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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:065 光GENJI初式

ジュウシロウの手によって極寒の夜海へと突き落とされた瞬間、私の脳細胞を文字通り灼いたのは、恐怖ではなく純然たる「怒り」だった。


坂上真司。あの男だけは違った。

私の狂気と、このサイボーグ化された肉体の全力を真正面から受け止め、命を削り合う愉悦を教えてくれた。

あそこまで純粋に、互いの存在を否定し合える好敵手は、後にも先にも奴しかいない。

死線を超えるなら、あのような血湧き肉躍る戦場の上でこそ相応しい。

あの廃墟のフィールドで、奴の手によって屠られるのであれば、私はそれを受け入れただろう。


だからこそ、この暗く、冷たい泥水の底で溺れ死ぬような結末など、到底容認できなかった。

卑怯とは言わない。

戦いだからだ。


だがこんな無様な死に方は、絶対に嫌だ。


私のサイボーグとしての肉体には、致命的な欠陥があった。

全身が水に浸かった状態で一分間放置されれば、中枢システムが完全にショートし、体が動かなくなる。

その恐怖を、私は身を以て知っていた。


かつて私が警察に捕らえられたのも、潜伏先の天井を爆破され、スコールのような豪雨に晒されたからだ。

あの時、機体は完全に沈黙し、私はただの鉄の塊として床に転がることしかできなかった。

あの屈辱を、二度も繰り返してたまるか。


だが、今の私はあの頃の出来損ないではない。

前崎総統が引き合わせてくれた天才、Mr.オスカー。

あの男が施した最新鋭の神経外骨格技術は、私の絶望を瞬時にデータとして書き換えた。


「浸水」の警告エラーを、人工筋肉の変形による「浮力発生プロセス」へと強制転換する。

漆黒の海中で、私の身体は沈むどころか、水流を捉えて力強く躍動し始めた。


それだけではない。

駆動出力を限界まで引き上げ、私は港の堅牢な護岸コンクリートを、鋼鉄の指先で深く穿(うが)った。

爪が割れ、火花が散る感触。

だが、感覚を遮断した私にとっては、ただの効率的な垂直登攀(ロッククライミング)に過ぎない。

水飛沫を上げ、私は泥に塗れた悪鬼のように、岸壁を這い上がっていった。


最後に視界に捉えたのは、走り去る車のリアウィンドウ越しに見えた、あのカオリという女の顔だった。

確実に、目が合った。

恐怖から逃れた彼女の瞳に、水浸しで這い上がる己の姿が映り込んでいるのが分かった。


――もう、あのような哀れみの混じった終わり方はまっぴらだ。

私を終わらせることができるのは、電子のショートでも、冷たい海水でもない。

死ぬのであれば、あの男たちと、互いの命を限界まで擦り減らす戦いの中で果てる。

それだけが、私に残った最後の欲求であり、生きる唯一の証明だ。


だが、追撃の足となるはずだったバイクは、無残な鉄くずへと変わり果てていた。

ジュウシロウの容赦のない一撃は、精密なエンジンブロックを完全に粉砕している。

ここから生身の脚力だけで、加速していくセダンを追跡することなど、到底不可能に思われた――。


その時、網膜ディスプレイの隅で通信のアイコンが激しく点滅し、脳内に直接音声が割り込んできた。


『おうおう、随分と手こずっておるようじゃの、銀次!』


耳障りなほど快活で、狂気を孕んだ老人の声。


『……Mr.オスカー』


銀次は濡れた髪をかき上げ、冷徹に呼び返した。

合点がいった。

この人工の眼が見ている光景は、すべてリアルタイムで奴のラボへ共有されているのだ。


『なんだ。私の不手際を笑いに来たのか?』


『むっ? いやいや、とんでもない!

 最高のテストデータを提供してくれたお主に、極上のサポートを届けに来たんじゃよ!』


突如、上空の闇から凄まじい風圧が吹き降ろされた。

見上げれば、複数のローターを駆動させた超大型の軍用ドローンが、不気味なハチの羽音を響かせながら旋回している。


『まあ安全性には自信があったが念のための水没の危険性は想定内での。

 お主の近くで待機させておいて正解じゃったわい』


ドローンの下部に固定されていた強襲用のコンテナがパージされ、凄まじい重量感と共にアスファルトへと叩きつけられた。

プシューという圧搾空気の抜ける音と共に、コンテナのハッチが左右に開く。


銀次が泥塗れの足で歩み寄り、その内部を覗き込んだ。

そこには、鈍い金属光沢を放つ最新鋭の「神経外骨格」が、まるで拘束具のように屹立(きつりつ)していた。


『……これは?』


『お主専用に調整した、機動特化型の神経外骨格じゃ。

 全身サイボーグのお主には不要かと思っておったが、機動力の盲点を突かれた時の保険が必要じゃからの。

 完成した直後の一品モノじゃが、試してみんか?』


銀次は躊躇うことなくコンテナへ足を踏み入れ、そのフレームへと自身の身体を委ねた。


ガチリ、ガチリと、人工筋肉とチタン製骨格から外骨格の接合部が全自動で噛み合っていく。

足元を包み込んだのは、強固な金属装甲で補強された重厚なタクティカルブーツ。

だがその底には、超高回転の駆動モーターを内蔵した頑強なインラインホイールタイヤが仕込まれていた。

背部には熱量を排出しながら展開するブースターユニット。

四肢を守るパーツは、関節の可動域を一切殺さない、サポーターのようにミニマルなデザインに削ぎ落とされている。


それは、新しい衣服を纏ったかのような感覚だった。

サイボーグとしての生体電流と外骨格のシステムが、恐ろしいほどの精度でシンクロしていく。

この上ないフィット感に、銀次の唇が歪んだ。


『名付けて――光GENJI(ヒカルゲンジ)初式じゃ!!』


光源氏?

無学な銀次でも昔の大昔のプレイボーイであることは知っている。


『……なぜ光源氏なんだ?』


『ローラースケートと言えば彼らじゃて!!

 昔、母親が熱弁しておった思い出からだな!

 それと銀次とGENJIじゃし!』


大昔のアイドルの名前から引用ということだろうか?


『……ネーミングセンスはともかく助かった』


銀次は無感情に言い捨てると、ブレードの柄を強く握り直した。

名前などどうでもいい。

データで送られてきたこのカタログ通りの圧倒的な推進力さえあれば、標的を屠るには十分だ。


『おうともさ! では往け、銀次! よい人狩り(マンハント)を!』


通信が切れると同時に、銀次の全身に組み込まれた外骨格のラインが、夜闇を引き裂くような禍々しい黄色の光を放ち始め――


次の瞬間、足元のインラインホイールが「キィィン」と鼓膜を刺すような甲高い金属音(スティール・ノート)を全開で鳴り響かせた。背部のブースターユニットから爆発的な推進力が噴出すると同時に、鋼鉄の足輪がアスファルトを激しく削り、凄まじい火花の尾を引く。

摩擦抵抗を完全に置き去りにした銀次の肉体は、滑るように、しかし圧倒的な質量を伴って地表を滑走し、夜の闇を切り裂きながら、遠ざかる標的の後姿を猛烈な速度で追い始めた。

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