File:040 第3回戦リザルト
塵と化した肉体が、フィールドの再構築システムによって分子レベルで編み直されていく。
生身の皮膚が瑞々しく再生を遂げて、最後に神経外骨格のフレームが逆再生のように光に包まれながら再生した。
先に意識を覚醒させたのは、前崎だった。
「……ここは?どうなった?」
掠れた声とともに目を開く。
対面で横たわるシュウよりも、自らの肉体の再構成速度が上回っている事実に、彼は現状を冷徹に把握した。
「そうか……あいつが自爆して……。
ふざけた置き土産を残しやがって」
記憶にある限り細胞を連鎖的に崩壊させ、小規模ではあるが熱量と放射線を叩きつけたような印象だ。
ジュウシロウも同じ仕組みなら、彼らを殺す場所を誤れば、都市一つが容易に消滅するということだ。
「……死してなお、確実に他人を道連れにする仕組みか。
全く、死んでも足を引っ張るなよ」
シュウの再構成が完了し、少年が激しく咽せながら目を開けた。
「……ハッ、ガフッ……!!
なんだ……? 何が起こったんだよ……」
「お前の負けだ。このクソガキが」
呆然と背を起こすシュウの頭を、前崎が容赦なく叩いた。
「いっ……てぇな!? 何すんだよ、お前!!」
「何もクソもあるか。
決着のアナウンスが聞こえなかったのか?
それなのに決着がついた後に自爆する奴があるか」
「……自爆? 何の話だ。
俺はただ、あんたを殴り倒そうと……」
「覚えていないのか……。
フン、おめでたい頭だ」
前崎は深くため息をつき、膝の汚れを払うこともなくシュウの傍らに腰を下ろした。
「悪いことは言わん。
シュウ、俺の下に来い。
お前はこんなところで腐っていく奴じゃない」
「……断るね。誰がアンタなんか。
アダルトレジスタンスを裏切った上に潰し、俺たちを穴あきチーズにしたのお前だろ。
いまさら仲良く軍門に下るとでも?」
「お前は知らないだろうが、ルシアンの英知は、俺の中で完全に吸収されている。
お前の中にいる不動とは違って人格はないがな」
「……それがどうした? だから協力しろってか?
まだあのおっさんの方が信頼できるね」
「いや。俺なら、ルシアンですら成し遂げられなかった夢をこの国に導き出せる。
どうだ?結果は少しずつ出しているとは思わないか?
事実犯罪は減った」
「……勝手なこと抜かしやがって。
それが事実だとしても組む気はねぇ。
俺は、俺たちを裏切り、利用し、使い捨てたお前らへの恨みを忘れたわけじゃない」
シュウが再び、再構成されたばかりの刀を抜き放つ。
『おーっと!! 試合終了後の静寂を破り、シュウが再び抜刀!!
これは不服申し立ての場外乱闘かァ!?』
だが、前崎は構えようともせず、哀れみすら含んだ眼差しで少年を見つめた。
「……シュウ。お前の肉体、おそらく既に"癌"に侵されているぞ」
「……あ?」
「お前たちのような人間かどうかもわからないほど肉体が変質した奴らが これほどまでに細胞を酷使し続けて、無傷でいられると思っていたのか?
さっきの自爆もそうだ。
癌っていうのは遺伝子異常の一種だぞ。
細胞を再生し続けるごとにさらに悪化するぞ」
「……まだ、俺は十代だぞ。脅しならもっとマシなのを……」
「だから言っているんだ。
手遅れになる前に来い。
俺の設備なら、遺伝子異常を定期的にケアし、お前の命を繋ぎ止められる」
シュウが言葉に詰まり、重苦しい沈黙がフィールドを支配した、その時。
いつの間にか背後を取っていたジュウシロウが、前崎の首筋に冷たい殺気を突き立てた。
いつでも前崎の体を貫通できるように構えをとる。
「……何の真似だ」
「あんたに、一つだけ確認したいことがある。
……カオリはどうした?」
前崎は眉ひとつ動かさず、背後の巨漢に答えた。
「……彼女か。
クーデターを画策した容疑で、現在は更生施設に留めている。
外部へのアクセスはすべて遮断したが、命は保証しているよ」
「その話、詳しく聞かせてもらおうか。
アダルトレジスタンス崩壊の直後、何が起きたのか。
……その真実次第では、俺たちはあんたにつく」
「正気か、ジュウシロウさん!!」
シュウが叫ぶ。
だがジュウシロウの目は、前崎ではなく、さらにその「外側」を射抜いていた。
「シュウそれだけの話じゃないんだ」
「ジュウシロウさん、どういう意味だ?」
「……なんだお前、気づいていないのか?
俺たちの周囲、既に暗殺者どもに完全包囲されているぞ」
前崎がその言葉が終わるよりも早く、乾いた銃声が沖縄の空を切り裂いた。
弾丸は、無防備なシュウの眉間を寸分違わず狙っていた。
だが、その死の飛来物は、着弾の直前に青白い火花を散らして弾かれた。
「……これだけ戦いを見てまだあなたの首を取りたがる人がいるみたいですよ。
シュウ」
「ちっ!金欲しさの雑魚どもが!!」
ケンの展開した電磁バリアが、まだ空中で歪んでいる。
「ジュウシロウ。お前の条件はわかった。
だが、この包囲網を突破するのが先だ。
Houndの増援にも限界がある。
……一時的に、手を組まないか?」
前崎は首筋のテレパシーカフスを起動し、ノイズ混じりの思考を飛ばす。
「……承知した。だが、背後から撃つような真似をすれば、その瞬間に貴様の首を捩じ切る」
「やれるものならな」
かつての敵同士が、殺気の混じる背中を合わせる。
守るべき背後があるという皮肉な安堵感が、皮肉にも彼らの戦術的合理性を研ぎ澄ませていった。
『一ノ瀬、聞こえるか。観客の避難状況を報告しろ』
『……芳しくありません。
出口付近に潜伏者が確認されています。
下手に動かせばパニックを誘発する可能性が捨てきれません』
『わかった。今いるハウンドは全機、観客の肉壁に回せ。
暗殺者は俺たちが直接処理する。
……狙いはシュウの首か?』
『……傍にアダルトレジスタンスの残党はいますか?』
『聞こえないように会話している。
話せ』
『前崎さん、先ほどシュウの「死亡判定」がシステム上で確定したことで、龍門の遺産10億ドルは既に日本銀行の貴方名義の口座へ振り込まれています。契約は履行されました。
前崎さんの狙い通りです。
にも関わらず、これだけの規模の暗殺者が投入されているとなると、目的は懸賞金だけではない……』
『……単にまだ契約が達成されたことに気づいていないだけじゃないか?』
『いいえ、この状態の前崎さんからでも奪える方法があります。
日本銀行の総裁が実は親が中国人の日本人に変わったのご存じですか?
和名で誰も気づかなかったようですが……』
『……知らなかったな。
そうかそういうことか。
龍門の遺産を受け取った俺ごと消して、金を国庫へ直接還流させるつもりか。あるいは……』
『可能性は無数にあります。
追加でハウンドを増援に送ります、客を優先しますが少々持ち堪えてください』
『あぁ、任せ……ッ!?』
前崎の思考が、物理的な衝撃によって断絶した。
飛来した超高速弾が、前崎が展開していた最高密度の電磁バリアを、まるで濡れた紙のように容易く貫通。
彼の右耳を浅く掠め、背後のコンクリートを粉砕した。
(抗バリア弾頭!? 馬鹿な!!
公安や自衛隊の特殊作戦群でも極一部にしか秘匿流通していないはずの代物だぞ!)
導き出される結論は、冷酷なまでにシンプルだった。
「痛てぇな……元国の連中が、直接掃除しに来たというわけか」
弾道の延長線上。
陽炎の向こう側で、神経外骨格を纏った狙撃兵が、スコープ越しに前崎を凝視していた。
レンズの奥にある、一切の迷いがない冷徹な瞳。
「流石ですね、前崎さん。
あの一発で終わらせてくれないとは……
相変わらず暴力官僚と呼ばれるだけのことはありますね」
スナイパーライフルを装填しなおす。
その男はかつて前崎班として苦楽を共にした男。
高宮省吾。
公安でも屈指のスナイパーが国を狩る側に回った瞬間だった。




