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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:041 辞表

前崎が国家に対して剥き出しの牙を剥いたあの日、公安調査庁の空気は凍り付いていた。

その沈黙を破るように、二通の辞表が事務机に叩きつけられた。


一人は高宮。

前崎班の「眼」として、数多の標的を長距離から排除してきた天才狙撃手だった男。


もう一人は黒岩。

鍛え抜かれた巨躯と鋼の精神を持ち、都市型掃討戦において右に出る者はいないエキスパートだった男。


共に死線を潜り抜けた友であり、ライバルでもあった二人が、偶然とはいえ(必然的だったともいえるかもしれないが)同じタイミングで組織を去ろうとしている事実に、先に口を開いたのは高宮だった。


「黒岩……お前もかよ。

 まだお前も公安で出世できただろうに」


「高宮、それはこっちのセリフだ。……理由は、言わずもがなだろう」


黒岩の硬い声が、殺風景なオフィスに響く。


二人は廊下のベンチで話した。

お互いにもうここにくることはない。

数週間後には完全な部外者になる。


「総理を暗殺し、その椅子に座った男の倫理観で動く組織だぞ。

 そんな公安に、俺の背中を預ける価値があると思うか?

 国家の犬ではあっても、人殺しの駒になるつもりはない。

 これから子どもに職業をなんと説明すればいい?

 俺にはわからない」


それは、公安としての、そして人間としての矜持に基づいた至極真っ当な正論だった。

私情を排し、秩序を守るために生きてきた黒岩らしい答えに、高宮は言葉を失った。


「……お前の方はどうなんだ」


黒岩が、視線を落としたままの高宮に問いかける。


「前崎さん……いや、前崎。

 あの日、広島の平和記念公園で彼を仕留め損ねたのは、他でもない俺だ。

 スコープ越しに、奴の眉間を捉えていた」


「あれは仕方のない状況だっただろ?

 聞いた限りの話ではな。

 身内を、しかもあんな場所で撃つなど、予想できる方がどうかしている。

 俺は参加すらしていなかったのだから。

 産休とはいえな」


黒岩が慰めるように言うが、高宮の瞳に宿る暗い炎は消えなかった。


「違うんだ、黒岩。俺は、一瞬だけ躊躇した。

 ……引き金を引く指が、コンマ数秒だけ凍り付いたんだ。

 あの時、迷わずに撃ち抜いていれば、今のこの歪な独裁国家は誕生していなかった。

 この未曾有の混乱は、俺の判断ミスが招いた結果なんだよ」


「高宮……」


「だから、俺はこの過ちを自分の手で清算する。

 組織を抜けてでも、俺にしかできないやり方でな」


「待て、それはどういう意味だ!

刺し違えるつもりか!?」


黒岩が鋭く問い詰めるが、高宮は既に踵を返していた。


「……ほっといてくれ。

お前にはお前の正義があるように、俺には俺の落とし前がある。

 ……家族によろしくな」


それが、公安の庁舎内で交わされた、二人の最後の会話となった。

一人は「家庭」を守るために去り、もう一人は「罪」を贖うために修羅の道を選んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『流石ですね、先生。

 あの一発で仕留められずとも、奴らを警戒させるには十分ですよ』


通信機越しに響いたのは、小室組の若頭の卑屈な笑みを含んだ声だった。

国家が秘匿するはずの特注ライフルと、抗バリア弾頭。

それらを闇ルートで調達し、この狙撃ポイントを確保したのは、表社会から弾かれたこの男たちだ。


位置はドーム付近の建設中の建物の中。

中にいた警備の人間はすでに倒されていた。


高宮はスコープから目を離さず、冷徹に言い放つ。


「……あの人が、この程度で死ぬわけがないでしょ。

 ほら、予定通り陽動を開始しろ。

 一秒でも長く奴の意識を地上へ繋ぎ止めておけ。

 次で、その頭を抜く」


『合点だ。……オラァ! 野郎ども、もういいぞ!!

 全員飛び出しちまえッ!!』


若頭の持ったメガホンの号令を機に、観客席に紛れていた数十人の暗殺者と扇動家たちが一斉に牙を剥いた。

悲鳴が上がり、平穏なスポーツの祭典が阿鼻叫喚の地獄へと塗り替えられていく。

だが、暴徒たちが獲物に手をかけるより早く、無機質な「影」たちが動いた。


前崎直轄・クローン部隊「Hound(ハウンド)」。


彼らは群衆のわずかな発汗、不自然な心拍の乱れ、そして瞳孔の収縮をミリ秒単位で解析し、疑わしい個体を事前にマークしていた。

乱闘が本格化する前に、最前列の暗殺者たちはHoundの無慈悲な制圧術によって、物言わぬ肉塊へと変えられていく。


だが、その鉄壁の防衛網を、暴風雨のように突き破る二人の「異物」がいた。


「――(ホウ)ッ!!」


一人は、幼い面立ちの少女。

しかしその小さな掌から放たれるのは、装甲を透過し内臓を直接破壊する浸透勁――「発勁」だ。

彼女が舞うたびに、強靭なHoundたちが麻痺し、浅黒い肌を震わせながら頭蓋を砕かれていく。


「……ふんっ!!」


もう一人は、白髪にサングラスをかけた長身の巨漢。

その肉体は鍛え抜かれたという表現を超え、まるで重機そのものだ。

Hound(ハウンド)の銃撃を意に介さず、正面から装甲ごと千切り捨てるその姿は、往年の映画に登場する殺人機械(ターミネーター)そのものだった。

事実銃弾を皮膚で弾いている。


その怪物二人の前では、Hound(ハウンド)の組織的な制圧すら赤子の手を捻るに等しい。


「おいおい……勘弁してくれよ。

 俺、さっきまで全力で戦ってたばっかりだぞ……!

 残業なんて聞いてねーぞ……」


瓦礫を跳ね除け、辟易した表情で現れたのは坂上だった。

その横には、静かに息を整えるソウが並び立つ。


「守るべき国民がそこにいるのです、坂上さん。

 ……さあ、頑張りましょう」


「……ハッ、元テロリストが『国民を守る』なんて、どの口が言ってやがる」


皮肉を吐き捨てながらも、坂上は愛用の武器を構えた。

血塗られたスタジアムを舞台に、国家、裏切り者、裏社会、そして人外たちが入り乱れる、真の「総力戦」の幕が上がった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お、あなたが私の相手をしてくれる人っすか!?」


阿鼻叫喚のスタジアムで、その少女だけが遠足にでも来たかのような無邪気な声を上げた。

ソウの前に立ち塞がったのは、浅黒い肌の小柄な少女。

しかしその足首には、重厚な金属製の足枷を引き千切ったかのような無残な鉄の残骸が、今も不気味にぶら下がっている。


「やあ、こんにちは。僕の名前はソウ。

 ……できれば平和的に、あなたを制圧させてもらいます」


ソウは努めて冷静に、しかし戦士の視線で彼女の重心を測る。


「丁寧にどうも! ハオ! 私は『僵尸(キョンシー)』の符宵(フーシャオ)! よろしくっす!」


(ハオ……中国語? ということは、背後で糸を引いているのは梁智衡(リャン・ジーフォン)か?)


大陸の影を感じさせる挨拶に、ソウの脳内は警戒を引き上げた。

だが、それ以上に聞き捨てならない単語があった。


「……僵尸(キョンシー)?」


「はい! そうっす! 符宵(フーシャオ)僵尸(キョンシー)っす!

 本物の化け物なんで、そのあたり、お手柔らかによろしくっす!!」


「もっと僵尸って陰鬱なやつかと思っていたよ。

 君は元気だね。

 こっちが疲れるぐらいに」


「ハハハ!よく言われるっす!

 でもこれが符宵の取り柄っすから!」


符宵は屈託のない笑顔を浮かべながら、懐から不気味な文様が記された呪符を取り出し、指に挟んで構えた。

その指先から漏れ出るのは、生身の人間からはおよそ感知し得ない、凍てつくような死気だ。


「じゃあ、やりましょうか! 元・天才ピアニストのソウ殿!」


「……ケンみたいな呼び方をするんだね。

 僕たちのことを、随分と詳しく知っているのかな?」


「そうとも!貧民街の憧れっすよ!

 アダルトレジスタンスは!」


単なる暴徒ではない。自分たちの経歴も能力も把握した上での、精密な刺客だろう。

ソウは愛用の手斧を握り直した。

ピアニストとしての精密な指先が、今は戦士の凶器へとその役割を変える。


だが僕たちが憧れか。

言われて気分は悪くない。


でも切り替えよう。

彼女は敵だ。


「化け物退治は僕の専門じゃないけれど……、まあ君の手足を捥ぐ程度はできそうだ」


「そう簡単にいかないっすよ!」


二人が客席でオーディエンスに見守られながら激突した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ターミネーターを彷彿とさせる巨躯。

白銀の髪をなびかせた長身の男が、ゆっくりと指先でサングラスを外した。

露わになったその双眸は、生物学的限界を超えた色――不気味な黄金色に発光していた。


「お初にお目にかかる。坂上慎二。

 あなたの武勇は、かねてより聞き及んでおりますよ」


殺戮の最中にありながら、サングラスを外して一礼するその所作は、奇妙なほどに洗練されていた。

疲労のせいで思考の解像度が落ちている坂上は、「化け物のくせに随分と礼儀正しいじゃねえか」と、戦場には不釣り合いな感想を抱いていた。


「……有名人は辛いね。俺を知っているのか?」


「先ほどまで、あそこで演じられていた極上の闘争――拝見しておりました。

 実に見事な立ち回りだ」


「そうか。そいつは光栄だ。

 ……なら、ついでに空気を読んで退いてくんねーか。

 見ての通り、今日の俺はもう、お腹いっぱいなんだわ」


「そうはいきません。

 契約として、ここで暴れろと命じられておりますので」


「暴れるだけ? 特定のターゲットがいるんじゃねえのか」


「もちろん、他に首に十億の金がかかった標的もいるとは聞いています。

 ですが、我々を雇ったクライアントにとって、それはより上位の……何ランクか上の連中の仕事。

 我々はあくまで末席として、舞台を整えるだけです」


淡々と、しかし絶対的な殺意を込めて男は告げる。


「……依頼者の名は?」


「それはお答えできかねます。

 それが『仕事』というものですから」


「……だよね。世の中、そう甘くねえか。

 じゃあ、わかったよ」


坂上はため息をつき、使い慣れた愛用のナイフを抜き放った。

その切っ先を巨漢の喉元へ向ける。


「死ぬ直前になったら気が変わるかもしれねえ。

 そん時に、またゆっくり話をしようぜ」


「……いいでしょう。

 死者の言葉に耳を傾ける余裕があれば、の話ですが」


男は事もなげに、どこかのレストランから持ち出したような、無機質な「テーブルナイフ」を手に取った。

ただの食器が、その怪力と黄金の瞳に呼応するかのように、一瞬で最凶の凶器へと変貌する。


鋼のぶつかり合う予感が、スタジアムの空気をさらに重く、鋭く、研ぎ澄ませていった。

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