File:053 4年前
ジュウシロウが前崎への協力と引き換えに、喉から手が出るほど欲した条件。
それは、消息を絶っていたカオリとの面会だった。
目的地は群馬県の山奥に鎮座する「国立更生労働施設」。
ハンドルを握るのは副総統・一ノ瀬であり、後部座席では二人のHoundが、ジュウシロウを物理的に封じ込めるように左右を固めていた。
シュウや他の仲間を連れてくるという選択肢は、最初からなかった。
彼らの血気盛んな気性は、この針の穴を通すような交渉の場では、確実に取り返しのつかない破綻を招くとジュウシロウが判断したからだ。
「……おい、一ノ瀬だったな」
重苦しい沈黙を破り、ジュウシロウが問いかける。
「あんたは知っているのか。
カオリがなぜ、あの前崎と決定的に敵対するに至ったのかを」
「さあね、知らないよ。
俺が前崎さんの軍門に降ったのは、あの平和記念公園の後だよ」
バックミラー越しに目が合う。
一ノ瀬の瞳には、一切の濁りもなかった。
「……そうか。副総統という椅子に座りながら、案外、肝心なことは何も知らされていないんだな」
「ハハハッ! 全く返す言葉もないね。
あの人と付き合って10年以上になるけれど、あの脳内を100%理解できている人間なんて、この世に一人もいないんじゃないかな」
皮肉を爽やかな笑みで受け流す、その底知れぬ男の横顔を見ているうちに、車は施設を囲む巨大な防壁の前に到達した。
ジュウシロウの目に映った「国立更生労働施設」は、もはや公共の建築物という概念を超越していた。
切り立った岩壁を削り出し、高硬度の鋼鉄で補強されたその姿は、ファンタジーの戦記物に登場する「難攻不落の要塞」そのものだった。
上空では無数の監視ドローンが羽虫のように飛び交い、自動迎撃システムを備えた警備塔が四方に睨みを利かせている。
車は巨大なゲートに吸い込まれ、幾重ものスキャンを経て、奥深くの格納庫へと停止した。
「さて、ここで降りてもらおうか。
……念のため、武器は預からせてもらうよ?」
一ノ瀬が手を差し出す。
ジュウシロウは無言で、腰に差したナイフを差し出した。
「それと、君の背負っているその神経外骨格も解除してもらいたいんだけど?」
「それは断る」
ジュウシロウの声が低く響く。一ノ瀬の目が細められた。
「……なぜかな?」
「あんたらを、露ほども信用していないからだ。
これを外すということは、俺の四肢をあんたに差し出すのと同じだ。
それに肉体と同期していて外そうにも外せない。
さらに言えば今回の条件に含まれていない」
「……なるほど。であれば、一歩でも不審な動きを見せれば即座に射殺する。
それでいいかな?
僕も君の真後ろに立ち、その子との会話をすべて記録させてもらうよ。
それが最大限の譲歩だよ」
「ああ、構わない」
張り詰めた空気の中、一ノ瀬の先導で施設の最深部へと足を踏み入れた。
厚さ数センチはあろうかという強化アクリルの向こう側に、その影は座っていた。
少しやつれてはいるが、紛れもない――かつての同胞、カオリだった。
「……ッ!! ……ジュウシロウ!?」
「カオリ!? お前……お前、本当に生きていたんだな!!」
弾かれたように駆け寄り、アクリル板に掌を押し当てる。
向こう側から重なるカオリの手。
冷たい透明な壁を隔てているはずなのに、その体温が伝わってくるような錯覚に陥った。
「よかった……本当によかった……!!」
ジュウシロウの頬を、熱いものが伝う。
「だが、あまり時間がない。……聞かせてくれ。
なぜお前が、こんな墓場のような場所に収監されている?
何があったんだ」
「……あはは。まあ、ちょっとばかりやんちゃしすぎちゃった結果かな」
カオリは自嘲気味に、だがその瞳にはかつての勝気な光を宿して言った。
「前崎を裏切った、と聞いたぞ」
「あー……。もう、そこまで知られちゃってるんだ。
だったら隠してもしょうがないね」
カオリは一ノ瀬の視線を一瞬だけ意識したが、すぐにジュウシロウを真っ向から見据えた。
「いいよ、全部話すわ。前提として彼を信用してはダメ。
絶対よ」
そう言って、彼女は静かに口を開き始めた。
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SGが崩壊した直後、ホログラム転送装置によって無作為に射出されたアダルトレジスタンスの面々は、北アルプス・黒部周辺の原生林へと辿り着いた。
富山県黒部川の上流域――切り立った断崖と怒号のような濁流が支配する、日本有数の険しさを誇る「未踏の地」だ。
そこは、組織のボス・ルシアンが最悪の事態を見越して用意していた、最後の避難拠点だった。
彼は志半ばで倒れたが、原生林の奥深くに隠された地下貯蔵庫には、数年分の食糧と予備のエネルギーセルが整然と備蓄されていた。
死してなお、彼はボスとしての責務を全うし、子供たちの命を繋ぎ止めたのだ。
しかし、再会の喜びを享受できたのは、ほんの一握りだった。
転送の遅れや自衛隊の執拗な追撃により、組織の半分以上を占めていた子供たちが命を落とした。
バックアップも前崎によって燃やされ、かつての活気は消え失せ、最終的にこの森に集結できたのは、わずか60名ほど。
生存者たちの瞳には、深い喪失の影が刻まれていた。
その中には、幹部候補であったソウ、アリア、エルマー、ジョン。
そして、カオリと特に深い絆で結ばれていたユーリ、カノン、マスミの姿もあった。
沈黙に支配されたキャンプで、最初に動いたのはエルマーだった。
彼は拠点の旧式機材をハックし、壊滅したはずのSGへと繋がるホログラム転送装置の再起動に成功する。
「復旧はできた。……でも、向こう側の座標が生きている保証はない」
装置が放つ青白いノイズが、夜の森を不気味に照らし出す。
一度飛び込めば、二度とこの安息地には戻れないかもしれない。
慎重を期すため、まずは自律型の探知ロボットを先行させることで全員が合意した。
しかし、座標を確定させ、空間の歪みが臨界点に達したその瞬間――「奴」が現れた。
前崎英二だ。
「待ってくれ」
アクリル板の向こう側、奥で聞き入っていた一ノ瀬が、耐えかねたようにカオリの言葉を遮った。
「……その時期、前崎さんは公式には行方不明だったはずだ。
生死すら定かではなく、軍も警察も躍起になって捜索していた。
なのになぜ、そんな極限の秘境に現れることができたんだ?」
カオリは冷え切った瞳で一ノ瀬を射抜き、静かに口角を上げた。
「あんたも、あの人の側にいたなら直感で分かっているでしょう?」
「……? どういうことだ」
カオリは一気に距離を詰め、囁くような、だが重い響きを持つ言葉を紡いだ。
「アレイスターのアストラル体よ。
彼は肉体を脱ぎ捨て、デジタルと精神の境界を彷徨う亡霊となって私たちの前に現れた。
……それに一人じゃない。
前崎は兵隊を持っていたわ。
Houndという、ボスのクローンをね」




