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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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186/226

File:064 戦略的

銀次が手にした柄から、不快な高周波の駆動音が狂ったように鳴り響いた。

現代のチェーンソーを遥かに凌駕する暴力的な音と共に、激しく発光する高エネルギーブレードが夜の闇を奔る。


「――シッ!!」


横一線に払われた一撃は、コンクリートの床を熱したバターのように易々と切り裂き、その余波だけで遥か頭上に据えられた天井の大型クレーンをも、火花と共に真っ二つに断ち切った。

崩落する鉄骨の轟音が工場内に響き渡る。


その一瞬でジュウシロウの姿を見失う。


プレス機や錆びついた工作機械が墓標のように乱立する狂気の戦場。

その中で、銀次の絶対的な刃を以てしても、容易に通らない「異物」が突如として現れた。


「むっ……!?」


銀次のサイボーグとしての眉根が、不快そうに歪む。

手応えが完全に止まった。


刃の行く手を阻んだのは、分厚い埃を被った巨大な金属の塊――かつてこの国の高度な製造業を、大量生産の現場を底辺から支え続けた、超硬合金製のプレス金型だった。

焼き入れされた特殊鋼の圧倒的な密度と質量は、高周波の微振動すらも一時的に吸収し、銀次の直進を遮ったのだ。


「厄介な遮蔽物だ。めんどうな……!」


銀次は冷徹に周囲を分析する。

思ったより戦いずらい。

自分の装備を明らかにわかっている人間が連れ込んだ動きだ。


(ターゲットに、俺の装備に関する知識などないはず。

 だとすれば……)


「怜か……!あの小物が、余計な知恵を入れおって。もはや生かしてはおけん!」


銀次は、かつての身内である小室がこの場所を案内し、防壁として金型を利用させたのだと結論づけ、殺意を燻ぶらせた。


だが、思案の隙は一瞬だった。

先ほどまで圧倒的な存在感を放っていたジュウシロウの気配が、忽然と闇の中に消え失せている。


「小癪な……!!」


銀次は即座に機能モードを切り替えた。

人工耳の聴覚ブースターを最大まで解放し、工場の周囲の音を集約する。

ざざん、ざざんと響く、間近の海から押し寄せるさざ波の音。

その自然の音像に混じって、場違いな金属の爆発音が鼓膜に引っかかった。


――セダンの、野太い排気音だ。


「車か!?」


銀次の計算に致命的な狂いが生じる。

ジュウシロウはここで自分を迎撃し、完全に叩き潰すつもりなのだと思い込んでいた。

その傲慢さが、一瞬の油断を生んだ。

奴の狙いは最初から、俺の足止めと、仲間を回収しての戦線離脱だったのだ。


「やらせるか……ッ!!」


銀次はエネルギー・ブレードを逆手に構え直し、居合いの要領で鋭く横に薙いだ。

高周波の刃が、工場を外界と隔てていた分厚い外壁を、骨組みごと一瞬で網網状に切り裂く。


衝撃波と共にコンクリートの壁がガラガラと崩れ落ち、視界が開けた。


崩落する土煙の向こう、月明かりに照らされた海沿いの空き地。

そこには、ヘッドライトを激しく点滅させ、今まさにドアを閉めて急発進しようとしている、あの泥塗れのセダンの姿があった。


「ひぃ~!!き……来ましたよ、ジュウシロウさん!!」


運転席の長谷部が悲鳴に近い声を上げる。

フロントガラスの向こう、崩落した壁の隙間から、高周波の刃を抜いた銀次が不気味な突進を開始していた。


(……あの男は長谷部といったか。ただの一般人だ、脅威度は極めて低い)


銀次は視界の端で長谷部を切り捨て、標的である車へと意識を集中させる。

だが、彼にとって本当の「不条理」は、その車の影から文字通り跳躍してきた。


視界がブレるほどの超高速。

ジュウシロウが放ったのは、自らの肉体を弾丸とした大砲の如きタックルだった。


「が、はっ……!?」


まともな激突音すら置き去りにして、銀次の鋼鉄の肉体が派手に撥ね飛ばされる。

幾度目かのノックバック。

アスファルトを金属の足で削りながら、銀次は自身の致命的な過失を呪った。


「……ぐっ!! そうか……先に車そのものを完全に破壊しておけばよかったのだ。

 そこまで頭が回らなかったな」


「まあ、機械に頼って自分で考えることを放棄した頭なんぞ、その程度だ。サイボーグ」


「舐めるなよ、その生身の身体で……!」


銀次がブレードを構え直した瞬間、ジュウシロウは彼に向かって突進するのではなく、突如として真下の地面へ向けて拳を叩きつけた。


――エアブロウの至近弾。


凄まじい衝撃波がコンクリートの床を粉砕し、数年分の埃と土砂が巨大な煙幕となって、銀次の視界を完全に遮断した。


「なっ……!?」


熱源センサーや音響解析があるため、完全に姿を見失ったわけではない。

だが、この状況でジュウシロウが「視界を遮る」という無意味に思える行動に出たことに焦りが生じ、銀次のシステムは一瞬だけ最適解の選択を迷った。


(来るなら、この煙幕ごと一刀両断にするまで――)


だが、刀を振るうために腕を引いたその刹那、ジュウシロウの巨躯はすでに銀次の懐へと滑り込んでいた。


「しまっ――」


ジュウシロウが放ったのは、拳でも蹴りでもない。

ただ、自重の重い銀次の胸部を、掌で力任せに「押した」だけだった。


単純極まりない質量と推進力のゴリ押し。

しかし、海際という地形、そして自身の重すぎる金属の身体が災いした。

銀次は抵抗する術もなく宙を舞い、工場の敷地外――夜の海へと真っ逆さまに突き落とされた。


凄まじい水しぶきが闇夜に上がる。


「ジュウシロウさん、早く!!」


背後から小室の怒声が響く。

彼は銀次が乗ってきた漆黒のバイクの横で、激しく毒づいていた。


「ダメだ!! あのバイク、生体認証がかかってやがる上に重すぎてびくともしねぇ!

  使い物にならねぇわ!!」


「わかった。なら、置いていく意味もない」


ジュウシロウは疾走する勢いのまま、残されたバイクのエンジンブロックに向けて、容赦のない拳を叩き落とした。

金属が圧壊する凄まじい音が響き、ハイテクマシンの心臓部が木っ端微塵に粉砕される。これで追撃の足は完全に潰した。


「出しますよ!! 掴まってください!!」


全員が車内に転がり込んだのを確認した瞬間、長谷部がアクセルを限界まで踏み込んだ。

タイヤが白煙を上げ、セダンは狂ったように加速して工場跡地を脱出する。


「よし……! と、とりあえず、あの化け物を振り切ったか!?」


助手席の小室が、シートに背中を打ち付けながら安堵の息を漏らす。


「だといいのだけれど……!!」


後部座席で身を縮めていたカオリが、言い知れぬ不安に駆られてリアウィンドウから背後を振り返った。


そして、彼女は見た。

丁度、工場を過ぎ去る瞬間だった。


月光に照らされる岸壁。

海中から這い上がり、濡れた金属の身体を軋ませながら、鬼の形相でこちらを睨みつける銀次の姿を。

その人工の瞳は、夜の闇の中でも、決して消えない呪詛のように赤く、鋭く光り輝いていた。

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