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【☆5.1万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:072  司法取引

アルトゥーロ・ラスカノは、目の前で繰り広げられた圧倒的な蹂躙劇――前崎が投入した未知の機動兵器の前に、ただ戦慄するしかなかった。


歓楽街へ散開した時点で、勝機など万に一つもないことは冷徹に理解していた。

ドサクサに紛れて雲隠れ。

それが叶わなくても半ば自暴自棄の、死なばもろともの精神で、せめてこの平和にボケた東洋の一般市民を何人か道連れにして地獄へ逝くつもりだったが、そのささやかな悪あがきすら、あの怪物の前には決して叶わぬ幻想に過ぎなかった。


巻き込めたとしても数人だった。


あのHound(ハウンド)とやらはザルだったが、あの人型兵器はダメだ。


インプラントを流れる生体反応(バイタルチェック)は、先ほどすべて完全に消失した。

誇り高き「ロス・カタス」の同志たちは、一人残らず全滅したのだ。


ラスカノ自身の右腕は骨ごと無残に握り潰され、神経を断たれた左腕も力なく垂れ下がっている。

身動き一つ取れない致命的な敗北。

すべては、あの空を飛ぶ純白の人型兵器こと『ペルディータ』が夜空から舞い降りてきてからの、わずか数分間の出来事だった。


今目の前にいる機体は青色ではあるが。


母国での利権争いに敗れ、一発逆転の野望を抱いて海を渡ってきたというのに、その大望を何一つ果たせず、この極東の路地裏で惨めに野垂れ死ぬ。

ラスカノは己の終焉を悟り、諦めるように懐から最後の葉巻を咥え、辛うじて動く指で火をつけた。

紫煙が夜の冷気に白く混ざり合う。


コツン、コツンと、無機質な金属の足音が響く。

自分たちを文字通り文字通り「害虫」のように追い詰めた、あの異世界の使徒のような機体が、静かに歩み寄ってくる。


彼らが絶対の自信を持っていた「人質」という戦術すら、あの機体の前には何の意味もなさなかった。

ペルディータが放った強力な指向性高周波振動波は、人質となった市民の肉体ごと、シカリオたちの神経外骨格の制御だけでなく、頭、心臓を一時的に完全に麻痺させたのだ。

身動きを奪われたところを、抵抗の余地すら与えられず、呆気なく脳幹を光の光線で撃ち抜かれるだけでなく、数十メートルからのフリーフォールで無残に殺された。


さらに一切の死角を許さない超精密な自動誘導レーザー。

そして、三次元空間を自由自在に、物理法則を無視した軌道で制動する圧倒的な空中制御技術。

とんでもない悪魔の技術を、この日本という国は身に付けたものだ。


「クソッタレが……。何が世界一平和な国だ。

 腹の底じゃ、核兵器(ニューク)よりもよっぽど狂暴な玩具を隠し持ってやがったじゃねえか」


ラスカノは血混じりの唾と共に、精一杯の悪態を吐き捨てた。


対峙するペルディータが、感情の読めない無数の穴が空いた手のひらをラスカノの眉間へと向け、高出力レーザーのチャージを開始する。

空気がジリジリと熱を帯びていく。

せめて苦しまずに一瞬で脳を焼いて殺されることだけが、この怪物から受けられる唯一の「慈悲」のように感じられた。


ラスカノは静かに覚悟を決め、目を瞑り――


『ん? 総統(パパ)? ……あ、はい、分かりました。今、回線を繋ぎます』


突如として、その悍ましい人型兵器のスピーカーから響いたのは、およそ戦場には不似合いな、可憐で幼い少女の生の声だった。

あまりのギャップに、ラスカノは驚愕に目を見開く。


『すまないな、アオイ。手間をかけさせた』


ペルディータの頭部センサーから青白い光条が射出され、空間に鮮明なホログラムディスプレイが浮かび上がった。

そこに映し出されていたのは、冷徹な双眸で敗将を見下ろす新世界の支配者、前崎の姿だった。


『やあ、アルトゥーロ・ラスカノ。――右手を潰された気分はどうだ?』


「最悪に決まっているだろうが、クソ野郎。

 テスカトリポカ(夜の神)(アギト)に生きたまま喰われてしまえ」


ラスカノは最期の抵抗と言わんばかりに、呪詛の言葉と共に短くなった葉巻を前崎のホログラムへと投げつけた。

火の粉を散らした葉巻は、実体のない青い光を虚しく透過し、コンクリートの床へと転がっていく。


『お前の優秀な部下たちは、たった今一人残らず全員が死んだ。

 孤立無援、退路も組織も失ったわけだ。

 ――さて、絶望的な状況の君に、一つ司法取引を持ちかけたい』


「……取引だと?」


ラスカノのお面の奥の瞳に、わずかな猜疑の光が宿る。


『我々はつい先ほど、身内の信用に足るべき仲間に手痛い裏切りを喰らってね。

 戦力の再編において、絶賛人手不足なのだよ。

 もし君がこれまでの敵対関係を水に流し、我々の新たな忠実な猟犬になってくれるというのなら――

 その無残に破壊された両腕を、我が国の最高峰の技術で丸ごと元通りに、いや、以前よりも強固に再生してやろう。どうだ?』


「……俺たちを殺しに殺した連中が提案するには魅力的すぎる提案だな。

 キリスト様万歳だ。

 だが、お前ほどの男が我々のようなカルテルを拾って、一体何を企んでいる?

  何が目的だ」


『君がそれを知る必要はない。

 お前にある選択肢は、この極東の薄汚い路地裏で犬のように惨めに死ぬか、あるいは我々の秩序内で一定の自由を得て過ごすか。

 その二択しかないのだ。

 ――選べ、ラスカノ』


前崎の冷徹な宣告を聞きながら、ラスカノの脳裏にある歪な狂信が去来した。


(そうか……。同志たちは、ただ無駄に殺されたのではないのだ。

 我々「ロス・カタス」という組織が、この異国の地でさらなる強大な存在として生まれ変わり、完全なる復興を遂げるため、ウィツィロポチトリ(戦いの神)の偉大なる生贄(いけにえ)として魂を捧げたのだ――)


この男は、死んだ同志たちの血を対価にして、我々に「新世界で勝ち上がってみせろ」と、そう言っているのだ。


「……フッ、いいだろう。素晴らしい提案だ。これからはよろしく頼むよ、新たな『ボス』」


『交渉成立だ。――アオイ、その男の身柄を確保し、ただちに緊急医療処置を開始しろ』


『わ……分かったわ、パパ』


ホログラムが消灯すると同時に、ペルディータの駆動音が優しく切り替わった。

ラスカノの傷ついた巨体は、すぐに現場へ急行してきたHoundの特殊救護班へと引き渡され、厳重な警備のなか最高機密の医療施設へと搬送されていった。


絶望の淵から、アルトゥーロ・ラスカノは生きて生還したのだ。

さらなる凶暴な牙を、前崎の秩序の中で研ぎ澄ますために。





最終的に、今回のロス・カタスによる強襲がもたらした被害は、死亡者三十二名、負傷者百五名という凄惨な数字にのぼった。

この結果を「これだけの未曾有のテロにしては少ない」と見るか、「平時の治安を揺るがす大惨事」と捉えるかは、観察者の立場によって大きく分かれた。


SNSのタイムラインは、文字通り狂乱の様相を呈していた。

再三の警告やHoundの誘導を無視し、スマートフォンのカメラを向けて悦に浸っていた野次馬どもに対しては「自業自得だ」「死んで当然」という冷酷な自己責任論が吹き荒れる一方で、ただその場に居合わせ、不可抗力で巻き込まれた無辜(むこ)の市民への同情と追悼の声も根強く交錯していた。


しかし、世論の関心が最も集中し、激しい論争の的となったのは、ペルディータがまるで玩具を壊すかのような軽薄さでシカリオたちを蹂躙した、あのあまりにも非倫理的な殺戮の光景だった。

自律型兵器が人間の命をあそこまで冒涜的に奪うことへの人道的な忌避感、その倫理的な欠如に対して、知識人や市民からは激しい非難の焦点が当てられた。


だが、それに対する反論もまた、新時代の冷徹さを孕んでいた。

「そもそも倫理など一切持ち合わせないカルテルを相手にするのだから、こちらだけが倫理を遵守する必要などどこにあるのか」「目には目を、怪物には怪物をぶつけるのが最も効率的だ」という、前崎の思想に深く毒された冷酷な現実主義を肯定する意見もまた、多数を占めつつあった。


前崎という男は、紛れもなく後者の論理を体現する支配者だった。

特に若者の支持は絶大だった。


それを証明するかのように、生捕りにされたラスカノ以外のロス・カタスの残党、および周辺の病院に潜伏していたロシアンマフィアの面々は、一人残らず処刑された。

それは、生き残ったラスカノがこれまで母国の麻薬戦争で見てきたどの凄惨な手口よりも、遥かに冷徹で、かつ生物としての尊厳を微塵も残さない、極限まで残酷な手法によって徹底的に「処理」されたのだ。


その凄まじい見せしめを映像越しとはいえ間近で突きつけられたラスカノは、前崎という男の底知れぬ狂気と絶対的な力に完全に骨抜きにされ、以後、その忠実な猟犬として従順に膝を折り、二度と牙を剥くことはなかった。


そして、前崎の秘密医療施設で片腕を義手へ改造を終えたラスカノの口から、驚くべき「真実」がもたらされた。


今回のロス・カタスとロシアンマフィアによる日本進出の裏には、さらなる巨大な影が存在していたのだ。


――これら一連のカルテルとロシアンマフィアの暗躍はすべて、前崎の急速な台頭を危険視した「アメリカ合衆国」の国家的陰謀によって裏から仕組まれたものだった、と。

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