File:056 ハイエンドシリーズ
なんだかんだ40000PV行きました。
いつも見てくださっているみなさん、ありがとうございます。
一ノ瀬は崩壊した面会室の瓦礫の中で、無様に大の字になりながら、止まらない鼻血を抑えていた。
ジュウシロウの放った、文字通り「闘牛の突進」にも等しい裏拳の衝撃。
鼻腔の奥で火花が散り、神経系を直接かき回されたような痺れが、未だに指先の自由を奪っている。
「……ここまで、先のことを考えない馬鹿だとは思わなかったな」
吐き捨てた言葉に自嘲を込めるが、その瞳に絶望の色はない。
胸ポケットに仕込んでおいたペン型の監視カメラは、衝撃が加わる直前の映像を、既に本部サーバーへ自動送信しているはずだ。
じきに、この静寂を切り裂いてHoundの精鋭部隊が襲来するだろう。
割れるような頭痛を堪えながら、一ノ瀬は一つの不敵な賭けを思いつく。
「行動するなら、今しかないか」
前崎から無理やり持たされていたGPSデバイスを、力任せに引き剥がす。
それは単なる居場所の特定だけでなく、心拍数や体温から生死の判定さえもリアルタイムで報告する、前崎と自分を繋ぐ「鎖」だった。一ノ瀬はその精密機械を、瓦礫の角に叩きつけ、無残に粉砕した。
監視モニター上の信号が「ロスト」に切り替わった瞬間、組織にとっての一ノ瀬は「戦死者」となる。
彼は朦朧とする意識を叱咤し、立ち込める白煙の向こう側へと、自ら選んだ潜伏の闇へ音もなく消えていった。
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ジュウシロウの進撃は、もはや戦闘と呼べる次元を超えていた。
立ち塞がるHoundたちは、剛腕が振るわれるたびに濡れた紙細工のごとく無残に粉々になり、血肉の飛沫へと変えられていく。
その凄惨な光景を背後から見つめる長谷部の胸に、恐怖の入り込む余地はなかった。
カオリが絶望の淵を照らす女神であるならば、彼女を背負い、泥濘のような血路を切り拓くジュウシロウは、まさしく伝説に謳われる騎士そのものだった。
(私が……あと三十年若ければ、この軍勢に加われただろうか……!!)
そんな叶わぬ妄想を抱きながら、長谷部は必死にその大きな背中を追いかけた。
五十歳を過ぎた老体が、これほどまでの速度で戦場を駆けている事実に自分自身で驚きを隠せなかったが、それは紛れもなく、破滅的な高揚感がもたらした一時的な機能亢進なのだろう。
周囲に目を向ければ、そこには阿鼻叫喚の坩堝が広がっていた。
積年の恨みを爆発させた囚人たちが、かつての看守たちに執拗なリンチを加え、引き千切ったHoundの頭部を戦利品のように掲げて咆哮している。
中には、奪い取った重火器を使い方もわからぬまま虚空へと乱射する暴徒も現れ、混乱は極致に達していた。
だが、この美しいまでのカオスを現出させたのは、たった一人の男、ジュウシロウなのだ。
秩序を拳一つで粉砕するその姿は、化け物という言葉ですら生ぬるい。
いったいこの国は、この男によってどこまで加速し、どこで終わるのだろうか。
その破滅的な未来を予感し、現状を破壊するジュウシロウの背中を眺め、長谷部の口元には歪んだ笑みがこぼれた。
しかし、不意にジュウシロウの足が止まった。
立ち込める硝煙と粉塵を割り、異質な静謐を纏った五人の人影が、音もなく姿を現したからだ。彼らの衣服に刻まれたエンブレムには、一般の兵士とは一線を画す、禍々しいまでに重厚な意匠が施されている。
その装いは、凄惨な戦場においてあまりに不釣り合いだった。五人は一糸乱れぬ所作で、まるで国賓を招く公式行事に出席するかのように、端正な漆黒のスーツを隙なく着こなしている。彼らの胸元に輝く白金のバッジには、冷徹な秩序を象徴するように、それぞれ「0」から「4」までの数字が鋭く刻まれていた。
だが、そんな装飾への違和感を一瞬で吹き飛ばすほどの、剥き出しの衝撃がジュウシロウを襲った。先頭に立つ個体の、その「顔」に強烈な覚えがあったからだ。
「……前崎と同じ、顔だと……?」
ジュウシロウの声に、かつてないほどの激しい警戒と、心の底から湧き上がる憎悪が混じる。対する五人の男たちは、感情を一切排した冷木のような表情のまま、寸分違わぬタイミングで同時に口を開いた。
『……Houndモデル。ハイエンドシリーズ。脅威対象の即時制圧を開始する』
この国を狂気へと塗り替えた独裁者の、完成された「写し身」。その一体が、王の如き威厳を以て残る四体に静かに顎をしゃくった。
その無機質な指揮に従い、四体のコピーたちが獲物を屠るべく一斉に牙を剥いた。
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Hound 0:モデル・総統【前崎英二】
総統・前崎英二の影武者を務めるために製造された、シリーズの要となる個体。
外見は細胞レベルで前崎を模しているが、その器に人格は宿っていない。
特筆すべきは、「メタトロン」を介して、前崎本人が長年の戦場で培ってきた膨大な戦闘経験と戦術判断のみを抽出・移植している点にある。
副作用として感情が抜け落ちてしまったが、エゴに左右されず、目的を達成する報酬のためにオリジナル以上の冷酷さと正確さを発揮する。
肉体は、徴用された無名の一般人の顔を外科手術によって整形し、神経系を改造しただけに過ぎない。
Hound 1:モデル・元バスケットボールプレイヤー【四村類】
「格闘戦に最も向いている人間は、高水準のバスケットボールプレイヤー」という科学的根拠に基づき調整された個体。
ベースとなった四村類は、かつてその圧倒的な才能でプロリーグを沸かせながらも、前十字靭帯断裂の怪我によって夢を絶たれた男だった。
バスケット特有の急激な加減速、跳躍、そして三次元的な空間把握能力が、Houndの強化処置と異常なまでに適合した。
現在は、かつてコートを支配したその驚異的な反射神経と四肢のバネを、至近距離での執拗な蹂躙へと転用している。
肉体は四村本人のものを極限まで補強・再修復している。
Hound 2:モデル・元e-sportsプレイヤー【K6W】
かつてFPS(一人称視点シューティング)のプロとして、人類の限界域に近い反射速度を誇った若者の意識を、強化クローン体の器へと転送した個体。
彼が熱狂していたゲームがサービス終了し、燃え尽き症候群となって社会の底辺を彷徨っていたところを、Hound側が「必要な人材」として拾い上げた。
運動不足だった脆弱だった生来の肉体を捨て、クローンの強靭な身体を手に入れたことで、ゲーム内のフレーム単位の判断を現実の殺戮技術として完全に開花させた。
戦場をホークアイ(空間把握能力の一種)のように捉え、近中遠距離一切関係なく0.3秒以内に急所を撃ち抜くその精度と反射神経は、人間の限界の臨界点である。
Hound 3:モデル・元囚人【上村聖】
かつて介護施設に勤務しながら、三十九人もの介護施設利用者と十人のホームレスを惨殺して日本を震撼させた殺人犯、上村聖の思考ロジックをモデルにしている。
上村の行動は、役に立たない命を奪うことは「重荷からの解放」という歪んだ救済として一種のカルト宗教を生んだ。
本人自体の意識は処置によって消滅しているが、メタトロンによって「情に一切支配されず、対象を無機質な物体として排除する」というサイコパス特有の思考回路のみが抽出され、別の個体(一般のHound)にインプラントされている。
どれほど凄惨な状況下でも心拍数一つ乱さず、効率的に命を「処理」していくその姿は、対人制圧において最も忌むべき論理の体現と言える。
Hound 4:モデル・パルクーラー【藍川悦】
パルクールがオリンピック正式種目となった時代に、初代金メダリストとして頂点に立った男。
しかし、その華々しい栄光の影で膨れ上がった借金により破産し、Houndの被験体となることで全ての債務を帳消しにした。
いかなる高低差や複雑な遮蔽物も、彼にとっては加速するための足場に過ぎず、壁を蹴り、空を舞い、重力さえも欺くその機動力は、逃走する敵を確実に追い詰め、あるいは包囲網を嘲笑うかのように突破する。
肉体は藍川本人のものを維持しており、鍛え抜かれた動的な美しさがそのまま自らを動かす殺意の原動力となっている。




