File:044 サイボーグと神経外骨格
「さて……やるか」
「ありがとうございます」
坂上の短く、乾いた問いかけに、銀次は深く、静かに応じる。
銀次がその機械仕掛けの巨躯にエネルギーを充填し始めると、関節の隙間から不気味なほどの高熱が噴き出した。
それに呼応するように、坂上も神経外骨格の出力を最大へと引き上げる。
冷却ファンの高周波な回転音が、静まり返ったフィールドに響き渡った。
「あなたのその装備……もう少し早く、この世に生まれていてほしかったものだ」
「……どういう意味だ?」
「その”服”さえあれば、私は自らの肉体を切り落とし、鉄に置き換える必要などなかったのかもしれない。
そう思わずにいられないのですよ。
……人としての生を捨てずに済んだのですから」
銀次の黄金色の瞳が、一瞬だけ哀愁を帯びて細まる。
坂上は一瞬呆けた後、自嘲気味に笑い飛ばした。
「ハッ!! ちげぇねぇ!
だが、そいつを着ても誰かの犬になるだけだぜ?
やることは変わらねぇよ」
坂上が逆手のナイフを構える。
対して銀次がその右腕から突き出したのは、先ほどの安物ではない。
腕部の装甲がスライドし、内蔵されていた重厚な「柄」が手に収まる。
「高周波ブレード……か?」
「特注品です。
私の全身の駆動機関と直結した、生体接続型のね」
エネルギーの刃が展開される。
シュウと同じ刀型である。
それは、坂上がこれまでの戦場で見てきたどのエネルギー兵器とも、密度の次元が違っていた。
空間が歪むほどの熱量と、鼓膜を劈くような超高周波の唸り。
チェーンソーのようだ。
「すげぇな……。
出力がイカれてやがる」
「私の命そのものを直接刃に変換していますから。
……高威力なのは保証しますよ」
「なるほどな。……最高だ。じゃあ、始めようぜ」
お互いの殺気が臨界点に達し、火花が散ろうとした、その時。
『ちょーっと待てぇぇぇぇぇぇぇ!! ボサッとしてんじゃねぇぞ野郎どもッ!!』
二人の結界を力ずくでこじ開けるように、実況のスピットファイアが咆哮と共に乱入してきた。
『これほどの極上な「殺し合い」を、俺抜きで、この最高のフィールドで始めようたぁ、いい度胸してんじゃねえか!!
視聴率の女神が泣いてるぜ!!』
「……好きにしろ。どうせ耳を塞いでも聞こえてくるんだ」
「お好きに」
『その意気だ!! 準備はいいか!? 地獄の果てまで実況してやるぜ!!』
スピットファイアが絶叫しながらスイッチを叩き込む。
『さあ、ブチかませ!! LET’S GO AHEAD――――――――――――――ッ!!!』
刹那、二つの閃光がドームの中央で激突し、スタジアムを衝撃波が飲み込んだ。
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先に動いたのは、銀次だった。
「のっしのっし」と、地響きが聞こえそうな歩むその姿は、緩慢でありながらも絶対的な圧を放つ重装歩兵そのものだ。
神経外骨格を用いた高速戦闘において、速度の欠如は本来「死」を意味する。
骨格がもたらす筋力補助によって、常人では反動に耐えられない重火器や高出力兵器を軽々と扱う彼らにとって、鈍重な標的はただのサンドバッグに過ぎないからだ。
だからこそ、坂上は定石通り、その「関節」を狙った。
人体、あるいは人型機械において唯一ガードが困難な急所。膝。
坂上は残像を残すほどの速度で銀次の背後へ回り込み、その関節の隙間へ高周波ブレードを深々と突き立てた。
だが――。
――パキンッ!!
乾いた硬質な音がドームに響く。
坂上のブレードは、銀次の膝に傷一つ付けることもできず、根元から無残に砕け散った。
「……なっ!?」
驚愕が思考を支配するより早く、死神の鎌が迫る。
それまでの鈍重さが嘘だったかのような、爆発的な加速。
銀次の高周波刀が、坂上の首を刈り取りに走る。
坂上は反射的に、刀身が伸びる軌道を予測してサイドへ跳んだ。
刹那、彼がいた場所の地面が、まるで熱したナイフを通したバターのように音もなく両断された。
(危ねぇ……。化け物じみた威力だ。
だが、情報は手に入れたぞ)
坂上は着地と同時に、頭をフル回転させて相手を「解剖」する。
銀次の特徴は、大きく分けて三つ。
1.異常な装甲強度と電磁障壁:
全身がサイボーグである強みを活かし、表面装甲が極めて硬い。さらに関節部分にまで電磁バリアが常時展開されており、物理的な「急所」が存在しない。
2.静と動の極端な緩急(一時的なバースト加速):
通常時は出力を絞って熱源を抑え、迎撃の瞬間だけエネルギーを爆発させて超高速移動を行う。
急加速の負荷に耐えられるのは、肉体の大部分が機械だからこそだ。
常にその動きができないのは恐らくオーバーヒート警戒。
3.エネルギーの一元管理:
防御、攻撃(高周波刀)、機動力(加速)。
そのすべてを一つのコアで賄っている。
それが彼の力の源であり、同時に最大の弱点だ。
(……戦略は一つ。「エネルギー切れ」を待つ消耗戦だ)
このフィールドの再構築システムがある限り、致命傷を避ければ負けはない。
坂上は神経外骨格の出力をあえて40%まで引き下げた。
全身に重しがついたような感覚に襲われるが、それでいい。
神経外骨格はあくまで「人間の補助」を目的に設計されており、燃費が極めて良い。
対して、生命維持から戦闘行動のすべてを電気に頼る全身置換のサイボーグは、全力を出せば出すほど活動限界が早まる。
「ヒット・アンド・アウェイ。
……千日手といこうぜ、銀次さんよ」
坂上はナイフのブレードを再度エネルギーを込め、蝶のように舞い、蜂のように刺す一撃離脱を繰り返す。
銀次は苛立ったように刀を振り回すが、坂上の最小限の動きを捉えきれない。
だが、坂上の脳裏には拭い去れない疑問が燻っていた。
(……おかしい。奴は、俺が知る限り裏社会でも名が通った『プロ』だ。
そんな奴が、このレベルの弱点……活動限界の短さに気づいていないはずがない)
高出力戦闘を続ければ、持って一時間。
そんな致命的な欠陥を抱えた「遺物」が、なぜ時代を超えてこれほどの武勇を轟かせることができたのか?
その「答え」に、坂上はまだ、触れていなかった。
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『おいおいおい!! 展開がミリも動かねぇぞ!
どうしてくれるんだよ、この「塩試合」!!
オーディエンスが欠伸で酸欠になっちまうぜ!!
どうなってんだよ、お前の主人はよォ!!』
絶叫するスピットファイアの隣で、Hound<No.34>こと桃井春奈は、氷のように冷ややかな視線をフィールドに向けたまま、淡々と応じた。
『……私に言われても困ります。
何度目かの訂正になりますが、彼は便宜上の「上司」であって「主人」ではありません。
というより、なぜ私が実況席に座らされているのですか?』
『固ぇこと言うなよ桃井ちゃん!
実況には華やかなツッコミ役が必要不可欠なんだよ!!』
『ツッコミ……。
あなたが今のところ、品性のない愚痴を垂れ流しているだけにしか聞こえませんが』
『これぞ「オーディエンスの代弁」! 魂の叫びだぜ!!』
『……はぁ』
春奈は深くため息をつき、それからプロフェッショナルな眼差しで戦況を分析し始めた。
『……どう見るかって?
そうですね。素人目に見ても、坂上さんは攻めあぐねています。
相手の装甲とバリアの密度が想定を遥かに超えているのでしょう。
有効打がない以上、相手の出力低下を待つ「持久戦」を選択したのは妥当ですが……』
『冷静だなー! だがよ、もう30分は経つぜ?
泥仕合も極まれりだ』
『……30分?』
春奈の思考回路に、致命的な違和感が走る。
『……あのレベルの高出力兵器を常時展開し、全身置換の重い機械化ボディを動かし続けて、30分以上?
通常の次世代バッテリーでも、そんな芸当は不可能です。
なぜ、あのサイボーグの出力は減衰しない……?
そんなバカな……』
春奈は嫌な予感を抱きながら、再びフィールドへと目を向けた。
「……ッ、ハァ、ハァ……!!」
坂上の神経外骨格は、出力を40%に抑えているにも関わらず、残量は既に6割を切っていた。
だがそれよりも致命的だったのは全身を包む疲労と、神経を削るような集中力の摩耗。
対して、眼前に立つ「銀次」という名の鉄塊は、一時間前と全く変わらぬ威圧感を放ち続けている。
その高周波刀を見れば、異常さは一目瞭然だった。
大気を焼き、空間を歪ませるほどの高密度エネルギー放出。
あれを維持するだけで、並のサイボーグなら数分で干渉計が焼き切れるはずなのだ。
「……何か、致命的な勘違いをしていませんか?」
思考の隙間を突くように、銀次の低く重い声が響いた。坂上の動きが止まる。
「軽く秘密を教えてあげましょうか。
私の体には、活動限界などという概念は存在しない。
この胸部には、小型化された『原子力発電プラント』が組み込まれているのですから」
「……原子力、だと?」
坂上の脳裏で、これまでの断片的な情報が急速に形を成していく。
銀次が語った、前崎が潰した不動産屋、不動産お抱えの技術者、そして違法に改造した銀次の肉体。
「……なるほどな。パズルが解けたぜ」
坂上は愛用のナイフを握り直し、毒づくように笑った。
「お前ら、ただの犯罪者じゃねぇ。
違法エネルギーの開発に手を出した面子だな?」
すべてのピースが一致した。
銀次が静かに肯定するように刀を構える。
その輝きは、坂上の神経を焼き切らんばかりに増していった。




