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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:051 あれから

あれから、沖縄の空には絶え間なくサイレンが鳴り響いていた。


上空を覆う重苦しい雲を突き抜け、前崎の軍事力の象徴である「空中要塞」から、数え切れないほどのHoundが降下してくる。

それはもはや警護という域を超え、一つの都市を物理的に塗り替えるほどの圧倒的な物量だった。

救急車の列が絶え間なく走り抜け、仮設の医療区画には、崩落した現場から次々と負傷者が運び込まれていく。


「結局、あのメキシコのカルテルの正体は分からずじまいか」


ジュウシロウが、沈痛な面持ちでエルマーに問いかけた。


「ロシアンマフィアのこともね……。

 今は総当たりでデータベースを照合しているところ。

 もし奴らが世界的に名の知れた組織なら、遅かれ早かれ正解には辿り着くはずだよ。

 二人の組織が交わることなんてないのに。

 絶対に何か裏がある」


普段なら軽快にキーボードを叩いているはずのエルマーが、珍しくデバイスも開かずに、深く考え込んでいた。

シカリオたちが残した異質な武力と、あの忌まわしいタトゥーの意匠、そして日本人にも関わらず香川というロシアンマフィアの一員は、彼らの常識を根底から揺さぶっていた。


「おや。まるで、ちょっとした同窓会の会場みたいだね」


静寂を破ったのは、ソウの声だった。

その足取りには、かつて死線を共にした仲間に向けるような感傷は微塵もない。


「……ソウ。お前も、前崎の飼い犬に成り下がったのか」


「否定はしないよ、シュウ。

 それに、それを「恥」だとも思っていない。

 僕は今の自分の立場に、絶対的な自信を持っている。

 ……はっきりとそう言えるよ」


不敵に微笑むソウの横顔。

シュウはその得意げな表情に、一瞬だけ抑えきれない苛立ちを覚え、拳を握り締めた。

しかし、ソウは構わず言葉を続ける。


「シュウ。君には最高のお客さんを連れてきたつもりなんだけど。

 そんな怖い顔じゃ、出迎えも台無しだね」


「客だと……?」


「懐かしい顔だよ。――さあ、おいで」


ソウが視線を送ると、アリアに伴われて二人の人影が姿を現した。

その二人とはカノン、そしてユーリ。


「え……あ……」


シュウの喉から、掠れた吐息が漏れた。

まさか、あの絶望的な状況を生き延びていたとは。

時計の針が止まったかのような、空白の四年。


「シュウ……久しぶり、だね」


ユーリが意を決したように、一歩前へ踏み出した。


「ユーリ……お前、本当に……」


「ほら。カノン、あんたも!」


ユーリに背中を押され、隠れるようにしていたカノンが、震える足取りで姿を現す。


「え……うん。久しぶり……シュウ」


絞り出すようなその声を聞いた瞬間、シュウは理屈よりも先に体が動いていた。

迷うことなく、二人を力強くその腕の中に抱き寄せる。


「……生きていたんだな。本当に、生きていたんだな」


「まあ……ね。色々あったのよ、私たちも」


シュウの胸の中で、ユーリが微かに震えながら答える。

再会の喜びと、語り尽くせない苦難。

三人は、流れる時間を埋めるように、しばらくの間、言葉もなく抱き合っていた。


「……俺、少し席を外したほうがいいか?」


あまりに個人的で濃密な再会の空気に当てられ、ジュウシロウが居心地悪そうに身を引こうとする。

しかし、それをアリアの鋭い一喝が遮った。


「いなさいよ!あんた、それでもシュウの上司なの!?」


「……役職はアダルトレジスタンスの頃の話だろ」


叱責を飛ばすアリアと、頭を掻きながら所在なげに立ち尽くすジュウシロウ。

凄惨な戦場であったはずのその場所には、かつての「アダルトレジスタンス」が持っていた、泥臭くも温かな空気が僅かに戻っていた。


「というかお前たち、なんで生きていたんだ?」


シュウの震える問いに、ユーリが力なく笑う。

その視線はどこか遠く、四年前の「あの日」の地獄を彷徨っているようだった。


「こっちのセリフよ。

 最後、あんたたちが蜂の巣になったって聞いた時は、絶望したんだから。

 動画もちなみに見せられたわ。

 信じられないほど体に穴が開いていたわよ」


シュウが死ぬ間際の瞬間のことを思い出して身震いする。

頭を振り払うように話を続ける。


「俺たちはアレイスターがなぜかバックアップを取ってくれていたから、九死に一生を得ただけだ。

 ……お前たちはどうやって?」


「……最期の瞬間にね。

 ボスが全員分、座標もバラバラに強制転送してくれたの。

 それからずっと、見つからないようにサバイバルを続けていたけれど……最終的に前崎に突き止められたわ」


「前崎に……?」


「ええ。そこではカオリさんがリーダーとして振舞って、ある”契約”を交わしたの。

 生き延びるために、前崎の下に付くってね」


「……カオリが?」


ジュウシロウの喉が鳴った。

かつての仲間であり、彼にとって特別な意味を持つその名が出た瞬間、場の空気が一層張り詰める。


「ええ。まあ結局、カオリさんはあいつを裏切ったけれど」


「裏切った? どうして……一体何があったんだ」


「……私からは言えない。

 それはカオリさんの信条を否定することにもなるから。

 でも、どうしても理由を聞きたければ」


ユーリの瞳に鋭い憎悪が宿り、キッと一人の男を射抜いた。


「そこの”裏切り者”に聞きなさいよ」


その視線の先にいたのは、エルマーだった。


「……人聞きの悪いことを言うなよ。何もできなかった無能共が」


エルマーは一瞬こっちを向いた後、空を見上げ寝ころびながら言った。


「ふん……どうかしらね」


「ユーリちゃん……良くないよ」


カノンが窘めるのも気にせず、ユーリとエルマーの間に、火花を散らすような険悪な沈黙が流れる。

それを見かねたジュウシロウが、一歩踏み出した。


「なあエルマー、一つ聞かせてくれ。

 お前、なんでドームの地下にいた?

 助けを求めたのはなんだったんだ?」


「……監視カメラの映像で、奴ら(シカリオ)が来るのは明白だった。

 本格的なパニックが発生すれば、僕の広域破壊兵器じゃ民間人諸共殺してしまう。

 だから……泥臭い肉弾戦に強い、君たちが必要だっただけ。

 それだけだよ」


「……そうか。民間人を守るために、俺たちを誘導したってわけか。

 お前も変わったな」


「勘違いしないでくれ。民間人を守りたいわけじゃない。

 前崎総統に、こんなところで方針転換されては困るから防いだ。

 世論が変わるのを避けたい。

 それだけだ」


「……お前は、本気で前崎についたのか?」


シュウが詰め寄る。

その瞳には、信じていた絆が泥に塗れたことへの怒りが燃えていた。


「そう思ってくれて構わない。

 ……ちなみに、ソウもアリアも同じだ」


「そうですね、ジュウシロウ。

 僕たちには、もうこれしか手がないんだよ。

 この世界で僕たちが調和して生きていくにはこれしかない」


ソウが静かに、だが拒絶を孕んだ声で告げる。


「なんでだよ……!

 アダルトレジスタンスは、そんな奴に屈するような組織じゃなかったはずだろ!!

 大人に飼いならされてそれでいいのかよ!!」


シュウの叫びに、アリアはただ哀しげに目を伏せた。


「……それは自分の目で確かめることよ。

 あなたはもう20歳。十分大人よ。

 大人になる時が来たの。シュウ」


「こんのっ……!!」


激昂するシュウを、ジュウシロウが手で制した。


「よせ、シュウ。……話は分かった。で、ユーリ、お前らもなのか?」


「うん……。ごめんね、シュウ。私たちは、そっちには行けない」


「お前たちまで……! なぜだ、なぜあんな男に従う!?」


「あんな男が、まだマシだからだ。シュウ。

 お前たちよりよっぽどな」


背後から響いたその声に、全員の肩が跳ねた。


そこに立っていたのは、返り血を全身に浴びた前崎だった。

その姿は凄惨という言葉では足りず、瞳に宿る光は「怒り」という沸点を超え、絶対的な零度へと至っていた。


「よお。同窓会の最中に悪いが、次の目的が決まった。

 ――ロシアンマフィア、およびメキシコカルテルの殲滅だ。

 一人残らず、だ」


前崎は手に持ったデバイスを無造作に放り出す。

画面には、壊滅した防衛ラインの無残な光景が映っていた。


「俺の元部下を唆し、この国を戦場に変えたバカが必ずいる。

 そいつを、徹底的に、確実に、息の根を止めてやる」


その凍てつく視線が、ジュウシロウとシュウに向けられた。


「お前たちはどうする? ――俺と共に来るか?」


「何をふざけたことを!! お前に協力する理由なんて――」


「勘違いするな。はっきり言ってやる。

 俺はルシアンの意志を継いでいるだけだ。

 なぜあいつが子どもにやたらこだわったかはよくわからんが、俺があいつから受け継いだのは単なる知識の継承じゃない。

 これほどの力があれば、誰だってこの歪んだ世界を変えたいと願う。

 俺はその体現者になりたいだけだ」


「……アダルトレジスタンスを壊滅させたお前が、ボスの意志だと?」


「そうだ。継承者としてSG崩壊の時に俺が受け継ぐに相応しいと言われてな。

 お前たちの誰でもない、俺にな」


「信じられるか、そんな話」


「そうだろうな。だがお前たちについてくる人間はいないぞ」


「……何!?」


シュウが怒りを露わにする。


「当たり前だ。お前たちに信用などない。

 ガキどもの癇癪に付き合う物好きがどこにいる?

 誰もついてこねぇよ。

  ……だが安心しろ。お前たちの『居場所』は俺が作ってやる。

 そのために、その力を使え」


シュウは握りしめた拳を震わせ、最後までその提案に躊躇した。

裏切り、絶望、そして再会。

感情が混濁し、出口を見失いかける。


だがその時、ジュウシロウが重厚な一歩を踏み出し、前崎を真っ向から見据えた。


「――条件がある」


混沌とした沖縄の夜に、新たな契約の胎動が響いた。

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