File:036 第3回戦①
「いくぜ。……まだ、手を《・》出す《・》な《・》よ《・》」
その言葉が誰に向けられたものか。
直後、シュウの振るう高周波長刀が、空気を焼く音を立てて前崎を強襲した。
だが、前崎は眉ひとつ動かさない。
手にするのは、刺突に特化したミドルレンジ用のタクティカルナイフ。
長刀の圧倒的なリーチに対し、前崎は恐れることなく懐へ潜り込み、超高速の刺突を繰り返してシュウの体勢を崩しにかかる。
舞うような身のこなしで刃を掠め、蜂のような鋭さで急所を突く。
まるで戦場のモハメド・アリである。
ゆえにシュウの斬撃は空を切る。
『なんというか、恐ろしいほどの安定感だな!!
リスクを最小限に抑えつつ、確実に相手を削り取っていく。
……これが“戦う総統”の実力かァァ!?』
『合理主義の権化ですからね。
彼にとって戦闘はいかに一方的に終わらせるかです。
ヒットアンドアウェイという言葉がよく似合いますね』
『へいへい!! そんな塩試合じゃ客が冷めちまうぜ!?
もっとドロドロの殺し合いを見せてくれよォ!!』
スピットファイアの煽りに反し、シュウに焦りはない。
飛んでくる刺突は電磁バリアで最小限にいなしている。
だが、長刀使いにとって、体勢を崩され続け、十全な斬撃のストロークを確保できないのは致命的なはずだった
――もし彼が、長刀しか使えない男であれば。
次の瞬間、シュウが手にしていた長刀のリーチが、エネルギー干渉によって急激に「縮小」した。
長刀の威力をそのままに、刃を小太刀のサイズへと強引に可変させ、前崎の至近距離へと踏み込む。
「……わざわざ近距離を攻めてきたのか?」
前崎が即座にバックステップで距離をとり、牽制の銃撃を開始する。
その手には、先ほど坂上が使用していたものと同系統の四十五口径リボルバー。
リボルバーの装填の弾を見て察する。
(抗バリア弾頭……! まともに喰らえばタダじゃ済まねぇな!)
シュウは小太刀を振るい、銃撃の軌道を歪ませる。
銃弾が空を穿ち、スタジアムの壁面を弾く。
再び両者は初期位置へ戻り、緊迫した沈黙がフィールドを支配した。
「……互角か。あのビルを切り落とした剣技はどうした?」
「……」
シュウは無言のまま、戦術を切り替えた。
神経外骨格が主流となった現代戦において、単発の銃撃は隙を作るだけの行為だ。
狙いをつけた瞬間に、距離を詰められ斬られる。
だからこそシュウは銃を捨て、刀一本にすべてを賭けてきた。
だが、一刀では届かない領域がある。
彼がこの四年間で生み出したのは――。
「二刀流か……。小癪な真似を」
手にしているのは、取り回しの良い二振りの小太刀。
1本の刀だったものを分割したのだ。
シュウは爆発的な加速とともに肉薄する。
フェイントを幾重にも織り交ぜ、前崎の反応がコンマ数秒遅れた瞬間に、最大出力の突撃を敢行した。
「ぐッ……!!」
重戦車のような質量が叩き込まれ、前崎の身体が後方へ吹き飛ばされる。
だが、シュウは追撃を緩めない。
獲物を逃さない熊の如き獰猛さで、前崎の電磁バリアをゴリゴリと物理的に削り取っていく。
前崎が逃げ場を探して別方向に飛んでも、シュウは先回りして刃を置く。
追い詰められ、捌くしかない前崎。
だが、この一方的な攻防の中で、一ノ瀬だけはある「違和感」に気づいていた。
『おーっと!! シュウが盛り返してきたぜ!!
二刀流のラッシュで、あの総統を完全に防戦一方に追い込んでやがる!!
捌くのが精一杯か!?』
『……いいえ。シュウ選手は非常に巧妙です。
彼は現在、南の方向からしか攻めていない』
『あん? どういうことだ!?』
『太陽を背にして戦っているのですよ。
現在は正午を回ったところ……沖縄の強烈な太陽が、北側に位置する前崎総統の視界を著しく奪っている。
宮本武蔵が「五輪書」で説いた、定石中の定石です』
『江戸時代の兵法が、このハイテク戦場で通用するのかよ!!』
『真理は時代を問いません。
おそらく二刀流ももしかしたらそれにインスパイアされたものなのかもしれません。
しかし、前崎総統がこれを知らないはずがない。
それを承知の上で、逃げ場を完全に塞いでいるシュウ選手の技量……まさに圧倒的と言わざるを得ませんね』
解説の通り、シュウは前崎を北側の壁面に張り付けていた。
太陽の眩光で前崎の反応がわずかに落ちる。
それを見逃さなかった。
その隙に、バリアを削りきる――。
(――トドメだ!!)
背後に壁を背負った前崎に対し、シュウは神経外骨格の出力を限界まで引き上げ、双刃を振りかざした。
だが、前崎英二という男は、絶望の淵でこそ最も牙を剥く。
前崎は背後の壁をバックステップの勢いのまま蹴りつけ、斜め前方へと「突撃」したのだ。
それは回避ではなく、シュウの懐を潰すショルダータックルだった。
「なにっ!?」
肩の装甲に極限まで圧縮・集中された電磁バリア。
その硬度はもはや物理的な「杭」だ。
シュウの刃が弾き飛ばされ、空間ができた至近距離で前崎の重厚なバックスピンキックがシュウの腹部を捉えた。
ドゴォッ、という鈍い音が響き、シュウが地面を滑るように後退させられる。
「どうした? ……下から強者を見上げるのは、そんなに心地よいか?」
「てめぇ……っ!!」
挑発に顔を赤く染めたシュウは、二刀を再び一本の長刀へと結合。
鞭のようにしならせ、遠距離から「乱舞」の如き猛攻を仕掛ける。
(――誘いに乗ったな)
前崎が懐から新たな銃を抜き放つ。
それはリボルバーではない。
一発の弾丸を放つためだけに特化された、不気味な輝きを放つ特注の単発銃。
「――超電磁弾」
目にも止まらぬ閃光が、静止した時間の中を突き抜けた。
シュウが振るう刀の密な防壁、そのわずかな隙間を精密誘導されたかのように正確に縫い、弾丸はシュウの腹部を、抵抗なく貫通した。
一筋の鮮血が、放物線を描く暇もなくシュウの背後まで一直線に伸び、コンクリートの壁に赤い線を引く。
「……が、あ、ぁぁぁ……ッ!!」
シュウが糸の切れた人形のように、その場に膝から崩れ落ちる。
「存外早く片付いたな」
「な……なんだよ!!?それ!?」
「超電磁弾だ」
威力そのものは、エルマーが使用した広域殲滅用の『超火炎電磁砲』には遠く及ばない。
戦車級の出力とハンドガンの出力を比較すること自体が無意味だ。
しかし、「近接戦闘において瞬間的に抜刀のごとく構え、一点に狙いを定めることができる」のであれば、それは神経外骨格戦闘において、いかなる刃よりも致命的な「刺突」となる。
銃など持っていない、あるいは使えないと思い込んでいたシュウの慢心が、その臓腑に風穴を空けたのだ。
「グフッ……なるほどな……。
第一試合で見せた坂上の不可解なリロード速度といい、今の、脳の命令を介さないような超高速の構えといい……!
あらかじめプログラムしていやがったな……!
その動き自体を……モーション・プリセットとでも言えばいいのか……!?」
シュウが血を吐きながら倒れこみ、見上げる。
「ようやく気づいたか。
生物としての反応速度できる速度はとうに超えているからな。
お前でも反応できまい。
……勝負は決したようだが、どうする?
潔く死ぬか、あるいは軍門に下るか。
軍門にならないならトラウマになるほどの拷問でトドメを刺す」
「……」
シュウは答えない。
傷口を押さえ、ドロリと溢れ出す血を啜るようにして蹲っている。
目を伏せるかのように。
「相変わらず挑発に弱い。
力はあっても、中身はただのガキのままだ」
前崎が冷徹に吐き捨て、トドメを刺すべく再び銃口を向けた、その瞬間だった。
前崎の手にあった特注ハンドガンが、目視不可能な速度で両断され、金属片となって宙に舞った。
「なっ……!?」
前崎は本能的な危機感に突き動かされ、全力のバックステップで距離を取る。
「……勝ちを確信するのが早いのも、相変わらずか?」
シュウの腹部の穴は、目に見えるほどの速度で肉が蠢き、修復されていた。
それだけではない。
彼の顔には、元のシュウには存在しなかったはずの、戦場を渡り歩いた戦士特有の「古傷」のような紋様が浮かび上がり、その瞳は獣のごとき冷徹さと、深淵のような知性を湛えた別人のものへと変貌していた。
「久しいな、前崎」
「……亡霊め。まさか表に出てくるとはな」
そこに立っていたのは、少年シュウではない。
メタトロンを通じて彼に移植された、かつて前崎と殺しあった男――不動明。
「呪われた剣士」が、牙を剥いた。




