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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:055 願いを叶える

「どう? ……こんな狂った世界が、許されていいわけないでしょう?」


カオリの震える声が、アクリル板を越えてジュウシロウの鼓膜を打つ。


「……そうだな。到底、正気の沙汰じゃない」


ジュウシロウは深く顔を伏せ、絞り出すように同意した。


「だから、私も足掻いたの。……前崎に「SGに忘れ物がある」と取り入って、かつての拠点に同行させてもらった。

 そこで、あの呪われた施設を完全にシステムごと破壊する算段だった。

 ……エルマーをナイフで脅してね」


「ああ……そういうことか」


点と点が繋がる。エルマーがカオリを前崎を裏切ったと話し、ユーリたちがエルマーを「裏切者」憎悪していた理由。

それぞれの正義が、あの地獄の中で決定的にすれ違っていたのだ。


「だけど、前崎の目を欺くために、何人かの子たちに囮になってもらった。

 私の狙いがバレた瞬間……その子たちは、Houndにあっけなく制圧された。

 殺された子もいるわ。

 私のせいでね。今でも、夢に見るわ」


自嘲するカオリの瞳には、乾ききった罪悪感が張り付いていた。


「……じゃあ、なぜお前だけが生かされている? 重罪だろう」


「マスミよ」


「……マスミが?」


「あの時、マスミがなりふり構わず泣き叫んで、前崎の足にすがりついたの。

 「お願いだから、カオリだけは殺さないで」って。

 ……彼女が、自分の全てを売り渡してくれたおかげよ」


「そのマスミは、今どこに……?」


「大学生をやってるわ。前崎の庇護下でね。

 ……『二度とアダルトレジスタンスに所属しない』という、契約と引き換えに」


「……そうだったのか」


ジュウシロウは短く息を吐いた。あの首相の娘が、そこまでして自分たちの仲間を救おうとしてくれていたとは。


「……会いたいの?」


カオリが、探るように目を細める。


「いや。……ただ、礼くらいは言いたいと思っただけだ」


「……そう」


カオリの表情が、一瞬だけ安堵に緩んだように見えた。だが、すぐに元の鋭い光を取り戻す。


「ねえ、ジュウシロウ。あんたは結局、前崎に付くの? あの異常な国造りに加担する気?」


「……分からないと答えさせてもらう」


「どういう意味?」


ジュウシロウは自身の巨大な両手をじっと見つめた。


「アレイスターの野郎が、俺やシュウの肉体を勝手に弄り回していたんだ。

 ……「超人計画」とやらでな。

 どうやら癌が発生しているらしい。

 その結果が、この規格外の体だ。

 ろくなメンテナンスも受けていない。

 俺の命はどうでもいいが、シュウをそのままにしておけない。」


「……なるほどね。あんたは、今の仲間を守らなきゃいけない。じゃあ、仕方ないわね」


カオリの瞳から、完全に温度が消え去った。


「私一人でも、前崎に反抗する」


「カオリッ!! お前、無茶を言うな!」


「無茶じゃない、もう止められないのよ! この狂った流れは!!」


カオリはアクリル板にすがりつき、泣き叫ぶように絶叫した。


「もう嫌なの……! 仮想の快楽に喜んで溺れていく人々も、それを演算資源として消費されるのも!!

 狂気に満ちた、綺麗で醜いこの国が!!

  ……どこまで経済が豊かになったって、人間の尊厳がこんな風に消費されるなら、全部おしまいよ!!」


「……」


ジュウシロウは何も言えなかった。彼女の魂の叫びは、圧倒的な正論だった。

そして、その悲痛な声が、ジュウシロウの中で燻っていた「何か」を完全に決壊させた。


「……分かった。分かったよ、カオリ」


ジュウシロウは静かに顔を上げた。

そして、背後に立つ一ノ瀬に一切の殺気を悟らせぬまま、腰の「神経外骨格」のジェネレーターに限界突破の負荷をかける。


「――一緒にお前の望みを叶えてやる」


振り返りざま、ジュウシロウの太い腕が空気を引き裂いた。

放たれた裏拳。圧縮された運動エネルギーの塊が、一ノ瀬の顔面を無慈悲に捉える。


「がはっ……!!!」


防ぐ間もなく、副総統の身体が紙屑のように後方へと吹き飛び、壁に激突して崩れ落ちた。


「おい貴様!! 何をしている!!」


カオリの監視に付いていた向かい側のHoundたちが、即座にアサルトライフルを構える。

だが、ジュウシロウの動きは彼らの反射速度を遥かに凌駕していた。


「邪魔だ!!」


ジュウシロウは前方に踏み込み、分厚い強化アクリルガラスに向かってフルパワーの正拳突きを叩き込んだ。

爆音。

防弾仕様のアクリル板が粉々に砕け散り、その衝撃波はガラスのみならず、背後にいたHoundたちの肉体をも壁ごとミンチに変えた。


もうもうと立ち込める粉塵の中、ジュウシロウは瓦礫を掻き分け、唖然とするカオリの手を強引に掴み取る。


「逃げるぞ!!」


「いいの……? 本当に、これで……!」


「――惚れた女の願いくらい、命張って叶えてやるさ」


ジュウシロウが不敵に笑ったその瞬間、警報サイレンが施設の静寂を切り裂いた。

鉄壁を誇る「国立更生労働施設」が、たった一人の男の暴走によって、今、未曾有の大混乱へと叩き落とされた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ジュウシロウの行動は、あまりに短絡的で原始的だった。

それゆえに絶対的だった。

カオリを背負ったまま、彼は施設の深部から出口へと向かって最短距離を突き進む。

立ち塞がるHoundたちは、彼が放つ拳のエネルギー波によって肉体を分子レベルで粉砕され、あるいは強固な装甲ごと壁に埋め込まれていった。


「どけ……邪魔だッ!!」


怒号と共に振るわれた一撃が、通路を封鎖していた自動防衛ターレットを土台ごと吹き飛ばす。

その衝撃の余波で、通路の両脇に並ぶ独房の電子ロックが次々とショートし、強制労働という名の鎖に繋がれていた囚人たちが、困惑と共に解放されていった。

施設全体を揺るがす地鳴りは、もはや警報などという生易しいものではなく、抗いようのない「自然災害」の接近を告げていた。




独房の中で、長谷部はいつものように日記を綴っていた。

ペンを走らせることでしか、この削り取られていく日常に抗う術がなかったからだ。

しかし、不意に耳を打ったのは、聞き慣れた警報音を掻き消すほどの絶叫と、金属が拉げる不気味な音だった。


「なんだ……? 何が起きている」


音は悲鳴を伴って、急速にこちらへ近づいてくる。

そして次の瞬間、長谷部の世界は白い粉塵と爆風に包まれた。


数センチ厚の強化コンクリートの壁が、巨大な鉄球に打たれたかのように内側へ向かって弾け飛ぶ。

爆圧によって日記帳は宙を舞い、書き溜めた文字が虚空に散った。

だが、咳き込みながら顔を上げた長谷部の視線は、粉塵の向こう側に立つ「彼女」の姿を、決して逃さなかった。


「カオリさんッ……!?」


裏返った声で、この暗闇の独房における唯一の希望――女神の名を呼ぶ。

その声に、猛進していた戦車の如き大男の動きが、ぴたりと止まった。


「あ、みっくん!!」


背負われたカオリが、顔を輝かせて声を上げる。

「みっくん」と呼ばれたのは初めてだったが、それが自分を指していることは直感で分かった。

悪い気はしなかった。

どころか、魂が震えるほどの歓喜が脳を焼いた。


だが、彼女を背負う男の視線が向けられた瞬間、長谷部は心臓が凍りつくような殺気を感じた。

男は明らかに、不機嫌を隠そうともしていなかった。


「……知り合いか?」


地を這うようなジュウシロウの問いに、カオリは屈託のない、それでいてどこか誇らしげな笑みを浮かべる。


「うん、独房で知り合っただけだけど、凄くいい人なの」


カオリが見せたその無防備な笑顔は、長谷部に対して一度も向けられたことのないものだった。

その事実に胸を締め付けられながらも、カオリは矢継ぎ早に問いかける。


「ねえ、みっくん。車、運転できる?」


「え、あ、はい……。ずっとゴールド免許ですけど……?」


「決まりね! みっくん、付いてきて!!

 ここから、この地獄から出るわよ!!」


その言葉は、長谷部の停滞していた血を一気に沸騰させた。

ここから出られる。

その言葉が真実かどうかなんて、どうでもよかった。

カオリの瞳に宿る確かな光を信じ、長谷部は何かに取り憑かれたように、あれほど大事にしていた日記を顧みることなくその場を後にした。

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