File:046 ウイルス
『おーっとォ!! 衝撃の、文字通り「衝撃」の決着だぁ!!
銀次の放った必殺の刃を、坂上が力ずくで自らの核へと叩き込ませた!!
事実上の強制自死、相打ち、共倒れ!!
勝者は坂上――のはず!!
だが、再構築フィールドがなければ両者とも肉片すら残っちゃいねぇ!!
これはルール改正の議論が必要じゃねぇか、おいッ!!』
『……ルール以前に、単なる嫌がらせですからね。
自爆なんて』
スピットファイアの絶叫に、Hound <No.34> 桃井春奈が心底呆れたように同意する。
視線をフィールドに落とせば、粒子の収束と共に、坂上慎二の肉体が再構成を終えていた。
「……クソッ。爆発で死ぬってのは、あんな感じか。
太陽に焼かれる感覚なんて、二度と御免だぜ」
坂上は、全身に残る熱の残滓を振り払うように身震いし、予想外の「臨死体験」に苦笑いを浮かべた。
スタジアムの再構築システムは完璧だが、死に至るまでの苦痛と、蘇生直後の脳のラグまでは消してくれない。
数分後、銀次の巨躯もまた、静かにフィールドに降り立つ。
「……お見事でした。
理を超えた執念、この銀次、敗北を認めます。
もはや悔いはありません。あとは煮るなり、焼くなり……」
「あぁ、そうさせてもらう。
……お前みたいな歩く核兵器を、そこらへんに放置しておくわけにもいかねえからな。
悪いが、一旦その身柄、拘束させてもらうぞ」
「いえ。このコアを引き抜けば、私の全機能は強制停止します。
ただ、自壊防止プログラムのせいで私の意志では外せません。
……それを、あなたが代わりにしてくれれば」
銀次が自身の胸部装甲にアクセスし、複雑なロックを解除した。
カチリ、という音と共に、高密度のエネルギーを湛えた蒼白い「核」が露わになる。
「そうか。……なら、話が早い。
じゃあ、遠慮なく取り出させてもらうぜ――」
坂上が手を伸ばした、その刹那。
彼の電子デバイスが、鋭いアラート音を鳴らした。
通話相手は……前崎。
『……なんだ? 今、後片付けの最中だぞ』
『坂上、その相手――銀次だったか。
殺さずに、拘束だけしておいてくれ。
お前はそのまま、そこで待機だ』
どこからか見ているのだろうとは思っていたが、こうもタイミングが良いと薄気味が悪い。
『何か異常か? こいつ、放っておくとまたいつ爆発するか分からねえぞ』
『あぁ。そいつから聞かなければならないことがある。
……銀次に伝えておけ。「すべてを話せば、不利益な扱いはしない」とな。
簡単な司法取引だ』
『……わかったよ』
坂上は短く通信を切ると、眼前の銀次を見上げた。
「銀次、あんたに朗報だ。
うちの独裁者がお前に興味を持ったらしい」
「……何と?」
「クライアントの正体を洗いざらい話すなら、温情をやるってさ。
どうせ、死ぬまでカウントダウン状態だったんだ。
悪くない話だろ?」
「……ですが、私の体は既に限界です。
延命したところで、先はありません」
「ところがだ、うちの総統は、お前が想像してる以上に技術を持ってる。
ロシアとの戦った時の技術力みただろう?。
あんたのボロい体を刷新するくらい、あいつにとっては造作もないことだぜ?」
出まかせだが仕方がない。
あいつならなんとかしてくれるだろ。
「……なるほど。一考の価値はありそうだ」
銀次はわずかに顎に手を添え、思考回路を回した後、静かに結論を出した。
「最低限の依頼は済ませました。
いいでしょう。協力させていただきます」
銀次は自らの肩の装甲スロットから、一本の重厚なUSBメモリーのようなデバイスを抜き出した。
「私の光学センサーと聴覚ログ、通信記録……。
見聞きしたすべてが、このメモリに圧縮・暗号化されています。
……一週間分だけですがね。
それ以前の記録は、情報の秘匿のために自動消去される仕組みになっています。
一旦抜き取ればそのままですがね。
これを見ていただければ、ある程度のことはわかると思います。
……依頼者は、小室組の若頭、小室麻帆です」
「小室組の、若頭……?」
坂上の脳内データベースを検索しても、その名はヒットしない。
いくら恩があるとはいえ、あの「サイボーグ銀次」が、聞いたこともないような若造の命令をホイホイと聞くだろうか。
「ただ、小室組はあくまで実行部隊……仲介業者に過ぎません。
このスタジアム襲撃、そして総統の暗殺計画を背後で企画した組織に、心当たりがあります」
「なんだと?」
「ロシアンマフィア。彼らが、小室組を通じて日本の裏社会を掌握しにかかっています」
その一言が発せられた瞬間、スタジアムの南方――
観客席からわずかに離れた商業施設エリアで、地面を揺るがすほどの巨大な爆発が発生した。
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「アイヤー! 何事っすか!?
せっかくの食べ放題ツアーが台無しっす!!」
避難勧告により静まり返った商業施設。
符宵は、戦場の緊迫感など微塵も感じさせない足取りで、ソウとアリアを引き連れて無人のフロアを闊歩していた。
「すべてがタダで遊び放題、食べ放題」という、彼女なりの報酬を受け取っていた最中だったが、その平穏は突如として噴き上がった爆炎によって打ち砕かれた。
ドームの地下シェルターへはもうすでにほぼ全員が避難済みらしい。
「……流れ弾? いや、あれは……!?」
ソウが眉を潜める。
煙の中から這い出してきたのは、人の形を維持しつつも、全身が半透明の粘液状に崩れ落ちた悍ましい異形。
それは、生物としての尊厳を奪われた成れの果てともいうべき動く泥の塊だった。
「あれは……?なぜ!?タイミングが早すぎるっすよ!!」
符宵が鼻を鳴らし、懐から一枚の呪符を取り出す。
彼女が指先で印を組むと、物理法則を嘲笑うかのように呪符が赤く発光し、一瞬にして金属質の重厚な「火炎放射器」へとその姿を変えた。
(……呪符が武器に!? どんなオーバーテクノロジーだ!)
ソウがその非現実的な光景に驚愕する暇もなく、符宵は引き金を引き絞った。
「汚物は消毒! 全員纏めて火葬っす!!」
放たれた猛烈な焔が、粘液状のゾンビを包み込む。
だが、その瞬間、さらなる異変が起きた。
炎に触れたゾンビたちが、まるで可燃性ガスが詰まったボンベのように、次々と連鎖爆発を起こしたのだ。
「ウワッ!!」
「キャッ!!」
爆風の衝撃波がフロアの什器を薙ぎ倒し、ソウとアリアの二人は後方へと吹き飛ばされる。
「アイヤー!汚ねぇ花火にしては威力が高いっすね!!
燃やせば大人しくなると聞いていたのに、話が違うっすね……」
煤けた顔をポリポリと掻く符宵。
そんな彼女の足元で、ソウの電子デバイスが鳴り響いた。
着信相手は、前崎。
『ソウ、そこに誰かいるか? 状況を報告しろ』
「前崎さん……? えぇ。いますよ。
……ついさっきまで敵だった、僵尸の女が」
『代われ』
有無を言わせぬ指示に従い、ソウがデバイスを符宵に向ける。
「アイアイー! 符宵っす! 賑やかなところ、お邪魔してるっすよ!」
『前崎だ。要件を手短に済ませる。……お前たちの依頼者、そして今目の前にいるスライムモドキの正体は何だ?』
「えー、タダ働きは趣味じゃないんすよね。
符宵に何か得はあるっすか?」
『……日本の永住権、および戦後の法的な身分保障。
それでどうだ?』
符宵の目が、文字通り「$」の形に輝いた。
「マジっすか! 商談成立っす!
急にやる気が出てきたっす!!」
先ほどまでの不真面目な態度が嘘のように、符宵が背筋を伸ばす。
その豹変ぶりに、ソウは深いため息をついた。
『聞くっすよ、前崎の旦那。
我々の大元の依頼者は、ロシアから流れてきたロシアンマフィアの残党っす。
小室組の若頭を通して声をかけられたっすよ。
……で、目の前のスライムっすが、あいつらは混乱に乗じてバラ撒かれた「生体兵器」っす。
体内に致死性の病原菌を溜め込んで、周囲に撒き散らす最悪の生き物っすね』
『病原菌だと?』
『えぇ。昔の流行ったらしいコロナウイルスとかいう奴を、さらに凶悪に、かつ爆発的に増殖するように改造した新型らしいっす』
『……対策は?』
『「熱に弱いから燃やせ」って聞いてたっすけど……今燃やしてみたら大爆発したっす。
あいつら、体内に酸素か可燃性ガスを溜め込んでるっすね。
爆発四散してウイルスを広範囲に撒き散らすのが、本当の狙いかもしれないっす。
ま、温度を低くしてやってみるっすわ』
受話器の向こうで、前崎が沈黙し、思考を巡らせる。
『……わかった。
可能な限り、それらを「爆発させずに」無力化、あるいは完全焼却してくれ。
追加の報酬も約束する』
「アイアイー!! 世の中やっぱり金っすねー!!」
符宵は再び火炎放射器を構えると、今度は温度調節を切り替え、広範囲をじわじわと炙るような「青白い炎」へと火力を集中させた。
すると爆発はするものの弾けるような爆散ではなくなった。
「スライムの低温調理っす~~!!」
そんなご機嫌な符宵の声がショッピングモールに木霊していた。




