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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:060 前崎尋問

捕らえられた香川――ロシアンマフィアの極東支部を任されていた男は「シカリオ」に裏切られたものの、人道的な保障がなされるものと高を括っていた。

彼が知る日本は、たとえ罪人であっても過剰な暴力からは守られる、人権という概念に病的なまでに執着する国だったからだ。


それに昨今の情勢から人権団体に大きな力が持っていることも関係していた。


しかし、彼は決定的な見誤りをしていた。

この国を掌握し、絶対的な独裁者へと上り詰めた男が、その地位を築くためにどれほどの血と情け容赦のない決断を積み重ねてきたか。その本質を理解していなかったのだ。


Hound(ハウンド)たちへの報酬が、脳に直接快楽を流し込む「経験機械」によって支払われている事実は、組織内では公然の秘密だ。

だが、神経接続技術が極限の多幸感を作り出せるということは、その裏側、すなわち「極限の苦痛」をも自在に生成できることを意味している。


前崎の命により、香川に施されたのは「逆行型」ともいうべき経験機械による精神的蹂躙だった。


それは肉体を傷つけるような前時代的な拷問ではない。

脳の深層に直接介入し、主観時間を数万倍に引き延ばした状態で、彼が本能的に忌避するあらゆる「絶望」を永劫にループさせる悪夢の投影。

現実の数分が、彼の脳内では数百年の地獄に匹敵した。


Hound(ハウンド)たちが前崎に従っているのは経験機械のこともあるが、「逆行型」によっての刑罰を恐れているからだ。

後者の方がどちらかというと比率でいえば上だ。


こんな夢が終わるのであれば死んでしまったほうがいい。


ロシアンマフィアの一員として数々の残虐なことをしてきた男は赤子のように喉を潰して泣き叫んだ。

その阿鼻叫喚が現実の沈黙を破る頃には、彼の精神は完膚なきまでに崩壊し、秘匿されていた情報のすべてを差し出していた。


彼が視た絶望の光景は、もはや言葉で記述することすら忌まわしい。

それは倫理が消失したこの国の、真の暗部を象徴していた。


彼は廃人となり、白髪になった頭をカラスに生きたまま食われたそうだ。


その映像はHound(ハウンド)の気を一層引き締めるものとなった。




重苦しい沈黙が漂う会議室。立ち上るコーヒーの湯気だけが、凍りついた時間をわずかに動かしているようだった。

坂上、エルマー、ソウの三人が、前崎の言葉を待っていた。


「ようやく全容が見えてきた。

 なぜロシアンマフィアがメキシコのカルテルと手を組んだのか」


前崎は手元の冷めたコーヒーには目もくれず、情報を整理するように言葉を紡ぐ。


「目的は大きく分けて二つ。

 一つは古典的だが、最も確実な手法だ。

 新型の麻薬を蔓延させ、この国の内側から神経を腐らせ、社会基盤を根底から弱体化させること。

 ブルーマジックという代物らしい」


「……案外、普通だな。

 連中のことだ、もっとド派手なテロでも仕掛けてくると思っていたが」


坂上が苦いコーヒーを一口すすり、眉間に皺を寄せた。


「そんな度胸は奴らにはないぞ。

 次が本命だ。臓器移植だ」


「臓器移植? よりによって、この日本でか?」


「日本は没落したといっても、国民が飢え死にしているわけじゃない。

 皮肉な話だが、途上国に比べれば栄養状態は極めて良好だ。

 つまり連中にとっての日本人は、品質管理が行き届いた高級臓器の産地なんだよ。

 世界市場において、ジャパン・ブランドの臓器は最高級の価値を持つ」


「……最悪のメイドインジャパンですね」


ソウが絞り出すように言った。

握りしめた拳が、怒りで白く震えている。


そうはいってもソウは韓国人だ。

思ったより、彼も日本人らしい。


「まあ、昔から裏ではあった話だ。そうムキになるな」


坂上が宥めるように声をかけるが、ソウの視線はより鋭さを増した。


「それを昔からあったで済ませて、何一つ変えられなかったのが、あなたたち大人じゃないですか……!」


「落ち着け、ソウ」


前崎の静かな、だが拒絶を許さない声が響いた。


「前提として、これはそれほどまでに根深い問題なんだ。

 かつてのアメリカが年間一兆円以上の予算を投じても、麻薬を撲滅できなかった事実を忘れるな。

 欲望という名の需要がある限り、供給する側はどこからでも湧いてくる。

 臓器移植も同じだ。

 生き永らえたいと願う富裕層の執念は、どんな倫理観も軽々と踏みにじってきたのだから」


「……。……すみません。少し、熱くなりすぎました」


「シンフォニアで臓器が抜かれた子どもを見たお前の気持ちは分かる。

 ……話を戻そう」


前崎は一冊のノートを開き、そこに記された「小室組」という名を示した。


「小室組は連中から多額の資金提供を受け、不法入国の手引きをしていた。

 連中がどうやってこの島国に入り込んだか……その手口は狡猾だ。

 通常の客船や航空機ではなく、貿易会社のコンテナ船のコンテナの中に物を運んだ後に入ったらしい」


「コンテナ船……。そんな手が」


「ああ。その貿易会社も、すでに連中の資金洗浄に利用されているか、あるいは経営陣の弱みを握られていると見るべきだろう。

 国外の案件となると、今の俺の立場でも迂闊に手は出せない。

 外交問題に発展させる覚悟があるなら別だがな」


「……なるほど。前崎さんでも手が出せない領域があるわけですか」


「だからこそ、シュウたちのような『外部の力』を使って、一気に根絶やしにする方が都合が良かったのだが――」


その時、前崎のポケットで緊急連絡用の端末が激しく鳴り響いた。

発信元は、国立更生労働施設。


「……前崎だ。何があった」


その電話口から漏れ聞こえる絶叫と警報音だけで、現場の惨状を察するに十分だった。

そこは、ジュウシロウと一ノ瀬が「面会」の名目で向かった場所――。

前崎の眉間に、深い溝が刻まれる。


「……裏切ったか、ジュウシロウ」


その呟きは、怒りよりも冷徹な失望に近い。


「残念ですね。彼は前崎総統にとって期待の駒だったはずですが。

 やはりカオリが彼を狂わせるんですね」


エルマーがコーヒーのカップを置き、静かに同調した。


「構わん。

 失った駒を嘆くより、新しく手に入った『刃』を研ぐ方が建設的だ。

 ……テストにはちょうどいいだろう。

 来い、銀次」


影の中から音もなく現れたのは、かつて坂上と死闘を繰り広げた男、銀次だった。

敗北の傷を癒やし、再び前線へ戻ってきた彼の姿には、以前のような危うい狂気はない。

代わりに、一新されたマットブラックの神経外骨格が、彼のサイボーグとしての性能をより合理的で凶悪な殺人兵器へと変貌させていた。


「本当は俺が手を下したいが目下の敵を殲滅しなければならん。

 カオリ、およびジュウシロウ。

 両名の抹殺許可を出す。

 抵抗する者はすべて排除して構わん」


前崎は銀次の瞳の奥を覗き込むようにして言葉を継いだ。


「ただし、無関係な民間人は可能な限り避けろ。……いいな」


「御意」


短く、重みのある答え。銀次の返答には、かつての復讐心ではなく、命じられた役目を完遂しようとする迷いのない意思が宿っていた。彼は一礼し、風が消えるようにその場を去っていった。


「……あいつ、俺とやり合った時とは随分と空気が変わったな」


坂上が、遠ざかる銀次の背中を見送る。

その瞳には、かつての敵に対する奇妙な敬意が含まれていた。


「そうだな。今のあのサイボーグは、自らの意思で私への忠誠を随分誓うようになった。

 迷いのない兵士になり、頼もしい限りだよ」


「……進んで鎖を首に巻くのが、いいことなのかは俺には分からねぇな」


坂上が皮肉混じりに笑う。

だが、前崎は揺るがなかった。


「いいことだろ。戦場において、背中を預ける仲間が互いに信用できるというのは。

 ……少なくとも、今の彼は義で動いているからね」


去りゆく銀次の後ろ姿。

その広く、すべてを背負い込んだような背中は、どこか家族を養うために泥を啜る「父親」のそれと重なって見えた。

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