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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:058 脱出

ジュウシロウが二人を抱えたまま、火花を散らしてフェンスを飛び越えた先――。

そこには、脱走の「足」となり得る数台の車両が、月明かりの下で鈍く光っていた。

だが、そのどれもが堅牢な電子ロックに守られ、鍵の気配すらない。

指紋認証もあるだろう。


「チッ、どいつもこいつも……強盗対策がしっかりしている!!」


ジュウシロウは苛立ちを露わにしながら、カオリと長谷部を下ろした。

背後からは、なおも暴動の喧騒と、増援のHoundたちが発する規則正しい足音が近づいている。


「……一般道まで出て、走ってる車を強引に奪うのが手っ取り早いか?」


「……正気? ここがどこだか分かっているの?」


カオリが呆れたように、乱れた髪をかき上げた。


「ここは外界から隔離された更生労働施設よ。

どっちの方向に走れば街に出られるのか、それすら分からないわ」


その時だった。静まり返った駐車場の一角で、突如としてけたたましいカーセキュリティの警告音が鳴り響いた。

だが、その音は数秒と持たず、何者かの手によって物理的に断ち切られる。


「……全く、最近の車はめんどくさい作りしてやがる。

 解除するのに手間取ったぜぇ」


闇の中から、一台のセダンのエンジンが野太い産声を上げた。

それを見逃すジュウシロウではなかった。

彼は一瞬で加速すると、発進しようとする車のフロントグリルに、素手を深々とめり込ませる。


ガガガッ!!


タイヤが白煙を上げ、アスファルトを激しく削る。

だが、怪力によって強引に移動を止められた車は、一歩も前へ進むことができない。


「はっ!? なんだよ、何なんだよ、お前!? バケモノかよ!

 というかお前はッ……!?」


運転席の窓から顔を出したのは、血走った目をした痩せぎすの男だった。

どうやら彼も、この混乱に乗じて脱走を目論んだ「同業者」らしい。

何やら俺の顔は知っているらしい。


「いいから、俺たちも乗せろ。

 さもなくば、このままエンジンごと叩き潰すぞ」


「わ、分かったよ! 早くしろ! 乗れよ!!」


ジュウシロウが手を離した瞬間、後部座席に長谷部とカオリが滑り込む。

助手席にはジュウシロウがその巨躯を強引に押し込んだ。


「お、女ぁ!? この施設に女なんていたのかよ!」


バックミラー越しにカオリの姿を収めた男が、驚愕に目を見開く。


「関係ない、出せ! 急げ!!」


ジュウシロウの怒号が狭い車内に響く。

すぐ後ろには、脱走を目論む暴徒たちの影が、巨大な波となって迫っていた。


「分かったよ、糞っ垂れが!!」


男がアクセルを床まで踏み抜く。

急発進した車は、施設を外界から隔てる最後のゲートへと猛スピードで突っ込んでいった。


だが、不思議なことが起きた。

本来ならば厳重に閉ざされているはずの、三重の防護壁。

それらが、まるで彼らを招き入れるかのように、全て全開のまま放置されていたのだ。


「運がいい! 防護壁が開いてやがる! 神様が味方してくれてんのか!!」


男は歓喜の叫びを上げ、光の射す外の世界へと突き抜けた。


「……罠か?」


ジュウシロウが低く呟く。

その目は、景色として流れる施設を冷徹に見つめていた。


「だとしても、ここで私たちを逃がすために開ける意味がないわ。

 そんなリスク犯すかしら?」


カオリはシートに深く背を預け、自分を落ち着かせるように腕を組んだ。


次第に背後の喧騒が遠ざかり、深夜の静かな山道へと車が滑り出す。


「……とりあえず、一安心、ですかね……?」


後部座席の端で小さくなっていた長谷部が、ようやく肺の中の空気を吐き出した。


激しい遠心力に翻弄され、長谷部は胃の腑を直接掴み上げられるような不快感に襲われていた。

青を通り越して土気色になった顔を、窓をあけて辛うじて耐えている。

そんな彼をよそに、セダンは深夜の山道を暴風のように突き進んでいく。


「おい、おっさん! 吐くなら窓の外にしろよ!

 普通に汚ねぇ!」


「は、はい……分かって……うっぷ……」


運転席の男がハンドルを雑に切るたび、タイヤが悲鳴を上げ、車内が大きく傾く。

その荒々しい運転技術は、およそ堅気のそれではない。

それでもカオリが背中を擦ってくれたので落ち着きを取り戻す。


「あの……お伺いしても……よろしいですか。……お名前を?」


「んぁ? なんだよ急に。こんな時に名刺交換か?」


男がバックミラー越しに投げた視線には、苛立ちと、それを上回るほどの警戒心が混じっていた。


「いえ……。運転してもらって命を預けている以上、お名前を記憶しておくのは……人として当然のことかと思いまして」


「……。ふん、まぁそうか。そんな不思議なことでもねぇな。

 わりぃ。神経質だったな」


男は鼻を鳴らし、乱暴にギアを叩き込んだ。


小室怜(こむろれい)だ。……よろしくなんて言うつもりはねぇが、まぁ呼び方は任せるぜ、おっさん」


「小室さん……。失礼ですが、収監されたのはごく最近ではありませんか?」


「ああ……?まあ一週間前ってとこか。おかげで助かったぜ。

 連行される時の道をある程度頭に叩き込んでおけたからな。……で、そっちの面々は?」


「俺はジュウシロウだ」


「私は長谷部満と申します」


「カオリよ」


短く、淡々と告げられた自己紹介に、小室は眉をひそめた。


「……おっさんはともかく、あとの二人はどうして苗字を名乗らねぇんだ?」


「……。苗字がないだけだ。気にするな」


ジュウシロウが低く、拒絶を含んだ声を出す。

小室はそれ以上の追及を無意味だと悟ったのか、肩をすくめた。


「そうかよ。まぁ、語りたくねぇ過去のひとつやふたつ、誰にだってあるもんな。

 特にこの国じゃ」


小室はアクセルを緩めることなく、夜の闇を切り裂いていく。

ふと、彼は思いついたように、ルームランプの下で光る空の財布を叩いた。


「……なぁ。このまま、どっかのコンビニで軽く買い出ししねぇか?

  腹が減りすぎて、運転ミスりそうだ」


「お金は持ってないですよ?」


「何馬鹿なこといってんだ。おっさん。奪うに決まっているだろ」


「えっ……!? 買い出しって……強盗、ですか!?」


長谷部が驚愕のまなざしを小室に向けた。

市役所勤務の人間として、または善良な市民として、そして父としての倫理観が悲鳴を上げる。


「今は緊急事態だろ。それに今更法なんて守って何になる?

 俺もお前らも罪人のくせに」


「うぅ……しかし、それはあまりに……」


混乱する長谷部の横で、カオリが意外なほど晴れやかな声を出した。


「いいじゃない。私、そういうの一度やってみたかったのよね」


「カオリさん!? 正気ですか!?」


「正気よ。こんな時じゃないとできないわ」


長谷部が絶望的な顔で天を仰ぐ。

だが、助手席のジュウシロウは静かに溜息を吐きながら、窓の外を見つめていた。


「まぁ、腹を膨らませるのは賛成だ。だが……その前に片付けなきゃならない。

 客が来たようだな」


夜の静寂を切り裂いて、前方から複数のサイレンが重なり合い、急速に近づいてくる。

青白い閃光が、夜のアスファルトを冷酷に照らし始めた。


「小室、腹ごしらえの前に、今からくる連中をなんとかする。

 死にたくないならな」


「ちっ、嫌な歓迎会だ。

 早すぎるぜ……!」


小室は獰猛な笑みを浮かべると、ハンドルを強く握り直した。

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