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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:038 第3回戦③

「有り余る才能は身を滅ぼす」という格言がある。


それは、天賦の才に溺れて生きる者が、その輝きが通用しなくなった瞬間に脆く崩れ去るという、傲慢さへの警鐘として語られてきた。努力を知らぬ天才が壁にぶつかった時、彼らには這い上がるための足場も、泥を啜る覚悟も残されていないからだ。


だが、それほどまでに巨大な、人生を狂わせかねないほどの才能に人間が焦がれるのもまた、抗いようのない事実である。


例えば「容姿」という名の特権。

整った顔立ちさえあれば、それだけで人生の難易度は劇的に下がり、あらゆる門戸が自ずと開かれるという言説は、残酷なまでに真理を突いている。


あるいは「出自」も同様だ。

親という名の配牌は選ぶことができない。

生まれながらにして持ち得た環境という資本は、個人の努力を嘲笑うほどに強力な初期装備となる。


これらはすべて「外観」の話であり、他者の目にも明らかな、記号化しやすい価値である。


しかし、真に恐るべき才能は、その深淵に隠されている。

「集中力」や「記憶力」。

そうした内面的な資質は、誰の身の内にも種として存在する。


だが、その発芽に気づかぬまま、多くの人々は己の内に眠る巨龍を起こすことなく、静かに死んでいく。


また、才能というものは、常に社会的な価値と結びつくとは限らない。

「寝るべき時に起きていられる才能」や、「際限なく怠惰に耽ることができる才能」を持っていたとしても、それを活かす場がなければ、それはただの欠陥として処理される。


だが、人は「能力」を拡張することができる。

単一の才能だけでは限界がある。

しかし、複数の異質な能力を組み合わせ、掛け合わせることで、人は初めて代替不可能な「価値」へと昇華されるのだ。


もし――自らの才能を完璧に自覚した人間が、その資質に合わせて能力を極限までブーストさせ、さらに、その負荷によって身を滅ぼさぬほどの強固なバックアップを手に入れたとしたら……。


そういった人間は現実世界で存在する。


「化け物」あるいは「神」と世の中で比喩される連中である。


そんな世の認識と、いま目の前に広がる光景との間には、致命的な相違点がある。

目の前の男が、比喩でも誇張でもなく「本物の化け物」へと変貌しているという点だ。

決して崇めたり支持される「神」には見えない。


「……正真正銘、化け物の類だな。これは」


不動が低く呻く。

前崎の額には太い血管がのたうち回り、その瞳は毛細血管のすべてが弾けたかのように深紅に染まりきっている。

あろうことか、魂を込めた渾身の抜刀を「素手の白羽取り」で止めてのけたのだ。


もはや言葉が通じる段階ではない。

荒い呼気とともに滴り落ちる唾液。

その鋭い眼光は、理性ある最高指導者のものではなく、獲物を屠ることを至上の喜びとする捕食者(プレデター)のそれだった。


『攻守逆転!! あの超速抜刀を片手で受け止めやがっただとぉぉ!?

 信じられねぇ!!

 人間にそんな芸当が可能なのかよ!?』


『ええ。可能ですよ、スピットファイアさん。

 前崎総統の集中力は、もともと飛来する弾丸の軌道すら静止画のように認識できるレベルにあります。

 ただ、これまでは肉体と脳がその負荷に耐えきれず、瞬時にオーバーロードを起こしていたに過ぎません。

 ……ですが、今の彼にその心配は無用なようです』


一ノ瀬の解説は、淡々と、そしてどこか誇らしげですらあった。

だがスピットファイアはそんなことがどうしても思えなかった。

スクリーンに映ったあの顔である。


『心配は大ありだろうがッ!!

 国家元首があんな獣みたいな面してんだぞ!?』


『まあ、見ていてください。

 我々の象徴は、これほどまでに強いのだと』


「――ッ!」


前崎が地を蹴った。

中間距離は長刀を操る不動の絶対領域。

ならば、その懐を潰すまで。

ナイフと刀のリーチ差という物理的ハンデを、前崎は異常なまでの踏み込みで無効化しにかかる。


不動は迷わずバックステップで間合いを保とうとするが、前崎の加速がそれを上回る。


(ならば……正面から叩き斬るまで!)


正眼に構えた必殺の一太刀。

しかし、それは前崎の残像を切り裂くにとどまった。


不動と同じ「0から100」への超即時加速。

前崎は紙一重で刃をかわすと、そのまま不動の足に自身の脚を絡め、重心を奪いながら刀を強引に弾き飛ばす。


そのまま、泥臭い「組技」の泥沼へと引きずり込まれる。

かつてジュウシロウに締め落とされた時の忌まわしい記憶が、不動の背筋を凍らせた。


(機動力で……この俺を上回るだと!? だが……甘いぞ!

 俺が何も学んでないと思うなよ!!)


この四年間、ただシュウの意識の底で眠っていたわけではない。

不動は中東の紛争地で培った実戦格闘術「クラヴ・マガ」の理を、シュウの肉体にシンクロさせるように動かす。


1940年代にイスラエル軍で開発された、実戦的でシンプルな接近格闘・護身術。

格闘技的エッセンスというよりも相手を確実に殺すための技が豊富である。


だからこそ、迷わず急所である睾丸を狙い、最短距離で殺しにかかる。

しかし前崎はそれすらも予測していたかのように、不動の脚を強固な4の字ロックで脚を封じ込める。


これによって蹴りの勢いを殺した。


神経外骨格に力を込めようとも外れる気がしない。


それもそのはず、不動の神経外骨格はスピードにフォーカスしているのだから。


不動は自由な手で新たにナイフを抜き放つが、前崎はその腕を自身の腕で絡め取り、神経外骨格の出力を最大まで跳ね上げた。

「自分もろとも折る」ことを前提とした、狂気のトルクを起動させお互いの手諸共を地面に叩きつける。


――メキメキッ、バキィィィィィン!!


「ぐあぁぁぁッ……!!」


不動の悲鳴がスタジアムに木霊した。

互いの腕の骨が、そして装甲のフレームが砕け散る。

それでも前崎の深紅の瞳には、一切の動揺も、痛みへの忌避も浮かんでいない。


だが、その狂気が生んだ一瞬の隙。

背中が跳ね上がる。


不動は背中のブースターを前崎が組み付いたまま、自壊覚悟で強制起動。

最高速。

お互いが地面の摩擦で削っていく。

それでも離すことはなかった。

そしてエリア外縁のバリア壁へと猛烈な勢いで激突した。

頭から突っ込むほどの、凄まじい衝撃が両者を襲う。


だが位置の関係上、

……最初に立ち上がったのは、不動だった。


拘束が解けるやいなや、距離を取りまだ動く左腕で先ほど弾き飛ばされた刀を拾い上げる。


「ハァ……ハァ……!!」


肺を焼くような荒い呼吸を、無理やり整える。

視線の先では、前崎もまた、瓦礫の中から既に立ち上がっていた。


しかし、その片腕は力なく垂れ下がり、右手の神経外骨格からは、激しい火花とともに不気味なショート音が鳴り響いている。

満身創痍。

だが、その赤い瞳の光だけは、一向に衰える気配を見せなかった。


「……利き腕の左腕を潰されてりゃ、流石に詰んでたところだがな。

 運の尽きだな、前崎。

 お前の右腕はもう死んでる。

 ……銃は、封じた」


不動は折れた右腕の痛みを神経外骨格の強制冷却で麻痺させ、唯一動く左腕で長刀を正眼に構え直す。


「――引導を渡してやるッ!!」


不動が背部のスラスターを最大出力で点火。

爆ぜるような加速とともに、正面から全ての慣性を乗せた一撃を振り下ろす。

これほどの速度と重量が乗った斬撃は、先ほどのように「白刃取り」で受け止めることなど不可能。

肉を切らせて骨を断つことすら許さぬ、文字通りの必殺の一撃。


(さあ……どうする前崎ッ!! 抗う術など残っていまい!!)


不動の顔が、復讐の狂気で醜く歪む。


だが――絶望の淵にいたはずの前崎が取った行動は、防御でも回避でもなかった。


踏み込む不動の懐、その「斬撃が最速に達する直前」のタイミングへ、前崎は自身の体ごと弾丸となって飛び込んだ。


――ドォォォォォォォォォォンッ!!!


「なっ……が、はぁッ!?」


抜刀のタイミングを、物理的な激突によって完全に粉砕された。

スタジアムに響き渡ったのは、金属同士が時速百キロで正面衝突したような、耳を(つんざ)く破壊音。


『つ……痛烈なクラッシュ!!!

 抜刀の“起こり”を狙い澄ました、前崎総統の決死のカウンター・タックルだァァァッ!!

 まるで猛牛だ、不動は自爆した形になったか!?』


実況の絶叫が正解を告げる。

不動は前崎の肩口にまともに激突し、蹴飛ばされた空き缶のように、慣性だけに翻弄されてフィールドを転がった。

全身を貫く激痛と、神経外骨格のショート音。

肺の空気がすべて叩き出され、指一本動かすことができない。


ズシン、ズシン、と。

歪んだ視界の向こうから、一歩ずつ死の足音が近づいてくる。


陽炎のように揺れる景色の中で、前崎が残った左手でナイフを逆手に構えるのが見えた。

抗う力はもう残っていない。

その刃が振り下ろされる瞬間、不動は己の消滅を覚悟した。


だが――動いたのは、「不動」ではなかった。


「……舐めんじゃねーぞ、クソ前崎ィィィィッ!!!」


振り下ろされたナイフの刃を、血まみれの手で直接掴み取り、力任せにその軌道を逸らす。


「っ……!?」


前崎の目に、初めて僅かな困惑の色が浮かんだ。

不動の顔に浮かんでいた古傷のような紋様が、急速に薄れていく。

そこにいたのは、亡霊に意識を乗っ取られた男ではない。


「……ハァッ、ハァッ……!!」


肩で息をしながら、怒りに燃える瞳で前崎を睨みつける少年。

――「シュウ」が、地獄の底から戻ってきたのだ。


シュウは掌を切り裂かれながらもナイフを離さず、満身創痍の前崎の腹部へ、渾身の蹴りを叩き込んだ。

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