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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:043 銀次

「そういえば、まだあんたの名前を聞いてなかったな。何者だ、お前」


坂上は、テーブルナイフとは思えない鋭い断ち切りを紙一重でかわしながら、無人の客席を縦横無尽に駆け回る。

相手の攻撃は苛烈だが、坂上の目にはまだ「余裕」の色があった。


彼はただ逃げているわけではない。

この狂った状況の全容を把握するため、目の前の異形から情報を引き出し、同時にいつでもソウを援護できる位置をキープしていた。


(……まあ、かつて俺を袈裟懸けに斬りやがったクソガキを助けるのは、虫唾が走る作業だがな)


そんな毒づきを脳内で完結させた瞬間、ターミネーター然とした男がナイフを振り切り、ピタリと足を止めた。

重機のような静寂を経て、男はようやくその重い口を開く。


「……銀次。そう呼ばれています」


「銀次、か……。聞いたことがあるな。

 どこだったか……」


「ひと昔前、裏社会の端に名が残っていたかもしれません。

 今となっては、ただの時代遅れの人物ですがね」


銀次はゆっくりと坂上へ歩を進める。

そして、真夏の日差しを遮るように着込んでいた重厚なロングコートを脱ぎ捨てた。


そこに現れたのは、もはや「人間」とは呼べない鉄の塊だった。

坂上の記憶が蘇る。


「……思い出した。

 小室組の最終兵器とかで話題になった『サイボーグ(全身置換)銀次』か。

 脳と脊髄以外のすべてを機械にすげ替えたという……」


「正確には、小室組には客分として身を寄せていただけですがね。

 所属という縛りは好まないので」


「逮捕されたと聞いていていたんだがな」


「前崎政権による混乱に乗じて、どうにか這い出しましたよ。

 頭さえ無事なら、身体などいくらでも替えがきくのが、この肉体の唯一の利点ですので」


「おい!クソザル制度じゃねーか!前崎さんよぉ!!」


仕切りなおすように銀次の体の機械の隙間からプシューという排熱の蒸気が立ち上る。


「まぁ……なるほどな。事情はわかった。

 で、お前はただの陽動係だろ?

 お前の言葉を信じるなら、ここでお互いに消耗するのは損だ。

 どうだ、ここで手を打たないか?」


「……提案の意図は?」


「見ろよ、あっち」


坂上が顎で示した先では、符宵がソウ(アリア)と手を繋ぎ、何事もなかったかのようにスタジアムを後にしようとしていた。

遠くから見れば学生同士の帰り道にしかみえない。


「陽動が目的なら、あいつらが消えた時点でもう十分だろ。

 大人しく消えてくれねーか?

 まあ適当にその辺遊んどいてくれや」


「…………」


銀次は数秒の間、思考回路を沈黙させた。

そして、冷徹な機械音のような声で断った。


「お断りします」


「……なんでだよ。割に合わねえだろ」


「武人として、あなたと全力で戦いたい。

 ……理由はそれだけです」


「なんだそりゃ。前科持ちのサイボーグが、今さら騎士道精神か?」


「……否定はしません。

 私は、この肉体になって以来、思い切り戦うという自由を奪われてきた。

 加減を誤れば、相手をただの肉片に変えてしまう。

 私の力に耐えられる人間など、この世にはいなかった」


銀次の黄金色の瞳が、一層強く輝く。


「だから、羨ましかった。

 このフィールドのシステムが。死しても瞬時に再構築されるこの空間なら、私は初めて全力を出すことができる。

 壊すことを恐れず、ただ一人の戦士として果てることができる」


坂上は何も言わず、その独白を受け止めた。


「……それが成り立てば、満足して一般人には手を出さない、と信じていいんだな?」


「ええ。私の役割はHound(ハウンド)と幹部クラスを釘付けにすること。

 それさえできれば役目は全うしたことになります」


「……後の人生はどうするつもりだ?

 逃げ切ったとしても、そんな体じゃメンテナンスも大変だろ」


「実は、この生命維持装置の設計者は、かつての『不動産屋』傘下にいた技術者でしてね。

予備のパーツは、あともう一つ。

それが尽きれば、私の全機能は停止します。

前崎総統が『不動産屋』を根こそぎ掃除してくださったおかげで、私の主治医たちは今ごろ、更生施設の最深部ですよ」


銀次の言葉には、悲哀も、ましてや前崎に対する恨みもなかった。

それは、寿命の尽きかけたバッテリーが残量を淡々と表示するように、ただ確定した未来を述べる機械的な事実の羅列だった。


「……なるほどな。要するに、畳の上で死ぬ気はねぇ。

最高の死に場所を探しに来たってわけだ」


「小室組の世話になった方からの依頼でしてね。

 戦って死ねるのであればなんでもよかったのですよ。

 終わった後は肉なり焼くなりなんでもしてもらって構いません.。 

 このまま死を待つよりはよっぽどマシです」


銀次の黄金色の瞳が、最期の輝きを放つように瞬く。

坂上はふう、と長く、重いため息を吐き出した。


「わかったよ。

 そこまで俺と殺し合いたいってんなら……最高のステージを用意してやる。

 少し待ってろ」


坂上が懐から電子デバイスを取り出し、特定の暗号回線を開く。


『おい、聞こえるか?』


「そんなことをしなくても、すぐ傍にいますよ。坂上さん」


背後から、一切の気配を感じさせない無機質な声が響いた。

そこに立っていたのは、Hound (ハウンド)<No.34> こと桃井春奈。

かつて殺し合い、なぜか俺に世話を焼く係に任命された女だ。


「……相変わらず暇だな、お前。なんでこんなところにいる?」


「あなたの監視が私の現任務ですから。

 野放しにすれば、あなたがどこへフラフラと消えるか分かったものではないので」


「そりゃあどうも。で、今の話、聞いてたか?」


春奈は感情の欠落した瞳で銀次を一瞥し、それから坂上に向き直った。


「あの再構築フィールドのシステムを、個人的な決闘のために占有したい……そう仰るのですね?

 全く、国家元首が今まさにテロリストの襲撃を受けているというのに、現場指揮官になられる方が何を言っているのです?

 状況を理解していますか?」


「あぁ、アイツ(前崎)の課題だろ? そんなもん、俺の知ったことか。

 俺は今、目の前の客の終活を手伝うので忙しいんだわ。

 つーか、残業にもほどがあるだろ」


坂上の投げやりな言葉に、春奈はわずかに沈黙した。


「……了解しました。

 幸い、システムの起動はすぐできます。

 Hound(ハウンド)で共有されているので。

 ついてきてください。

 それと事後報告に関してはしっかり書いてくださいね」


「へいへい」


そう言い残すと、3人はドーム中心部のフィールド制御ユニットへと、滑るような足取りで向かっていった。

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