File:035 第2回戦リザルト
『決着ゥゥゥゥゥゥ!! 第二戦、勝ったのはジュウシロウだァ!!
この野郎、最後の最後に全部持っていきやがった!
あのチートなんでも野郎を拳で粉砕!!
もはや人間じゃねぇ、歩く戦車だぜェェェェ!!!』
スピットファイアの絶叫がスタジアムを震わせる中、エルマーは地面に這いつくばったまま、呆然と空を見上げていた。
「……今、何が起こったの?」
視界の端に浮かぶホログラムスクリーンには、スローモーションで叩き込まれた一撃の光景がリピートされている。
超電磁砲を放った直後、背後の空間が爆ぜ、意識が白濁した。
あとの記憶がない。
「負けたのか……」
敗北の悔しさよりも、何が起こったのかわからないという純粋な疑問が、エルマーの細い肩を震わせる。
「『フルオフェンスモード』だ。驚かせたな、エルマー」
不意に、背後から影が落ちた。
見上げれば、ジュウシロウが、かつてのようにエルマーの頭を大きな手で「ポン」と撫でた。
全身を粉々にされたエルマーとは違い、ジュウシロウのケガは警備だったため修復も早かったようだ。
「普段、俺は攻撃よりも防御に比重を置いている。
それは仲間を守るためだ。
だが、今日は突貫した。
それだけだ」
「……手加減していたってこと?」
「いや、何があっても大丈夫なようにしていただけだ。
相手が何をしてくるかわからない以上はな」
「そう。ならいいや」
ジュウシロウはエルマーを抱き起こすと、その細い腕を掴んだまま、低い声で問いかけた。
「……エルマー。お前、この四年間、前崎の元で何をされていた?」
「……別に。新しい武器とか、君たちが今着てるような装備のプロトタイプの開発だよ」
「それだけか? お前が、ただ言いなりになっていたとは思えないが」
エルマーは一瞬、視線を泳がせ、吐き捨てるように呟いた。
「……一度だけ、反逆を試みたよ。カオリに唆かされてね」
「……ッ!! 本当か!? カオリはどうなった!」
「……失敗したよ。
それ以来、僕は二度と逆らう気はない。
僕は今の、この不自由だけど安全な環境を気に入っているんだ。
……犠牲も、あまりに多かったしね」
「犠牲……?」
「見せしめだよ。
僕の目の前で、アダルトレジスタンスのメンバーの何人かは処刑された。
僕は裏切りとしては軽微と見做されただけだよ」
ジュウシロウの拳が、みしりと音を立てて握りしめられる。
「あの野郎……! 仲間を、人を、なんだと思っていやがる……!」
「ジュウシロウ。僕らは、彼を完全には否定できないんだよ」
「……なぜだ?」
「僕らは元テロリスト、社会のゴミだ。
でも前崎総統は、歪な形とはいえ、少なくともこの国を循環させている。
経済も、治安も、かつてよりは良くなっている。
……否定するには、実績がありすぎるんだ」
「……それでも、あいつのやり方は間違っている」
「結論や結果さえ出れば、過程の正しさなんてどうでもいい。
今の僕は……心からそう思うよ」
「……そうか。
お前は、昔からそういう冷めた奴だったな」
エルマーはふと表情を和らげ、ジュウシロウの腰に腕を回して抱きしめた。
『おっとォ!! ここで友情のハグだァ!!
死闘の果てに、かつての絆が復活か!? 試合が終わればノーサイド!
これぞスポーツマンシップの極致だぜ、野郎どもォ!!』
スピットファイアの無神経な実況が響く中、エルマーはジュウシロウの耳元で、誰にも聞こえないほどの小さな声で囁いた。
そのポケットに何か入れられた。
ジュウシロウの目が見開かれる。
「……待て! エルマー、それはどういう意味だ!?」
「詳しくは、自分で調べて。
……さようなら、ジュウシロウ」
エルマーはそれ以上何も語らず、突き放すようにジュウシロウから離れると、足早に退場ゲートへと消えていった。
残されたジュウシロウは、自分の手のひらを見つめ、静かに息を吐いた。
(……前崎の足元は、決して一枚岩じゃない。
あいつがわざわざこんな場所で耳打ちしたってことは、そこに隙があるってことだな)
ジュウシロウは、次の戦いが始まるまでの短い静寂の中、フィールドに立ち続けていた。
沖縄の空は、嵐の前のような不気味な静けさを湛えていた。
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「ジュウシロウさん、どうして控室に戻らないんすか?」
砂塵の舞うフィールド。
次戦の露払いとして現れたシュウが、立ち尽くす巨躯に怪訝な声を投げた。
「……エルマーの奴、試合開始前に地中に兵器のパーツを仕込んでいたらしいからな。
念のための警戒だ。
前崎の奴もやりかねない」
「へえ、あいつらしいや。
というか、ジュウシロウさん。
あんなガキ、その気になればもっと簡単に捻り潰せたでしょ。
あんな大技見せるまでもなくさ」
シュウの皮肉に、ジュウシロウは自嘲気味な息を吐く。
「……否定はできんな。
だが、あいつの顔を見ているとな、少しばかり懐かしくて拳が鈍った。
それが正直なところだ」
「最後に跡形もなく粉砕したくせに、よく言いますよ」
「……あいつが本気で俺を殺しにきていたからだ。
ならば、俺も全力を出さなきゃ失礼だろう。
……お前も、あまり甘く見るなよ」
「相変わらずクソ真面目っすね、アンタは。
……まあ、いいや。そういうところ、嫌いじゃないですよ。
俺が前崎の担当でよかったっすわ。
恥かかされた分、きっちり清算しないとな」
「ああ。……頼んだぞ、シュウ」
「任された」
二人は短く拳を合わせ、ジュウシロウは重厚な足音を響かせて退場ゲートへと消えていった。
(……エルマーが耳打ちした「あの話」は、後だ。今はケンと合流して、情報の整理を優先しよう)
ジュウシロウは思考を切り替え、ゲートの闇に身を沈めた。
独り残されたシュウは、深く、長く呼吸を繰り返す。
カチリ、と硬質な音が響き、愛刀である高周波ブレードが抜かれた。
抜き身の刃が、沖縄の陽光を冷酷に跳ね返す。
その視線の先――対面のゲートから、奴が姿を現した。
「よう。シュウ。
……やる気満々といった風情だな。
それと、フィレンツェでは世話になった。
ホテルをぶった切りやがって」
現れたのは、日本の最高指導者、前崎英二。
その足取りには一切の迷いがなく、ただ散歩にでも出るかのような軽やかさが、逆にシュウの神経を逆撫でする。
「……道理で手応えがねぇと思ったぜ。
フィレンツェで俺が斬ったのは影武者だったってわけか。
飛んだ恥をかかされたぜ。
……で、目の前にいるのはオリジナルか?」
「ああ。正真正銘、本物の前崎だ」
「へえ。わざわざ出てきたのか、この舞台に。
リーダー自ら、首を差し出しに?」
「いっただろう。運動会だって。
まあ本音を言えば実力差を見せつけて、お前たちを正式に我が陣営に引き入れるためだ」
その言葉が、シュウの怒りの沸点を瞬時に突き抜けた。
刃が震え、殺気が物理的な衝撃波となってフィールドを伝う。
「なるわけねーだろ、バーカ!! どの口がそれを言ってやがる!」
「いや、無理矢理にでも入れる。
お前たちはもうまともに生きることはできない。
戦場でしか生きることはできない。
私の元でこそ、その牙は最も輝くとは思わないか?」
「……何を言ってやがる?」
「龍門のブラックリスト、最新のトップページにお前の首があったぞ。
賞金は十億ドル。……自覚はあるか?
世界がお前を狙っているのを」
「ハッ!! 向かってくる奴は、どいつもこいつも切り刻んで肥料にしてやるよ!!」
「二十四時間、三百六十五日、死ぬまで警戒し続けるのか?
睡眠中も、食事中もか?」
「全員殺しに行くだけだ。
敵がいなくなれば警戒する必要もねぇ」
「……なるほど。相変わらずの短慮だな。
メタトロンを使ったところで、本質のバカは治らなかったか」
前崎の冷徹な侮蔑に、シュウは笑みを浮かべた。
それは、獲物を屠る直前の捕食者の歪な笑みだ。
「ガタガタ喋んなよ。
俺たちの居場所も、誇りも、全部奪ったのはアンタだ、裏切り者。
……この茶番劇が終われば、改めてお前の首を獲りに行く。
今回のこれは、中国の主席のメンツを立ててやっただけだ。
覚えとけ」
「……よく喋る奴ほど威勢がいいな。
まずはその膝、地に着かせてやろう」
前崎は無造作に、腰に差した量産品のタクティカルナイフを手に取った。
高周波ブレードを構えるシュウに対し、あまりにも貧弱な武装。
それが、シュウへの最大級の侮辱だった。
『さあ、第3回戦!! 今夜のメインイベント、最後の幕が上がるぜぇぇぇぇ!!
我が国の最高指導者!! “戦う総統”、前崎英二!!
フィレンツェでのマフィア襲撃を単身制圧したその実力は、ネットでバズりにバズり、今や世界が恐れる独裁者だ!!
歴代の陰キャ爺首相たちを過去に葬り去る、最も過激で最も危険な男!!
さあボス!! その絶対的な支配力を見せてくれ!!』
「ウォォォォォォォォォ!!」
スタジアムを埋め尽くす狂乱の叫び。
これまでの二戦とは比較にならない、宗教的なまでの熱狂。
シュウは、目の前の男が築き上げた歪な信奉の壁に辟易した。
だが同時に、こいつを大衆の目前で惨めに這いつくばらせる快感を想像し、舌を出す。
『対するは!! アダルトレジスタンスの特攻隊長!!
純粋な“攻撃力”という一点において、この世の頂点に君臨する歩く災害、シュウ!!
イギリスの高級ホテルを一刀両断した動画はあまりにも有名!!
噂によれば天津のマフィアビルもろとも、一族全員を生き埋めにしたとも言われている!!
今夜その刃が切り裂くのは、日本の絶対君主か!?
裏社会のブラックリスト、賞金10億ドルの怪物!! シュウ!!』
シュウに対しても、地響きのような歓声が上がる。
かつてのアダルトレジスタンスに希望を抱き、今なおその「壊し屋」としてのカリスマを支持するアナーキストたちの叫びだ。
二人の視線が空中で激突し、火花が散る。龍と虎。かつての支配者と、かつての反逆者。
『さあ、両者にらみ合う!! このフィールドに、もはや言葉は不要だ!!
ただ殺し合い、生き残った者が正義を語れ!!
LET‘S GO AHEAD――――――――――――――ッ!!!』




