かってください、兄貴」


「……どうしてだ? 絶対に東京は通るルートだぞ」


デバイスでは茨城から千葉に入った所だった。

ジュウシロウはハンドルを握る手に力を込め、バックミラーを警戒しながら低く問い返す。


「俺の知っている限り、現在の前崎の統治下において、在来線や新幹線、国内線の飛行機といった公共交通機関はすべて、AIの顔認証システムと完全に同期しているっす。

 俺たちヤクザや反逆者は、自動的にアラートが鳴る仕組みになっているから、ハナから使えないんすよ。

 身分証の提示とか求められるんで。

 一歩でも改札をくぐれば、即座にHound(ハウンド)の大群に包囲されますしね」


「……となれば、このまま車で地方へ逃げ延びるのが上策じゃないのか?」


「車での長距離移動も、兵庫まで行く今の状況じゃ自殺行為っすよ。

 また銀次みたいな化け物の追手が来たら、今度こそ持ちこたえられないっす。

 それに、この車のナンバープレートも、前崎の広域監視ネットワークにバレているはずっす。

 街頭のNシステムを通過するたびに、位置情報がリアルタイムで筒抜けになるぐらいだったら捨てたほうがいいっすよ」


「だから、陸路を捨てて船か」


「その通りっす。

 横浜港の奥には、かつて我が小室組が警察の目を盗んで何十年も維持してきた、独自の『密入国・密輸ルート』が生きてる。

 前崎の電子の目も、あそこの物理的な闇の利権まではまだ完全には掌握しきれていないはずっす。

 これこそが、かつて俺たちの組織を支えた主要なアンダーグラウンド・ビジネスの遺産っすよ」


「なるほど」


「それに……」


小室がデバイスを操作して表示させる。


「東京は今、暴動が起きてそれどころじゃないはずっす。

 ちょうどいいっすね。高速からも距離が離れているっす」


デバイスを見れば「ザ・コンコルディア」と呼ばれるホテルで外国武装集団が暴れているようだった。


ジュウシロウは小室の合理的な提案に納得し、アクセルを深く踏み込んだ。

小室の知識に頼らざるを得ないという状況に今は生き延びるために信じるしかないという皮肉を噛み締めながら、車は夜の横浜港へと滑り込んでいった。


夜を切り裂くように走る車の助手席で、小室は深夜の静寂に包まれた横浜港へとステアリングを握り直した。

後部座席では、これまでの壮絶な逃走劇で心身ともに限界を迎えたカオリと長谷部が、互いに寄り添うようにして深い眠りに落ちていた。


「……それにしても、あんた凄まじい体力っすね、ジュウシロウの兄貴。

 あれだけのチェイスの直後だってのに、微塵も疲れを見せねぇなんて」


小室は助手席に話しかける。


「まあな。……これでもかつては、中東アジアの内戦地域で傭兵として、地獄のような戦場を何度か生き延びてきたからな。

 この程度の夜通しのドライブは、あそこに比べれば天国みたいなもんだ」


「すっげぇ……!

 兄貴にそんな壮絶な過去があったなんて、小耳に挟んだことはあったっすけど、まさかガチの戦場帰りだったとは!」


「気にするな、ただの過去だ。……それより、本当にこの先へ進んで行けるのか?

  横浜の奥にある、お前の『組事務所』とやらに」


ジュウシロウは過去の詮索を冷タク遮り、目前に迫った目的地について確認を促した。


「……ああ、そのはずっす。

 俺たちが維持してきた秘密ルートの隠れ家は、この港湾地区の最奥にあるコンテナヤードの地下に隠されているはず。

 行けるとは思います。

 ――ただ、正直なところ、一つだけ懸念があるんすよ」


「……懸念? なんだ?」


「俺が前崎の連中に捕まってから、2週間ぐらいが経ってる。

 その間の小室組の動向については、俺は一切把握できてないんす。

 ……だから、組内でクーデターが起きて内乱状態になってるとか、あるいは、すでに組の看板が前崎に完全に従属する形で書き換えられてて、俺の『若頭』としての価値が霧散してたら……

 その先は、俺の言葉じゃどうにもならなくなります」


「裏切りと利権のヤクザの世界だ。

 小室、お前が心配するのも無理はない」


「そうっすね。

……だから、もし最悪の事態になって、俺の言葉が届かなくなったら……ジュウシロウさん。

その時は、申し訳ないんすけど……お願いします」


小室はハンドルを握る手に力を込め、ジュウシロウを真っ直ぐに見つめた。

その瞳には、かつての裏切り者の面影はなく、生き延びようとする男の悲壮な覚悟が宿っていた。


「わかった。その時は俺が、全員力ずくでねじ伏せて、お前をそこから連れ出してやる」


ジュウシロウは短く答えると、小室の覚悟を真っ向から受け止め、車をさらなる闇の深淵へと走らせた。


数時間後。


東の空が白み始めた明け方、車はついに目的地である横浜港の広大な敷地へと滑り込んだ。

厳重なゲートの前で車を止めると、小室が運転席の窓から顔を出し、顔見知りの港湾警備員へと手際よく話を付けた。

警備員は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに形式的な手足でゲートを開け、車は何とか内部へと侵入することに成功した。


「……顔認証システムや、身分証の提示を求められると思ったが。意外とあっさり通れたな」


ジュウシロウが助手席で油断なく周囲を警戒しながら、低く呟く。


「早朝のこの時間帯は、夜勤明けのトラックと朝一番の貨物で交通量がエグいんすよ。

 いちいち確認してたら流通が止まるから。

 それにここは俺たちの息がかかったエリアっすから、基本は顔パスっすね」


小室は不敵に笑い、さらに敷地の奥へと車を進めていく。

巨大なガントリークレーンが聳え立ち、色とりどりのコンテナが幾重にも積み上がって死角を形成している横浜港。

その広大な敷地の中でも、一般の荷役が決して近づかない「端っこの端っこ」――最奥の寂れた防波堤の影に、その場所はあった。


薄暗いコンテナの隙間に、数人の男たちが煙草の煙を燻らせながらたむろしているのが見える。


「へい!」


小室が車の窓を完全に開け、彼らに向けて鋭く声をかけた。


「ん……? ――ッ、若頭(ぼっちゃん)!?」


たむろしていた男たちの一人が小室の顔を確認した瞬間、弾かれたように煙草を投げ捨てて駆け寄ってきた。

そして、車のドアの前に勢いよく膝をつく。


「……よくぞ、よくぞご無事で……!」


「その『ぼっちゃん』って呼び方はよしてくれよ、森川。

 俺ももう、とっくに二十歳を過ぎた大人の男だぜ?」


小室が苦笑しながら窘める。

森川と呼ばれたその男は、ジュウシロウの目から見て三十代前半といったところだった。

どこか凄みの利いた顔立ちをしてはいるが、仕立ての悪いアロハシャツを羽織り、いかにも港湾を根城にするヤクザのチンピラといった風情を醸し出している。


「へえ、ですが俺たちにとって、いつまでもぼっちゃんはぼっちゃんですよ。

 ……ですが、ここは今、ぼっちゃんのような人間が、呑気に来るところじゃありません。

 一体、何をしにここへ?」


森川は表情を引き締め、低い声で周囲を伺いながら問いかけてきた。


「……細かい事情を説明している時間はねぇ。

 俺たちは今、前崎の連中に追われてる。

 更生施設から力ずくで脱獄してきたんだ」


「……! なんと……!! 組織を相手に、そこまでの大立ち回りを……!?」


「だから、陸路を捨てて可能な限り目立たない船で動きたい。

 食料の備蓄なら車にある。

 このまま海路で、兵庫の組の本拠地まで行きたいんだが……船の融通は利くか?」


「……動かすこと自体はいいっすけど。

 当然、船に乗るのはぼっちゃん一人だけじゃねえっすよね?」


森川の視線が、後部座席で眠るカオリと長谷部、そして助手席で圧倒的な威圧感を放っているジュウシロウへと向けられた。


「密輸の片手間に出す隠し船っていっても、船自体は大した大きさじゃないです。

 それに……実は、すでに先客がいるんですよ」


「先客……?」


小室が眉をひそめる。


「ええ。ぼっちゃんたちと同じく、兵庫まで行ってくれって頼まれてましてね。

 それも、組事務所の方面に強いコネがあるとかで」


森川が顎でしゃくった視線の先――コンテナの影に、一人の奇妙な男が佇んでいた。

その男は、顔面を医療用の包帯で異様なほどグルグル巻きにして素顔を完全に隠している。

だが、衣服の隙間から覗くその肉体には、ジュウシロウが纏う軍用の重装甲とは異なる、機動性を重視した軽量細身(ライトフレーム)の「神経外骨格」が不気味に鈍い光を放ちながら着込まれていた。

ただの一般人ではないことは一目でわかる。


「あの包帯男の他には?」


小室が、さらに周囲のコンテナの陰で息を潜めている、彫りの深い顔立ちの外国人の集団に鋭い目を向けた。


「ああ、あいつらは今回、この港で極秘裏に下ろす手筈になっている外国人たちですね。

 沖合の洋上で、海外の密航船から直接うちの船で引き取って連れてきました。

 こっちの処理はただ荷下ろしするだけなんで、問題ないんすが……」


「じゃあ、兵庫まで行くって点では、あの包帯の男と相乗りするだけで問題なさそうじゃねーか?」


小室が尋ねるが、森川の顔は冴えなかった。


「……いえ。その先客の包帯男がですね、法外な額の現金を積んで、その船を丸ごと『貸し切り』にしてるんですよ」


「チッ……くっそ、それは困ったな。

 かと言って、ここまで来てあの先客を船から叩き落とすわけにもいかねーしな……」


小室が頭を抱える。ヤクザの若頭としてのプライドと、現在の逃亡者としての焦りが交錯する。


「そりゃ駄目っすよ、ぼっちゃん。

 私は仁義を外した闇の商売(ビジネス)をしてますが、筋と人情だけは大切にしたいタチなんです。

 いくら若頭の命令でも、一度成立した大口の取引を理不尽に反故にするような真似はなしの方向でお願いします」


森川は頑固な職人のような顔で首を振った。


(相変わらず頭が固てぇというか、妙なところで頑固っていうか……。

 まあ、だからこそ裏切りが日常茶飯事のこの裏ルートの管理を、親父から直々に任されたんだと思うんだけどな)


小室は内心で毒づきながら、岸壁に係留されている一隻の船へと視線を移した。


そこに浮かんでいたのは、塗装が剥げかけた中古のトロール漁船だった。

だが、その外見に騙されてはいけない。


こうした密航・密輸に使われる漁船は、本来は魚を大量に冷やすための大型冷蔵・冷凍庫や、船底に「カンコ(生簀)」と呼ばれる巨大な水槽を備えている。

この空間の水を抜き、偽装を施すことで、赤外線センサーすら遮断する密航者のための「隠し部屋(密航コンパートメント)」として絶好のデッドスペースに変貌するのだ。

追っ手の目を欺くにはこれ以上の乗り物はない。


「……分かった。俺が直接、あの先客にお願いして相乗りを交渉してくるわ。

 ちなみに、日本語は通じそうか?」


小室の問いに、森川は短く頷いた。


「通じるっすよ。

 包帯で顔は見えねえですが、間違いなく生粋の日本人っすね」


「……マジか」


運がいいのか悪いのか。

あとは理屈が通じるかどうかだ。


小室は小さくため息をつき、覚悟を決めて車から降りた。

せめて、狂人ではなく、こちらの事情を汲んで話の通じる相手であってくれ。頼む。

緊張感を孕んだ明け方の空気に、小室の革靴の音が静かに響き始めた。


そう願いながら、小室は意を決してコンテナの影に佇む不気味な包帯男へと歩み寄り、声をかけた。


「あー……、ちょっといいすか?」


声をかけられた男は、彫りの深い包帯の隙間から、血走った両の(まなこ)をギョロリと小室へ向けた。

その鋭い眼光だけで、修羅場を潜り抜けてきた男だと分かる。


「俺は、この闇ルートの責任者……まあ、オーナーの小室って男っす。

 あんたが法外な金を積んで、この船を丸ごと『貸し切り』にしてるっていう事情は今、森川から聞いたっす。

 ……だが、俺もどうしても今すぐここを離れなきゃならない事情があってね。

 ついでに俺も相乗りさせてほしいんすが、それはいいすか?」


小室が頭を下げて交渉を切り出すと、包帯の男は無言のまま、首を縦に小さく振った。


「助かったっす。

 ……だが、話はもう一つあって。実は俺の他にも、連れが三人いるんすよ。

 当然、ただでとは言わない。

 あんたが払ってくれた貸し切り分の料金は、相乗りする分きっちり割引(キャッシュバック)にする。

 だから、そいつらも一緒に乗せていってくんねぇすか?

  食料の備蓄なら、車の中に山ほど持ってきてる。あんたの分もちゃんと分けてやるからさ」


少し迷うように視線を泳がせ、思案を巡らせていた包帯の男だったが、やがて諦めたように再び深く頷いた。


「恩にきるっす、ありがとう。

 これからの旅路、お互いに素性を知っておいた方がやりやすい。

 名前を聞かせてもらってもいいすか?」


男はしばしの沈黙の後、包帯の奥から掠れた低い声を絞り出した。


「……ナオヤ」


「オッケー! ナオヤさんね。

 ありがとう。この恩は一生覚えておくっすよ」


交渉が成立したことに胸を撫でおろし、小室は森川の待つ車の側へと戻った。


「森川、そういうわけだから今回の貸し切り収入はちょっと下がっちまうけど、そこは許してくれ。

 その代わりと言っちゃなんだけどさ、とんでもねぇ『すごい奴』をここに連れてきたから」


「……すごい奴、ですか?」


森川が怪訝そうに首を傾げる。


「ああ。前に小室組の客分でサイボーグの銀次って奴いただろ?

 その銀次を、素手で圧倒してブチのめせる規格外の男だ」


「……!? 馬鹿な、本当にそんな芸当ができる人間が、この世にいるんですか!?」


「ああ、いるんだよ。実際、さっき目の前でそいつを仕留めてきたばかりだしな。

 ――紹介するよ。

 俺たちの命の恩人、ジュウシロウの兄貴だ」


小室が助手席のドアを開けると、車内から重々しい空気と共にジュウシロウがその巨体を外へと現した。

その全身から放たれる圧倒的な戦士の覇気に、周囲の空気が一瞬で張り詰める。


ジュウシロウは困惑する森川の前に立つと、大きな右手を差し出した。


「よろしく頼む」


「あぁ……っ、は、はい……よろしく、お願いします……」


森川は完全に気圧されながら、その手を握り返した。


(デ……デケェ……!! なんだこの男、人間じゃねえ。要塞かよ……!)


本能的な恐怖を覚えながらも、森川は二人をトロール漁船のタラップへと案内した。


「森川さん……で合っているか?

 俺たちが乗ってきた車はあそこにいる外国人たちにくれてやるから、代わりに車内の食料や荷物を船へ運び込むのだけ、手伝ってくれるように彼らに言ってくれないか?」


「えっ……あっ、は……はい、分かりました……」


森川は「なぜ車を譲るのか」とも、「どうして荷物を運ばせるのか」とも、何一つ質問を返すことができなかった。

ヤクザとしてそれなりに修羅場を見てきた自負があったが、自分よりも年下のこの男が纏う圧倒的な強者のオーラに、完全に思考を支配されていた。


「あいつらは言葉が通じねえですが、ここに一人、語学に詳しいハーフの奴がいるんでそいつに……。

 おい、ジョージ!! ちょっと来い!」


森川が声を張り上げると、コンテナの影から一人の男がタバコを片手に気怠げに姿を現した。

東南アジア系の血を引く、精悍な顔立ちのハーフの男だった。


「あん? なんだよ森川、騒がしいな。

 ションベンも出るものでねぇじゃねーか。」


「おッ! 懐かしい顔じゃねぇか、ジョージ!」


小室が声をかけると、ジョージは一瞬目を丸くした。


「お、若頭(ぼっちゃん)か! 懐かしいな、無事だったのかよ」


「挨拶は後でゆっくりやろう、とりあえず今は頼んだぜ。

 俺は奥の客を迎えに行ってくる」


「おう、わかった。荷解きは任せときな」


ジョージが外国人たちに流暢な異国語で指示を出し始めるのを確認し、小室は後部座席で眠るカオリと長谷部を優しく揺り起こした。

寝ぼけ眼の二人を支えながら、迅速に漁船の船内へと連れ込んでいく。


全員の乗船が完了し、ジュウシロウは先ほどの「先客」である包帯の男に挨拶を交わそうと、狭い客室(キャビン)へと足を踏み入れた。


だが、薄暗い船内でジュウシロウの姿を迎えた瞬間、その男――ナオヤは、包帯の隙間の両眼を限界まで見開き、恐怖と驚愕が入り混じった異様な表情を浮かべた。

その身体が、かすかに小刻みに震えている。


ジュウシロウはその過剰な反応に気づきながらも、あえて深くは追求しなかった。


「……驚かせたか? すまない。少しの間、世話になる」


それだけを短く告げると、ジュウシロウは客室の隅の座席に深く腰を下ろし、目を閉じた。


長谷部とカオリを無事に船底の安全なコンパートメントへと匿い、トロール漁船は明け方の濃霧に紛れて、音もなく横浜港を出航した。


――なお、彼らが港に残し、外国人労働者たちに譲渡されたあの譲り受けた車は、彼らが出航したわずか数十分後、港湾地区に突如現れた「サイボーグ」によって、中にいた新たな乗客ごと、跡形もなく惨殺・破壊し尽くされたという。

だが、その血煙を上げる横浜港の惨劇を、すでに洋上へと逃れたジュウシロウたちが知る由はなかった。

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