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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:071 頭固い派

ペルディータ・コード2こと『ショウタ』は、ナトリウム灯の明かりを乱反射する漆黒の夜空から、急進的な機動で歓楽街を滑走し、散開したシカリオたちの動向を鋭く追跡していた。

網膜ディスプレイに表示された複数の熱源反応が、アリのようにもつれ合いながら、一般市民の集まる雑居ビルや路地裏へと吸い込まれていく。


「残り九人。チッ……なるほどな、クソ狭い歓楽街で人質を取られるのは最高にウザい……!」


ショウタが機体の駆動音と共に忌々しげに毒づいた、その瞬間だった。

戦術ネットワークの共有回線から、軽薄でノイズ混じりの通信が割り込んできた。


『人質のひとりやふたり死んだって、大して変わんねぇだろ?

  最短ルートで全滅させて、トータルの犠牲を減らすってんならさー』


先ほど一般市民ごとカルテルを屠ったばかりのコード1、「リョータ」が、不満を隠そうともせずに抗議混じりの声を上げる。


『リョータ、そんな残酷なこと言っちゃダメでしょ?

どんな形であれ、巻き込まれただけなんだから』


すかさず反論を返したのは、後方から電子索敵支援を行うコード3の「アオイ」だった。

その理性的で落ち着いた声が、殺戮に傾きかけた回線の温度をわずかに下げる。


『それにしても、今回このエリアに急派されたペルディータは僕たち三機だけ?

  この超過密都市で、たったこれだけの数で完全に各個対処するなんて、いくらなんでも無理ゲーじゃない?』


ショウタはスラスターの出力を微調整しながら、眼下の夜景を睨みつけた。


「というかさ、ぶっちゃけHound(ハウンド)の連中が無能すぎるだろ。

 何なんだよあいつら、総統直轄の自警団を気取っておきながら、電子バリアの檻から本物の軍隊カルテルを取り漏らすとか。

 総統がなぜあんな底辺の寄り合い所帯を特別扱いしてんのかマジで理解できねぇ。

 脳の処理速度の理論値がどれだけ高かろうが、俺たち『ペルディータ』のほうがよっぽど実戦じゃマシだろ?」


『コラ、そんなこと言わないの。

 前崎総統が仰る通り、彼らは元々戦闘のプロフェッショナルとして生きてきた人間じゃないんだから。   

 急な実戦で、想定外の事態に思考の遅れが出るのは仕方がないわ』


『ケッ!! 思想統合のバグかなんか知らねぇが、現実から逃げて『経験機械』で都合のいい夢見て寝ぼけてるような奴らが、随分と上等な身分になったもんだぜ!』


ショウタは鼻で笑い、システムの照準を切り替えた。網膜に映るマップ上に、九つの赤いマーカーが冷酷に灯る。


「……まあ、愚痴はそこまでにして。

 リョータの索敵データ網から、逃走した九人全員の個体認識タグの同期は完了したわ。

 これより各個撃破に移行しましょう」


『お、やっと本番? 了解(オーケー)!!

 リョータ!どっちがたくさんハントできるか勝負な!!』


リョータの無邪気な歓声と共に、純白の異形が夜空で爆発的な加速を見せる。


『ちょっとリョータ!!

 またそうやってすぐに命を賭けて勝負事にするんだから!!』


アオイの咎めるような悲鳴を置き去りにして、ペルディータの猟犬たちは、獲物の首を狩るべく、血に飢えた歓楽街の闇へと容赦なく急降下していった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


歓楽街の喧騒から外れた、人通りの途絶えた薄暗い裏路地。散開したシカリオの一人は、突如として目の前に現れた「一人の男」によってその足を完全に止められていた。

男の名はケン。


かつてアダルトレジスタンスに身を置き、前崎の進める急進的な管理社会のやり方に真っ向から反対していた男だった。

だが今、彼がこの戦場に立っているのは大義のためではない。

街を血に染める外来の凶獣どもを、ただ「目の前の騒動を止める」という極めて個人的な理由で狩るためだった。


ケンは自身の脳内に埋め込まれた『メタトロン』の領域へ、深く意識を沈める。

現在、彼の人格と同期しているのは、中国人民解放軍の精鋭兵士二十人分に相当する圧倒的な戦術データと戦闘経験。

本来であれば、その忠誠は中国の国家へと捧げられるべき高潔なものであることは、彼自身が誰よりも理解していた。

だが、あの日以来、自分がここからどう生きていきたいのか、進むべき道が完全に見失われたままだった。


最高指導者である梁智衡(リャン・ジーフォン)からは、あの一件以来、何の音沙汰も命令も下ってこない。

前崎が裏で政治的な手を回し、こちらの動きを完全に封じ込めたのだろうか。


(――いや、今は余計な思考を放棄しよう)


ケンは眼前のシカリオを鋭く睨み据える。

混迷する自らの思想はともかく、目の前で刃を血に染めているこの暗殺者たちが、自分にとってもこの社会にとっても「絶対的な悪」であるという事実だけは、微塵も揺るがなかったからだ。


ケンは爆発的な脚力で地を這うような四足歩行の姿勢へと遷移し、肉体の駆動シフトを瞬時に切り替えた。

人間はおろか、神経外骨格の限界さえも超越した「現実の物理法則をあざ笑う動き」で、シカリオの死角へと肉薄する。


「なっ……!!」


超高速の体術に、百戦錬磨のシカリオすら反応が遅れた。

すれ違いざま、ケンの手元で鈍い光を放つカランビットナイフが、男の喉笛を正確無比に掻き切る。

鮮血の飛沫を置き去りにし、ケンが次の獲物の気配を察知してその場を離れようとした、その時だった。


背後に何者かが降り立ち、得体の知れない強烈なプレッシャーを放つ「影」が音もなく舞い降りた。


『ん? これ、お兄さんがやったの?』


そこにいたのは、極限まで軽量化された純白の異形――使徒と称される前崎の最高峰兵器、『ペルディータ』だった。

ケンはその機体名称と、日露戦争での圧倒的な悪名しか知らなかった。


ペルディータの巨大なマニピュレーターには、別のシカリオの一人が握りつぶされていた。

その肉体は高出力レーザーによって容赦なく貫かれ、すでに煙を上げている。

ケンはその凄惨な光景を目にしても、兵士としての冷徹さゆえに、特に感情を動かされることはなかった。


「まあ、そうです」


ケンは努めて淡々と答えた。


『へえ! Hound(ハウンド)でもないのにすごいね!

 それに比べて、うちのHound共ときたら本当に役立たずでさぁ……!!』


「はぁ……。ありがとうございます」


ケンは懐から取り出した猿のお面を、静かに顔へと装着した。

なぜだか、アダルトレジスタンスのメンバーと話す時以外は仮面を被るようにしている。

恥ずかしさを隠すためというよりは、まだ生身の顔を晒して誰かと向き合うという日常の生活に、どうしても心が追いつかないのだ。


『あ、あーーーーーーーーッ!!』


突如、目の前のペルディータの機体スピーカーから、鼓膜を引き裂くような大音量の絶叫が響き渡った。

空間が震えるほどの音量に、ケンは思わず眉をひそめて耳を両手で塞ぐ。


「……なんですか、一体」


『ケンさんですよね!! あの、黄色の隊の!!

 俺です!! 俺!! リョータっすよ!!』


「なっ……! リョータ……だと!?」


ケンの脳裏に、かつて組織のアジトで無邪気に笑っていた、元気な少年だった頃のリョータの姿が鮮烈によみがえる。

だが、いま目の前に聳え立っているのは、感情の読み取れない無数の穴が空いた、冷酷な戦殺の具現者だ。


「……君、そんな姿になって」


『おかげで、こんなカルテルの雑魚なんかイチコロっすよ』


合成された幼い声で嘯くと、ペルディータは手の中で消し炭のようになっていたシカリオの死体を、まるで路上にゴミを捨てるような無造作さで放り投げた。


「一体、何があったんですか?」


『いやね。SG崩壊時にバックアップが無かったらしくて。

 ただ、意識そのものはデータとして保存してあったんで、前崎総統が、意識をこの機械のコアに移してくれたんすよ。

 ま、新しく生体肉体を培養して作り直すまでの、一時的なスペアっすね。

 割とこの体、出力も高くて気に入ってはいるんすけど』


「……それで、あなたは本当にいいのですか?」


ケンのお面の奥の瞳が、沈痛に曇る。

だが、リョータの声には微塵の悲哀もなかった。


『特に普段の生活に不都合はないですしね。

 いざとなればメタバースの深層空間に行って、やりたいことも、ショータやアオイたちとのコミュニケーションも限界以上にとれるし。

 不自由なんてないっすよ』


「人として……それはどうなんですか。

 肉体を捨ててデータの世界で生きることが、本当に正しい生き方だと?」


『えー。ケンさんもそっちの頭の固い派っすか?

 カオリさんと同じようなことを言うんですね』


「カオリさんと?」


『本人がそれでいいって満足してるなら、それでいいじゃないですか。

 現実の泥水すするより、よっぽど幸福っすよ』


「……」


ケンは反論の言葉を見失い、沈黙した。リョータの言う「幸福」の歪さに、言い知れぬ寒気を覚えたからだ。


『あ、もっとケンさんとしゃべりたいっすけど、作戦時間がなさそうっす。

 アオイから次のハントの座標が飛んできたんで。

 ――また一緒に昔みたいにダべりましょ!

  じゃあね、ケンさん!』


スラスターが爆音を上げ、純白のペルディータは夜空へと垂直に跳ね上がった。

残されたケンは、猿のお面の奥で、急速に姿を消していくかつての仲間の残響を、ただ静かに見送るしかなかった。

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