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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:063 どうすれば

長谷部が深い眠りから意識を浮上させた時、太陽はすでに天頂を過ぎ、廃焼肉店の店内に斜めの光を投げ入れていた。

埃っぽい空気の中で、彼は昨晩「調達」したコンビニ弁当の残りに手を伸ばす。


「……今日が涼しくて助かった。夏だったら、一日持たずに腐ってしまいますから」


独り言は、カサカサと鳴るプラスチックの包装音に虚しく吸い込まれた。

手にとったのは、具が昆布だけの質素なおにぎりだ。


かつてはもっと脂ぎったものを好んでいたはずだが、いつの間にかこんな渋い選択が馴染むようになっている。

自分もおじさんを通り越して、すっかり「老人」の入り口に立っているのだなと、彼は自嘲気味に口角を上げた。


ふと、冷えた米の食感が、記憶の底にある温かな色彩を呼び起こす。

愛想は決して良くなかったが、毎日欠かさず弁当を持たせてくれた妻の姿。

彩り豊かなおかずと、適温に保たれた白飯。

当たり前だと思っていたあの日常が、今ではこの世の何よりも遠い贅沢に感じられた。


(……あいつらは、元気にしているだろうか)


考えるまでもないことだった。

セクハラという汚名を着せられ、社会から抹殺されるように収監された男だ。

成長した娘にとって、父親の存在はもはや誇りでも何でもなく、ただ一生隠し続けたい「恥」でしかないだろう。


帰る場所も、待っている者も、もうどこにもいない。


だからだろうか。

絶望的な逃亡劇の渦中で、本来なら赤の他人であるはずの彼ら――ジュウシロウやカオリ、そして身勝手な小室――の無鉄砲な行動を、まるで自分の子供を見守るような、危うい親心で見つめてしまっているのは。


長谷部は最後の一口を飲み込むと、再びペンを握った。

自分が汚した人生の代わりに、せめてこの若者たちの足跡だけは、正しく、克明に記しておきたかった。


観察者として。


ふとした拍子に周囲へ目を向けると、小室の挙動には、隠しきれない刺々しさと、それ以上に不自然な「迷い」が張り付いていた。

何かを振り払うように何度も頭を振り、無意識に指先が膝を叩くリズムは、明らかに平時の彼のものではない。

もちろん出会って下手すれば一日も経っていないほどの青年に対していうのは間違っているかもしれないが。


(……何か、決定的なことがあったな)


なぜかそれがわかった。

長谷部は、その背中に静かに声をかけた。


「小室君」


「……っ、おう、おっさん。なんだよ。急に話しかけんなよ」


「何か、悩み事があるのではないですか?」


「え……あぁ、いや……。別に、大したことじゃねぇよ」


返答は早すぎる。動揺が声の震えに混じっていた。

打ち明ける気はないようだが、かといって一人で抱え込めるほど、彼は器用な悪党でもないらしい。


この程度の誤魔化し、かつての思春期の娘が向けてきた「拒絶」に比べれば、長谷部にとっては透けて見えるようなものだった。

だが、ここで無理に踏み込んではならない。

人の心というものは、急かされればより深く鍵をかけてしまうものだ。


長谷部は、先ほどコンビニから調達してきたばかりの、まだ真新しいノートとボールペンを差し出した。


「箇条書きで構いません。

 今、あなたを苦しめている『選択肢』を、そのまま紙に書いてみなさい。

 ……少しは楽になれますよ。

 あなたがこれから何を選び、どこへ向かおうとしているのか、私には分かりません。

 ですが、言葉にして客観的に眺めることも、一つの手ですよ」


「……。……そうかよ。まぁ、やってみるわ」


小室は、ひったくるようにノートを受け取ると、殴り書きを始めた。

字は決して綺麗とは言えず、筆圧も異常なほど強い。

最初は苛立ちをぶつけるような暴力的な筆致(ひっち)だったが、徐々にペン先が紙を滑る音だけが、店内に規則正しく響くようになった。

頭の中の濁流を外へ放り出す作業は、彼にとって予想以上の救いとなったらしい。

やがて、小室の手が止まった。


「……長谷部のおっさん。見てくれ。……この書いたやつ」


「いいのですか?」


「ああ。……自分一人じゃ、もうどうにもならねぇんだ」


長谷部は慎重にノートを受け取り、そこに刻まれた文字の羅列に目を落とした。

そこには、銀次という男からの「脅迫」と、自分たちが死ぬはずの「二十一時の予定」が、剥き出しの言葉で綴られていた。


すべてを読み終えた長谷部は、深く、短く息を吐いた。


「……分かりました。ありがとう。よく、私たちに話してくれましたね」


「……すまねぇ。俺は、結局クズ野郎だ。

 仲間より、自分の保身のことばっかり頭をよぎっちまって……」


小室は顔を覆い、絞り出すような声で謝罪を口にした。


「そんなことはありませんよ。……とりあえず、ジュウシロウさんに話してきます。

 あなたがこのノートを書いたという事実は、決して無駄にはしません」


長谷部は震える小室の肩を一度だけ強く叩くと、静かに席を立ち、ジュウシロウの元へと歩き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


二十一時の死線。

運命を分かつ分岐点において、小室が握るハンドルは「絶望」へとは向かなかった。セダンは濁流渦巻く奈落を嘲笑うかのように、舗装された国道をひたすら直進し続けた。


「……残念だよ、怜」


高台からその軌跡を追っていた銀次が、低く、澱んだ声で呟く。

彼は漆黒の大型バイクに跨り、セルを回した。一般車とは一線を画す過給機の咆哮が、静まり返った山嶺に獣の唸りとして響き渡る。


抹殺(ターミネイト)を開始する」


排気音を夜の闇に置き去りにして、バイクが弾丸のように繰り出された。


追跡の果てに辿り着いたのは、かつてこの地域の経済を支えていたであろう、海を見据える広大な工場の跡地だった。

今はただ、錆びた鉄骨とひび割れたアスコンが広がるだけの、巨大な墓標である。

焼肉店と同様、解体する予算すら捻出できないまま放置された産業の残骸。

銀次は、月光に照らされたその「だだっ広い静寂」を冷徹に見据えた。


「……こんな場所で、何を企んでいる?

 まさか、海路か!?」


海路はあり得る。

なぜなら小室組はロシアンマフィアとシカリオ(暗殺者)と呼ばれるメキシコマフィアを船に密輸して届けたのだから。


バイクを滑らせるように停止させ、銀次は胸元のホルダーから柄だけの兵装を引き抜く。

高密度エネルギー・ブレード。

暗闇で禍々し発光し、音がうるさいのだけが唯一の難点だが、その断裁能力はあらゆる物理障壁を無効化する現代のチェーンソーである。


銀次が、工場内に潜む「獲物」を仕留めるべく、一歩を踏み出した瞬間だった。


「殺しに来たならそんなうるさい武器を構えるなよ」


暗闇を裂いて、凝縮された破壊のエネルギーが爆発した。

ジュウシロウの「エアブロウ」が、一点に集中した質量弾となって銀次の横腹を襲う。


「ぐっ……!!」


不意打ち、かつフルパワー。

並の装甲であれば粉々に粉砕されていたはずの一撃を受けてなお、銀次は数メートル後退しただけで踏み止まった。


「……なんだ、こいつ。妙に硬いな。

 本気で振りぬいたのに」


鉄錆を踏み締める重い足音と共に、闇の中からジュウシロウが姿を現した。

その視線は、銀次のサイボーグ化された肉体の「違和感」を正確に射抜いている。


(やはり罠か……、怜。

 生を選ばせる慈悲にすら気づかなかったか)


銀次は無表情のまま、逆手に持ったエネルギー・ブレードの出力を上げた。

だが、刃を振り抜くよりも早く、ジュウシロウの蹴りが頭上から降り注ぐ。


「……ッ!」


紙一重。銀次は神経伝達速度を限界まで引き上げ、その一撃を回避する。

足元のアスファルトが、ジュウシロウの脚力によってクレーター状に陥没した。


「……怜の襟元に、超小型の集音・録音機を仕込んでおいたのだが……。

 どうやって、やり取りをした?

 気づかなかったぞ……」


「どうだろうな。

 ……まあ、恐ろしく『原始的』なやり方さ。

 体もデジタルに頼り切ったお前には、一生かかっても分からんだろうよ」


原始的な方法――それは、長谷部が手渡した「アナログのノート」による筆談。

電波も音波も介さない、紙とペンという古びた「記録」こそが、最新鋭の盗聴器を無力化していた。

AIで内容をまとめている現代では案外抜け道である。


だがそんな方法銀次は知る由もない。


「お前は肉体を細胞レベルで生まれ変わったんだろ?

 そんな奴が科学を否定するなよ」


ジュウシロウが再び深く構える。


「とりあえず、お前の知っていることを全部吐いてもらうぞ、サイボーグ。

 ……スクラップになって、部品として売り払われる前にな」

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