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【☆3.7万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編
159/159

File:037 第3回戦②

不動明。


公安による極秘調査で全身に拷問を受け、皮膚を焼かれた男。


かつて、アダルトレジスタンスのさくらテレビ襲撃事件の混乱に乗じ、衛星兵器サテライトキャノンを発射し民間人を含めて殺そうとしたこと、後に明らかとなったアメリカ副大統領との密約や、その副大統領がアレイスターに始末された事実を含め、彼は常に歴史の影で糸を操ろうとしながら、最後には巨大な力に翻弄され続けた悲劇の男だった。


事件前、彼は前崎に対して激しいライバル意識を抱いていたが、当時の前崎にとって不動は視界の隅にすら入らぬ存在だった。

彼の語る言葉に耳を貸す者はなく、正確にも難があり誰も彼についていこうとはしなかった。


しかし、孤独は彼をより尖らせた。

神経外骨格の汎用マニュアルを編纂した「表」の前崎とは対照的に、不動は個人の反射限界の突破を試すような速度特化型外骨格『ファストトラック』を独自に開発。

かつて前崎をあと一歩というところまで追い詰めた。

その際の敗因は、乱入したジュウシロウによる至近距離の締め技――「重厚な肉体による物理的な拘束」という、速度と知略を誇る不動にとって最も時代遅れの暴力だった。


捕らえられた不動は、メタトロンによってその膨大な知識を強制抽出され、廃人となって死んだはずだった。

前崎はその最期を看取り、知識がシュウへと流れ落ちる瞬間を確かにこの目で見ていたのだ。


だが、あの壊滅劇のわずかな時間で、メタトロンの知識を完全に定着させることは不可能だったはずだ。

しかも安定するまでケアもしていない。

それが今、これほど鮮明に人格として結実しているのは――。


「まるで、身体ごと乗っ取ったようだな」


「その通り。まあ、肉体の所有権はまだ童の方にあるがな。

 勝てぬと悟るやいなや、意識の奥底へ引きこもってしまったわ。

 全く、手のかかる可愛い奴よ」


不動はシュウの指先で、慈しむように自分の頭を撫でた。

その仕草には、人格と肉体の不一致が生む、えも言われぬ不気味さが漂っている。

前崎は喉の奥に不快な塊を感じた。


「ちなみにだ。こいつらのボスであるルシアンも、同じやり方で日本に潜り込んだらしい。

 日本人の器を奪い、中身を入れ替えてな。

 だとしたら前崎、世界中の特権階級が死を克服し、他人の肉体で生き永らえている可能性を考えたことはないか?」


「……否定はできんな。

 肉体置換であれば今の科学なら可能だろう」


「何を言っている。お前が成功例だろ?前崎。

 Hound(ハウンド)とかいう部隊……あれは単なる社会的弱者の救済ではないだろう?

 その中には、お前自身のスペアも数体混じっているはずだ。

 自らを生贄にして権力を保つ……つくづく、救いようのない外道よな。

 でなければフィレンツェで襲撃した際に生き残っているはずがない」


「大義のためだ。個の死など、国家の永続に比べれば些末な問題だ」


「なるほど、実に見事な独裁者ぶりだ。

 ならば、ここでお前を斬り飛ばすのもまた大義。

 ……まあ、この仮想空間では命まで奪えぬお遊びなのが残念だが」


「言っただろう。これはただの運動会だ。

 そう本気になるな」


「なるさ。お前に最大級の恥をかかせ、その冷徹な仮面を剥ぎ取れる絶好の機会なのだからな。

 化けの皮を剥いでやる。皮膚と一緒にな!!」


不動が低く構える。

その瞬間、シュウの纏う神経外骨格が、未知の形状へと変形を開始した。

肩甲骨付近の装甲がスライドし、まるで巨大なスピーカーユニットのような、同心円状の排気孔が形成される。


「さあ。()こうか」


不動が、流麗な抜刀の構えをとる。

鞘から刃が放たれる予備動作と同時に、背後のユニットから爆発的な圧縮空気が放出された。


(ブースターか……!? いや、それだけではない!)


抜刀術の加速を、噴射によってさらに倍加させる超高速の初動。

前崎は距離を取る判断を捨て、あえて踏み込んだ。

抜刀された刃のリーチが未知数である以上、最も威力が増す「先」で受けるよりも、懐に入って軌道を逸らす方が生存率は高い。


だが、その判断すら不動の読みの内だった。

噴射ユニットは単なる直線加速ではなく、0から100の動きをミリ秒単位で切り替え、三次元的な「揺らぎ」を生み出す。


そして、ついにその一撃が放たれた。

前崎の目が追いつくよりも先に。


「――秘剣・山降やまおろし」


斜めに走る閃光。

かつてビルを2棟も切り落とした技。

前崎は反射的に紙一重で回避の挙動に入ったが、それはすでに「読み」の範疇だった。

不動の動きは単なる抜刀に留まらず、ブースターの慣性を利用した連撃へと完全に最適化されている。


秘剣・銀翼(ぎんよく)


相手を360°包囲しながら近距離で襲う剣戟。


明らかに人間として無理のある動きの速度だ。

まるで自分たちが使っている「モーション・プリセット」のような……。


「お前たちが考えつく程度のことが、この私に考えつかぬわけがないだろう?」


回避したはずの死角。

逆噴射によって強引に方向転換された返し刃が、前崎の右腕を肘下から無慈悲に薙ぎ払った。


「――ぐッ!?」


スタジアムに鮮血が舞う。

一瞬の静寂。そして、スローモーションのように宙を舞う右腕。

格闘の「次元」そのものが、シュウという器を借りた亡霊によって書き換えられていた。


『おぉーっとォォォォ!? 右手が逝ったぁぁぁぁぁぁ!!!

  まさか、まさかの欠損!

 日本の絶対君主、総統前崎がバラバラにされちまうのかァァァッ!?』


スピットファイアの絶叫に呼応し、観客席からは悲鳴と怒号が入り混じった地鳴りのような音が響く。

前崎は初めて、自身の首筋を冷たい指でなぞられるような、濃密な死の感触を覚えた。


前崎は瞬時に落ちた右手を左手で拾い上げ、爆発的なバックステップで間合いを外す。

その足元に転がった数個の球体から、視界を遮断する濃密な煙が噴き出した。


「……煙幕か! 小癪な、時間稼ぎのつもりか!」


だが不動は動じない。大気を支配する術を、彼はすでに心得ている。


「――秘剣・天津風(あまつかぜ)


八十八の型からなる、三六〇度全方位迎撃専用の剣技。

鞭のようにしなる高周波ブレードの乱舞が、荒れ狂う暴風となって煙幕をズタズタに切り裂いていく。


その連撃の合間、六十八手目から六十九手目への継ぎ目。

確かに「肉を断つ」特有の鈍い感触が、柄を通じて脳に伝わった。


「そこだな」


煙が晴れるのを待たず、不動は再び極限の抜刀姿勢をとる。


「――秘剣・山降(やまお)ろし」


今度は低空。地面を舐めるように放たれた横一文字の斬撃。

手の次は足だ。機動力を奪い、五体をバラバラにして地に這わせる。

顔面に刻まれた古傷を疼かせる、どす黒い復讐心。

不動の唇に、嗜虐的な笑みが浮かぶ。


しかし――刃が捉えたのは、手応えのない空虚な大気だった。


「……何!?」


乱雑に振り回された旋風が煙を完全に散らし、剥き出しになったフィールドの中心。

不動は、背後から飛来する数本のナイフを首を僅かに傾けて回避する。


「私に不意打ちは通じん。……私の皮膚のことを、忘れたわけではあるまい?」


かつての事件で全身を焼かれた不動の皮膚は、再生の過程で異常なまでの感度を獲得していた。

気流の揺らぎ、殺気の波動、そのすべてを視覚を介さず感知する。


だが、振り返った不動の目に飛び込んできたのは、予想だにしない光景だった。


前崎の手だ。

確かに切り飛ばし、地に落ちていたはずの右手が、何事もなかったかのように元の位置に収まっている。


「……ふん、なるほど。お前も生物として、相当に身体を弄っているようだな。

 その五体を手に入れるために、何人の同胞を犠牲にした?」


不動が嫌味たっぷりに吐き捨てる。


「もはやお前を『人間』として見てくれる日本人はいないだろう。

 お前は俺たちと同じだ。暴力と欺瞞でしか生きられぬ、血に飢えた獣よ。

 そんな怪物が(まつりごと)など、笑わせるな」


再び、腰を深く落とした抜刀の構え。


「さあ、お前が死に耐えながら無様に足掻く姿を、全国民に見せつけてやろう……!」


空気が凍り付く。

放たれるは、神速を超えた伝家の宝刀。


だが――その絶対の一撃は、前崎の「左手一本」による白刃取りによって、無造作に、かつ完璧に受け止められた。

その刃は握り潰される。


「…………なっ!!?」


不動の驚愕を余所に、前崎の額に青筋が太く浮かび上がる。

血管が破ぜんばかりに脈動し、その瞳は毛細血管がすべて弾けたかのように、不気味な深紅へと染まっていく。


「……何だ?! お前、その姿は!!」


それはもはや、指導者の顔ではない。

地獄の門を開け、そこから這い出してきた悪魔の形相。


「――Die(死ね)


その一言が放たれた瞬間、不動は悟った。

対峙しているのは、もはや言葉の通じる人間ではない。

圧倒的な「暴力」そのものが、人の皮を被ってそこに立っているのだと。

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