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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:057  国立更生労働施設攻防戦

背後で吹き荒れる暴徒たちの怒号が、遠くの出来事のように思えるほどの静寂。

その異質な空気の中に立つ漆黒の五連影に対し、距離を置いていた長谷部が、震える指を指し示しながら絶叫した。


「あの四番の男……! 間違いない!!藍川悦だ! パルクールの金メダリストですよ、テレビで何度も……あの、重力無視の跳躍(ゼロ・グラビティ)と言われて紹介されていました!!なんでこんな場所に!?」


長谷部の声は上擦り、恐怖と驚愕が混濁している。彼はそのまま、喉を掻き切るような勢いで言葉を繋いだ。


「それだけじゃない……三番の男は上村聖です!! 覚えている、あの介護施設を襲撃した凶悪犯ですよ!! 三十九人も犠牲を出した……!! 救いようのない死刑囚ですよ!!」


「……あのおっさんの叫び声のおかげで、ようやく合点がいった」


ジュウシロウはカオリを背負い直しながら、五人の「前崎」を冷徹に睨み据えた。


「連中はただのクローンじゃない。

 前崎が国中からかき集めた、特定の能力に特化した連中を『素材』にして兵器にしたということか。

 前崎はともかく他の奴らも素性は何かしらのトップ……

 ハイエンドシリーズなんて名乗っているのは、そういう意味なんだろ?」


「……そうでしょうね。……全く最悪の才能の使い方ね……ジュウシロウ、倒せそう?」


「とりあえず、一人ぶっ倒してから決める。……カオリ、今だ。あのおっさんと一緒に逃げろ」


「……わかったわ。死なないでね、絶対に……!!」


カオリはジュウシロウの背から地へ降り、弾かれたように長谷部の方へと駆け出した。

その瞬間だった。


獲物の逃亡を許さないという本能的な「処理」が発動したのか、Hound (ハウンド)3――かつての連続殺人鬼の思考を植え付けられた個体が、一本道の通路を強引に突き抜ける。その動きは、周囲の仲間との連携など一切考慮しない、剥き出しの殺意に突き動かされていた。


「……行かせるわけねえだろうが、この外道がッ!!」


ジュウシロウが横合いから踏み込み、巨躯を武器に変えて突進を阻む。そのままHound (ハウンド)3の胸倉を鷲掴みにすると、鋼鉄のプレス機で押し潰すような力で、冷たいコンクリートの地面へと叩きつけた。


激しい衝撃と共に、端正だった漆黒のスーツが背中から大きく裂ける。

だが、そこから覗いたのは生身の肉体ではなかった。


「……神経外骨格、か。やはりか」


破れた布地の隙間から、鈍く銀色に輝くチタン合金のフレームと、筋肉の繊維に深く食い込んだ光ファイバーが露わになる。


Hound (ハウンド)3を地面へと叩きつけた衝撃が収まる間もなく、残る個体たちが一斉に銃口を跳ね上げた。


仲間が組み伏せられているのに全くの躊躇がない。


一切の躊躇いもなく放たれる弾丸の雨。ジュウシロウは即座に電子バリアを展開したが、空気を引き裂くような高周波の駆動音と共に放たれた数発が、紙細工のように障壁を食い破った。


中央で静止したまま、冷徹にハンドガンを構えるHound 0――前崎のコピーが放った一弾だ。


(……!!抗障壁弾(アンチ・バリア弾)……!?混ぜてきたか!!)


舌打ちする余裕すらない。ジュウシロウは全身の神経外骨格を駆動させ、右拳に大気の圧力を凝縮させる。


「――エアブロウ!!」


咆哮と共に放たれたのは、不可視の衝撃波。

一本道の通路を埋め尽くすほどの質量を持ったエネルギーの塊は、回避不能の死神として迫る。


だが、Hound 4が物理法則を嘲笑うような動きを見せた。彼は垂直の壁面に吸い付くように寝そべり、重力を無視した軌道で衝撃波を紙一重で回避。そのまま、死角から吸い込まれるようにジュウシロウの懐へと飛び込んできた。


「何っ!?」


銀色に輝くナイフが(ひるがえ)る。反射的に防禦に回ったが、その切っ先は肉体に纏わせた防御フィールドを易々と貫通し、ジュウシロウの脇腹へと深く突き立てられた。


「グッ!!」


焼けるような激痛。

この刃にも、バリアを無効化する特殊成分がコーティングされている。

細胞レベルで肉体を強化していなければ、内臓をズタズタにされていたに違いない。


ジュウシロウは激痛を力に変え、迎撃の裏拳を繰り出す。

だが、Hound 4は蛇のようなしなやかさでその一撃を躱し、拳が虚しく壁を陥没させた隙に再び影へと溶け込んだ。


そこへ、間髪入れずにHound 1が突進する。

巨漢とは思えぬ俊敏さで、ジュウシロウの正面からタックルの体勢で食らいついた。壁際まで強引に押し込まれるが、ジュウシロウは力任せにその背中へ肘を叩き落とす。

神経外骨格の出力を乗せた一撃が、Hound 1の背骨を不気味な音と共にへし折った。


勝利を確信した瞬間、一線の閃光が走った。


「――ッ!!」


遠方、Hound 2が構えたスナイパーライフルから放たれた超高速弾が、ジュウシロウの肩を深く穿った。


それでもジュウシロウは止まらない。

背骨を砕いたHound 1を無慈悲に肉盾として掲げ、再び肉薄してきたHound 4のナイフを、その手首ごと鋼鉄の握力で握り潰す。

悲鳴を上げる暇も与えず、腹部に叩き込んだ前蹴りが、Hound 4の肉体を背後のコンクリート壁もろとも陥没させた。


さらには、盾にしていたHound 1の死骸をHound 2のスナイパーポイントへと投げ飛ばし、強引にその狙撃を封じる。


「……シューティングゲームは終わりだ」


ジュウシロウは電子シールドの電力を全て駆動系へと回す。

「フルアタックモード」への強制移行。

防御を捨て、爆発的な機動力へと全エネルギーを注ぎ込んだ。

一瞬で距離を詰めると、逃げ場を失ったHound 2の顔面を、一撃の下に破裂させた。


(ひるがえ)り残ったHound0に狙いつける。


だが。


指揮を執るHound 0だけは、微動だにせず立ち尽くしていた。その表情は無表情だが動揺の一つもない。

ジュウシロウは直感した。

笑っている……?


「何を、狙って……」


その問いが完成する前に、背後から突き刺すような叫び声が響いた。


「――きゃぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」


振り返ったジュウシロウの瞳に映ったのは、もがき苦しむカオリの姿。

そして、その後ろから彼女の首筋に冷たいナイフを突き立てている、もう一体の影であった。


その姿はHound3。

最初に叩きつけた個体だった。


「クソッ……! 最初からこれが狙いだったのか!!」


ジュウシロウの怒号が虚しく響く。


注意が逸れた。


それをハイエンドシリーズが見逃すはずもなく……

Hound0の死角に回り込み、肩にナイフを突き刺す。


「ぐっ……小癪な……!!」


そのまま背中をつけさせ、馬乗りに殴り出す。


カオリという「人質」を盾に取られ、無敵を誇った騎士は文字通りのサンドバッグへと成り下がっていた。

もし抵抗しようとすればカオリの悲鳴が飛んでくる。


指揮官機であるHound 0は、抵抗できないジュウシロウを冷徹に、かつ機械的な正確さで殴りつけ、その肉体を蹂躙していく。


「やめて! ジュウシロウに触るなッ!!」


カオリが拘束する腕を振り解こうと拳を振るうが、鋼鉄の神経外骨格を纏った機械兵に対し、人間の生身の打撃は羽虫の羽ばたきに等しい。

掠り傷一つ負わせることすらできず、状況は絶望へと塗り潰されていった。


「クソが!!こんなところで!!」


ジュウシロウが歯噛みする。


(玉砕覚悟で突っ込むか!?いや、カオリの生命の保証ができない!!)


だが、その均衡を破ったのは、ジュウシロウから見ればただの路傍の石の人物だった。

逃げ出したと思っていたのに。


「カオリさんッ!! 」


立ち込める煙の向こうから、長谷部が猛然と姿を現した。その後ろには、理性を捨て、獣と化した数百人の暴徒たちが津波のような勢いで続いていた。


「おいコラァァァ!! 待てやぁぁぁ!!」


長谷部は涙を流し、情けない叫び声を上げながら必死に駆けていた。

だが、彼が引き連れてきた暴徒たちの濁った瞳は、もはや長谷部ではなく、中心で異彩を放つカオリへと向けられる。


「女だ!! 女がいるぞ!!」

「殺せ! 奪え!!」


狂乱した群衆が、障害物であるHound 3へと一斉に襲いかかる。

Hound 3は即座に火器で制圧を試みたが、長谷部よりも周りの暴徒に銃を向ける。

なぜなら目の前の男は脅威にすらならないから。


だが、死への恐怖を忘れた長谷部が、その銃身に獣のような形相で食らいついた。


「……!?」


初めて、合理的な行動に基づいて動くHoundの動作に、致命的な「動揺」が生じた。

その隙を暴徒たちは見逃さなかった。

数千の拳と、コンクリート片、そして欲望そのものがカオリとHound、そして長谷部を飲み込んでいく。いかに優れた単一個体であっても、理性を排した「数の暴力」という海の前では、その抵抗はあまりに微力だった。


暴力の渦に飲まれ、踏みつけられる中、長谷部は転がるようにカオリの上に覆い被さるようにして彼女を守り抜いた。


「みっくん……!?」


傍目には無様に抱きしめているようにしか見えないが、長谷部は必死だった。

背中に痣ができるほどの蹴りを食らい、残り少ない髪を無慈悲に引っ張られながらも、彼は腕の中のぬくもりだけを離さなかった。


(……これで死ぬなら、本望だ)


そう確信した瞬間、彼らの頭上を「更なる暴力」が支配した。


ジュウシロウである。


その手には、首と胴体を無惨に引き千切られたHound 0の成れの果てが握られていた。

一瞬の不意を突き、鏖殺したのである。


胴体には巨大な風穴が開き、火花を散らしている。


「――エアブロウ!!」


咆哮と共に放たれた圧縮空気の塊が、カオリたちを取り囲んでいた暴徒を木の葉のように吹き飛ばす。

ジュウシロウは着地と同時に、暴徒たちによって動きを抑え込まれていたHound 3の顔面を、地面ごと粉砕するように踏み抜いた。


「無事か!!」


血相を変えて駆け寄るジュウシロウ。その全身は返り血と硝煙に塗れ、鬼気迫るものがあった。


「ええ、何とかね……って、痛い、痛いわよ」


カオリの声に、長谷部は我に返った。未だに震える腕で、彼女を力いっぱい抱きしめたまま固まっていたのだ。


「え……はっ!! し、失礼しました!!」


慌てて離れる長谷部。だが、彼は背後を振り返ることができなかった。

背後から刺さるジュウシロウの視線が、物理的な圧力を持って自分の後頭部を射抜いているのを、本能で察知したからだ。

明らかに、この世で最も「機嫌が悪い」男の気配だった。


「なんで逃げなかったの??」


「えっ……いや、なんというか……わかんないです……

 ただ自分ができることをやっただけです……」


「そう……助けてくれて、本当にありがとう。みっくん」


カオリは、自分を守り抜いた老いた背中に、優しく抱きついた。


「はぇ……あ、いや……」


長谷部の口から、何とも情けない吐息が漏れる。

だが、その幸福な時間は一瞬で終わりを告げた。


「行くぞ。……カオリ、あまりベタベタと他の男に触れるな。心臓に悪い」


「あら、ジュウシロウ、もしかして嫉妬? 命の恩人なのよ、彼は」


「……黙れ。とにかく行くぞ」


ジュウシロウは拗ねたような横顔のまま、二人を両脇に強引に抱え上げると、瓦礫の山を飛び越えて戦場を走り去っていった。


その姿をハイエンドシリーズたちは壊れた顔面のままジッと監視していた。

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