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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:059 2つの車

「おい、小室!この道は一本道だな!?

 これ以上の逃げ場はない!!

 そう考えて間違いないか!?」


ジュウシロウの低い声が、エンジンの咆哮を突き抜けて小室の鼓膜を打つ。

小室は必死にハンドルを抑え込み、サイドミラーを一瞥した。


「ああ、最悪の状況だぜ!!

 片側は切り立った崖、もう片側は深い谷底に川が流れてやがる!

 ……文字通り、正面突破以外に道はねぇぞ!」


「……そうか。なら、話は早い」


ジュウシロウは助手席に深く腰掛けたまま、隣で脂汗を流す小室に向き直った。

その瞳には、並外れた決意が冷たく宿っている。


「今から言うことを一度だけ聞け、小室。

 いいか、速度は60km/hを維持しろ。

 絶対に、だ。前方で何が起きようと、たとえ俺がどうなろうと、お前はアクセルから足を離すな。

 分かったか!」


「な……何言ってんだよ!? 正気か!?」


「分かったか、と聞いている」


有無を言わさぬ圧。小室は思わず「わ、分かったよ……!」と呻くように答えた。


「よし」


刹那、ジュウシロウが右手で助手席のドアを掴む。

鋼鉄の指先が装甲板のように歪み、無理やりこじ開けられたドアが、風圧で軋みながら跳ね上がった。


「おい、何してんだ!! 死ぬ気かよ!」


「気にするな。お前は、お前の仕事を果たせ!」


ジュウシロウは疾走する車から身を乗り出し、獣のような俊敏さでルーフへと飛び移った。

手足の指先を車体の金属に深く食い込ませ、猛烈な風圧に抗いながら、彼は前方を見据えた。


その先に、待ち構える「壁」が見えた。


パトカーの赤色灯と、Hound(ハウンド)専用車両の冷徹な青い光が夜の闇を(まだら)に染めている。

複数の車両が互い違いに配置され、一分の隙もないバリケードが組まれていた。


「……まともな相手なら、有効な手だろうな」


だが、ジュウシロウは常識の枠内に収まる存在ではなかった。


バリケードまで残り数メートル。

衝突の寸前、ジュウシロウはルーフを爆発的な脚力で蹴り飛ばした。

放物線を描いて宙を舞う彼の身体が、一筋の弾丸と化す。


狙いは、バリケードの要となるパトカーの側面。


「おおおおおっ!!」


ジュウシロウの肩が車両に激突した瞬間、世界が震撼した。

数トンの質量を持つパトカーが、まるで子供が投げたトミカのおもちゃのように軽々と撥ね飛ばされ、谷底へと転落していく。


一瞬にして、漆黒の闇の中に道が穿(うが)たれた。


「すっげぇぇぇぇぇぇ!!」


小室の絶叫がドップラー効果を伴って遠ざかり、セダンは瓦礫の隙間を猛スピードで通り過ぎていく。

ジュウシロウは着地の衝撃を神経外骨格で吸収すると、即座に再加速。

アスファルトを直接蹴り、疾走するセダンを瞬く間に追い抜かんばかりの速さで並走し、開いたドアから助手席へと滑り込んだ。


「どうだ? こんな感じで、これから先もバリケードは俺が潰してやる。

 文句はないな、小室」


乱れた呼吸一つ乱さず、ジュウシロウが平然と告げる。

小室はその横顔に、もはや恐怖を超えた崇拝に近い感情を抱き、顔を歪めて笑った。


「了解だぜ……! すげぇぇぇぇぇ!!

 こんな人間が本当にいるなんてな!!

 行こうぜ、兄貴ィ!!」


アクセルを再び床まで踏み込み、一行を乗せた反逆者たちの車は、月明かりの山道をどこまでも滑り落ちていった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


その凄惨な脱出劇を、高台の闇から静かに俯瞰する一対の瞳があった。

月明かりを弾く、鮮やかなソウルレッドのMAZDAの車が、アイドリングの鼓動を低く刻んでいる。

車内に満ちるのは、新車の香りと、拭いきれない鉄錆の臭いだ。


「いいんですか?

 せっかく捕らえた小室をあのままにしておいても?」


「いいさ。彼自身は単なるチンピラさ。

 それよりも……助かった。

 よく、ここまで迎えに来てくれたね」


助手席に倒れ込んだ一ノ瀬は、後方に遠ざかる施設の炎を見つめながら、途切れ途切れに言葉を紡いだ。鼻腔を焼くような痛みと共に、真紅の鮮血が止まることなくシャツの襟元を汚していく。


「いえ。ただ、あまりに突然の要請でしたから。少々驚きましたよ」


ハンドルを握る女性、東雲(しののめ)は前方を凝視したまま、感情を排した声で応えた。

東雲はかつて前崎班に所属していた一ノ瀬の部下でもある。


「こっちにとっても……想定外の連続だったんだ」


一ノ瀬は重い溜息を吐き、頭をシートに預けた。視界が点滅する。


「手加減なしにやってくれちゃって……全く、あいつは……」


「病院へ向かいますか?

 あの施設はもう長く持ちませんし、このままでは捜索隊に巻き込まれます」


「いや、病院は……可能な限り避けたい。

 今の僕の状況を、前崎さんには悟られたくないんだ」


東雲の指先が、わずかにハンドルを叩くリズムを止めた。


「……裏切るおつもりですか? 一ノ瀬さん」


「そんなつもりはないさ。今のところは、ね」


一ノ瀬は自嘲するように目を細めた。


「ただ、いくつか看過できない不信感があの人から生まれた。

 その調査結果次第では……僕は、あの人の敵に回るかもしれない」


「……そうですか」


「意外だね。もっと驚くかと思ったよ」


「なんとなく、予感はしていました。

 こんな強引で歪な改革が、最後まで破綻せずに進むはずがない……どこかで誰かが均衡を崩れるだろうと」


東雲の言葉は、鋭いメスのように一ノ瀬の胸を突いた。


「……そうか。君はそう思っていたんだね。

 僕は逆だったんだ。

 あの人なら、この腐り切った日本を根底から変えてくれるんじゃないか……。

 そう夢を見ていた」


「……そのお気持ちは、理解できます。

 ですが、信仰と現実の世界は別の話です」


「全くだ」


一ノ瀬は震える手でスマートフォンを操作し、暗号化された音声ファイルを東雲のデバイスへと転送した。


「これは、僕が死んだ時のための保険だ。

 ジュウシロウ、カオリ、そして僕の会話の記録が入っている。

 もし僕の身に何かが起きたら、躊躇(ためら)わずにこれを公表してくれ」


「……承りました」


東雲は通知を受け取ると、一ノ瀬の顔を冷徹に、だがどこかいたわるように見やった。


「ですが、まずはその鼻血を止めましょう。

 一ノ瀬さんが死ぬには、まだ早すぎます。

 私の知り合いに、口の堅い闇医者の心当たりがあります」


「……女の子がそんな物騒な人脈を持っちゃいけないな」


「若年層向けの整形外科を格安で請け負っている場所です。

 私の世代は、生活のために売春に手を染める同級生が多かったですから。

 その伝手(つて)ですよ」


一ノ瀬は一瞬だけ絶句し、それから力なく笑った。


「……なら、そこに案内してもらおうか。恩にきるよ、東雲」


MAZDAの鋭いエンジン音が夜の静寂を切り裂き、ジュウシロウたちの逃走経路とは真逆の方向へ、山を駆け下りていく。

そこは、公安の一部にしか知られていない、地図にも載らぬ極秘の獣道だった。

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