File:033 第2回戦①
フィールドに足を踏み入れたジュウシロウが、まず足を止めたのはエルマーの姿を見たからだった。
正確には、エルマーが纏っている「装備」の異様さだ。
それは身に着けているというより、重厚な機械の塊の中に乗り込んでいると言った方が正しい。
神経外骨格の機能を拡張した、拡張装甲型ユニット。
そのフォルムには見覚えがあった。
「……Proto・Λcellionだったか。
あのSGが壊滅した時に、シュウが使っていたやつに似ているな」
「よく覚えているね。まあ、設計したのは僕だから当然なんだけど。
……どうだい、僕がこんな物騒なものを持ち出してきたことに、何か言いたいことはある?」
エルマーの声は、拡張装甲のスピーカー越しに少しこもって聞こえる。
「”身に着けられるもの”というルールを、そこまで拡大解釈してくるとは思わなかったが……。
まあいい、見た目ほど頑丈そうには見えないな」
「……本気で勝つ気? 君が着ているその旧型の神経外骨格でさ。
それだって、元々の設計図を書いたのは僕なんだよ?」
「覚えているさ。
だが、お前が作ったからといって、俺がこの四年間ただ黙ってそれを使っていたわけじゃない。
俺なりに手を加えた。たぶん、驚くぞ」
「ふーん。まあ、勝手にすればいいよ」
エルマーの突き放すような物言いに、ジュウシロウは一歩踏み出し、ずっと胸に溜めていた問いを投げた。
「エルマー。……お前は、アダルトレジスタンスを裏切ったのか?」
「裏切るも何も、僕たちは負けたんだよ。
国っていう巨大なシステムにね。
だったら、少しでも有利に生きられる場所を選ぶのは当たり前じゃないか。
僕は、僕自身が幸せになれるなら、手段なんてなんだっていいんだ」
「……そうか。やっぱり、お前とは意見が合わないな」
「まだそんなこと言ってるの? 君はもう二十二歳だ。
あのアダルトレジスタンスの看板を背負うには、もう立派な”大人”だよ、ジュウシロウ」
「ああ、そうだな。
だからこそ、今の日本の政権をぶっ潰す。
いずれな。俺たちの居場所を奪ったんだ。
それだけを目標に動いている」
「子供だね。壊した後にどうするかってビジョンが何もない。
こんな前崎総統の”運動会”に簡単に引っ張り出されている時点で、君は何も考えてないのと同じだよ」
「……かもな。だが、それよりも優先すべきことができた。
……カオリはどうした?」
その名を出した瞬間、エルマーの空気が少しだけ変わった。
「ああ……彼女なら、反逆者として総統の手で更生施設にぶち込まれたよ」
「なんだと……!?」
「僕も詳しくは知らないけど、最悪、もう死んでいるかもしれないね」
「……なぜ止めなかった!?」
「彼女が、自分で決めたルールを守らなかったからだよ。
あまつさえ、総統を殺そうと手引きまでしたんだから。……自業自得だ」
あのカオリが、前崎の暗殺を?
信じられない思いと、彼女が一人で背負っていたものの重さに、ジュウシロウの拳が震える。
「でも、彼女は最後まで君のことを思っていたよ。
「ジュウシロウが死んでいるわけがない」ってね。
……正直、僕もソウも君たちが生きてるなんて思わなかったけど」
「……そうか。なら――」
「これ以上は総統に直接聞いて。
……君の話を聞いているとイライラするんだ。
四年も消えてたくせに、今更現れて正論を吐かないでよ。
とっとと終わらせてあげる」
Proto・Λcellionの各駆動部がうなりを上げ、冷却液の循環と共に、青いエネルギーの光が装甲の隙間から漏れ出した。
「わかった。……悪かったな、エルマー」
ジュウシロウは短く謝罪し、迎え撃つように自身の神経外骨格へ赤いエネルギーを迸らせた。
かつての絆を断ち切るような、重苦しい起動音がフィールドに響き渡った。
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『さあ、因縁の同窓会が幕を開けるぜぇぇぇ!!
かつては同じ志を抱いた仲間同士、だが今やその姿は対照的だ!!
第1試合のような肉弾戦とは打って変わり、これはもはや人間とロボットの戦争じゃねぇか!?
ズリィだろ!!
運営さんよ、これってレギュレーション・アウトじゃねーのかよぉぉぉ!?』
スピットファイアの、観客の疑問を代弁するかのような絶叫。
それに対し、実況席の一ノ瀬は余裕の笑みを浮かべてマイクを握った。
『まあ、確かに解釈を極限まで広げてはいますが、身に着けている以上は「装備」です。
それに、スピットファイアさん。
デカければ有利、というほど戦場は単純ではありませんよ?』
『あぁん? どういう意味だよ、副総統サマ?』
『あの「Proto・Λcellion」は、遠目に見ても2メートルを超える巨躯です。
それをサッカーコート程度の広さで運用すれば、どうしても機動性は犠牲になる。
見たところ浮遊ユニットも搭載されていないようですしね。
上空から一方的に……とはならないでしょう。
機敏な動きを捨ててでも、エルマー選手は「圧倒的な出力と装甲」にすべてを賭けた……といったところでしょうか』
『なるほどな! 憎らしいほどに理屈が通ってやがるぜ!!
だが、理屈なんて知るか!
一瞬でスクラップになるような、つまらねぇ勝負だけは勘弁してくれよな!!
俺は純粋にジュウシロウを応援しようか!!
さあ……両者、準備はいいか!!』
二人の戦士が、それぞれのエネルギーを迸らせながら静かに頷く。
フィールドの中央で、青と赤の残光が火花を散らす。
『いくぜ! 命を燃やせ、鉄を砕け!! 野郎ども、準備はいいか!!
――LET‘S GO AHEAD!!――――――――――――――ッ!!!』
開始の爆音が鳴り響くと同時に、大気が激しく震えた。
「すぐに終わるけどね」
冷静な声が、熱気を帯び始めたフィールドを冷徹に突き刺した。
エルマーのその言葉に、一切の虚飾はない。
Proto・Λcellionの両腕が、重厚な機械音とともに噛み合い、巨大な一砲身へと変貌する。
チャージはすでに出番前の待機時間に完了していた。
試合前からすでに勝負は始まっていたのだ。
「超火炎電磁砲」
ドンッ……!!
ワンテンポ遅れて鼓膜を叩く、空気を引き裂くような爆鳴。
放たれた極太の光条は、サッカーコートほどのフィールドの半分を、一瞬にして猛火の海へと変えた。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!」
すさまじい熱波と網膜を焼く閃光。
ジュウシロウの背後の観客席では、衝撃波に耐えきれず失神する者まで出た。
即座に治安維持部隊のHoundが、機械的な手際で負傷者の搬送を開始する。
『こ、これは……なんというか……』
スピットファイアが、実況という立場を忘れ絶句する。
目の前の地獄絵図を形容する言葉を、プロの語彙から探り当てることができない。
『たかだか2m程度の機体でありながら、戦艦級の出力。
連発こそ不可能でしょうが、これを平然と運用できるあたり、前崎総統が手にした技術の”極点”が垣間見えますね』
一ノ瀬の声だけが、温度を失ったまま響く。
『バカ野郎ッ!! 副総統様よォ!!
終わっちまったじゃねーか!! ドン引きだよ!!
ボクシングの試合に戦術核を持ち込む奴があるか!!』
『……まあ、なんでもありの試合のルールですから。
ですが、完全に決着がついたわけではなさそうですよ?』
『はあ!?』
『ほら。炎のカーテンが、そろそろ収まります』
もうもうと立ち込める黒煙と、チリチリと地面を焼く炎の中心。
そこに、煤一つついていない無傷のジュウシロウが屹立していた。
『うぉぉぉぉ!! すげぇ!! なんで生きてるんだ!?
無傷だぞ、無傷!!』
『外見は、ですが。
……代償に、いくつかの「盾」を使い潰したようですね』
ジュウシロウの足元には、真っ赤に焼けた金属の塊が数個、転がっていた。
激しく煙を上げ、ショートした火花がパチパチと弾けている。
「……やるじゃん。完全に蒸発させるつもりだったのに。
固定バリアの類かな?」
エルマーの指摘は図星だった。
携帯型の「使い捨て固定バリア発生装置」。
一瞬の爆圧を凌ぐためだけに、ジュウシロウは迷わず装備を焼却させたのだ。
エルマーが子どものように不服そうに顔を歪めた。
「合理主義のお前のことだ。
手っ取り早く一撃で全コストを回収しにくるだろうと思っただけだ」
「ふーん……。あの頃の、筋肉バカのジュウシロウはもういないんだね」
「四年という月日は、年上を敬う礼儀を教えるのには十分な時間だったぞ、エルマー」
ジュウシロウが、一歩ごとに大地を震わせる重装歩兵の重圧を持って、じりじりと距離を詰める。
「鈍いね。
ケンの試合も観ていたけど、この時代にまだ接近戦で戦うつもりなの?
神経外骨格の「身体能力」にだけに頼る時代は、もう終わったんだよ」
エルマーの背後、Proto・Λcellionの装甲が滑らかにスライドし、ハチの巣のようなラッチから次々と兵器が展開される。
その中で滞空を開始した小型ドローンの姿に、ジュウシロウの目が細まった。
「あれは……EAか!」
EA(Electronic Aerostat Unit)。
超自立型の狙撃ドローン。
対物ライフルのような銃身を備えたそれが、陸上と空中に10台ずつ、計20台のチェス駒のように配置される。
「FIRE!!」
エルマーの号令一閃。
20条の射線がジュウシロウを一点に捕捉し、大口径弾が叩き込まれる。
ジュウシロウは舌打ちとともに左腕の電磁バリアを展開するが、絶え間ない衝撃によるノックバックで前進を阻まれる。
さらに、弾丸の一部が着弾とともに白い煙を噴き出した。
化学繊維を焼くような異臭を放つスモーク弾だ。
それだけではない。
エルマーが右手に未知のエネルギーを収束させる。
放たれた光弾は空中でデンドログラムのように分裂し、あろうことかジュウシロウの「背後」の死角へと回り込んで着弾した。
360度全方位からの包囲射撃。
これがエルマーのサブプラン、物量攻勢だ。
ジュウシロウのバリアがじりじりと削られ、火花を散らす。
畳みかけるように、エルマーがポケットからビー玉のような球体を数個、フィールドへ転がした。
それは着地とともに急速に質量を増し、カマキリのような鋭利な四肢を持つ、白い人型ボットへと変貌する。
その顔には、不気味な麻袋が被せられていた。
「Sack face」
その怪物は、弾丸の雨を気にする様子もなく地を蹴り、ジュウシロウを至近距離から責め立てる。
『なんだあいつ!! ドラえもんかよ!!
2mそこらの身体にどれだけ隠し持てるんだ!?
アイテム持ちすぎだろ!!?』
『……そうですね。少々、レギュレーションの穴を突きすぎている感はあります。
後で「持ち込み重量制限」の改定を申し出ないといけませんね』
『もうおせーよ!! おい、ジュウシロウ!!
図体がデカいだけかよ!! なんとかしやがれ!!』
その時だった。
ジュウシロウが迫りくるSack faceを真っ向から蹴散らし、大地を爆ぜさせるような踏み込みでエルマーに肉薄した。
「!?」
エルマーは慌てて右手のカノン砲を向け直そうとする。
だが、その砲身をジュウシロウの素手が、万力のごとき力でがっしりと掴んだ。
「捕まえたぞ、エルマー」
――ミシミシッ、パキィィィィン!!
ジュウシロウはそのまま、剥き出しの握力で砲身を握りつぶした。
最新鋭の合金が、まるで空き缶のようにひしゃげ、火花が飛び散る。
エルマーが慌てて後方ブースターで飛びのき、全ドローンに特攻をけしかける。
だがジュウシロウは、うっとうしそうに電磁バリアを四肢に纏わせた。
「うざいな」
ジュウシロウが空気を叩くように、鋭いジャブとストレートを繰り出す。
すると、直接触れてもいないはずの周辺のドローンたちが、衝撃波に叩かれたように次々と爆散した。
背後に迫った麻袋面も、裏拳の風圧だけで弾けるように吹き飛んでいく。
『ウォォォォ!! なんだあれ!? 飛ぶ打撃!? 魔法かよ!!』
『おそらく、電磁バリアの応用ですね。
腕の振りに合わせて「バリア面」を瞬時に超圧縮し、大気そのものを弾丸として投げつけているのでしょう。
装置の理屈はわかりませんが、あの一瞬でやるにはとんでもない精密制御が必要です。
下手をすれば自分の手が暴発して弾け飛びますね』
『だが無傷だ! まるでアンブレイカブル、不滅の男だぜ!!』
土煙の中から、赤いエネルギーを身にまとった巨躯が、静かにエルマーを見据えていた。
エルマーはぐしゃぐしゃに歪んだProto・Λcellionの右腕を一瞥し、ひどく退屈そうにため息をついた。
「……それで、勝ったつもり?」
火花を散らしていた右腕の装甲が、生き物のようにうごめき、瞬く間に再構成されていく。
「確かに君の怪力には驚いたよ。
でも、所詮は単調な物理攻撃だ。
わかったよ、そこまで言うなら……君の大好きな接近戦に付き合ってあげる」
右手のカノン砲が溶けるように形を変え、鋭利な五指の形状を成していく。
その四本の指の隙間から、超高速振動する長刀――高周波ブレードが、禍々しい牙のように突き出した。
ジュウシロウは一歩も動かず、鋭い眼光を崩さない。
「いつまでその余裕が続くかな?」
Proto・Λcellionが脚部の高出力スラスターを噴射し、地を滑るような高速移動を開始する。
まるでローラースケートでもしているかのようだ。
巨躯でありながら、その動きは獲物を追い詰める残忍な捕食者のそれだ。
ジュウシロウの周囲を円を描くように旋回し、その刹那、通り魔的な速度で高周波ブレードを振り抜いた。
一度、二度、三度。
不可視の斬撃が、ジュウシロウのバリアを火花とともに削り取る。
『おーっと!! エルマーが戦術を心機一転!!
逃げ回りながらの砲撃を捨て、ブレードによる超近接・多角攻撃だァァ!!
360度全方位、死角なしの斬撃の嵐がジュウシロウを切り刻むッ!!』
『……おかしいですね』
『あん? 実況の邪魔すんなよ、副総統サマ!!
言いたいことがあるならシャウトしろ!!』
『先ほど、一瞬でエルマーに肉薄したあの足捌き……ジュウシロウ選手は本来、素早く動けるはずです。
なのに、なぜわざわざ電磁バリアを激しく消費してまで、その場に留まり攻撃を耐え続けているのでしょう?』
『……あぁ? そんなの、連発できねぇ「切り札」だったんじゃねーのかよ!』
『……ふふ。ええ、そういうことにしておきましょうか』
『なんか言い返せよ! 怖ぇだろその含み!!』
実況のやり取りとは裏腹に、エルマーの焦燥は限界に達していた。
手応えはある。バリアは確実に削っている。だというのに――。
――パキィィィィィィン!!
「な……ッ!?」
耳を劈く硬質な破壊音。
エルマーが目にしたのは、無敵のはずの高周波ブレードが、ジュウシロウの肩口に触れた瞬間に半ばから折れ、虚空に舞う光景だった。
ジュウシロウはその硬直を見逃さなかった。
「もう……終わりか?」
巨木のような腕がエルマーの胸部装甲を鷲掴みにする。
そのまま、2メートルを超える重装甲をまるでヌンチャクのように軽々と振り回し、フィールド端のバリアの壁面へと叩きつけるように投げ飛ばした。
「ゲフッ……ッ!?」
衝撃でProto・Λcellionの内部モニターが真っ赤に染まり、エルマーは肺から無理やり空気を絞り出されるような衝撃に悶絶した。
迷わず立て直す。
だが、地獄はここからだった。
激痛に顔を歪めるエルマーが視界の端で捉えたのは、数メートル先、明らかに「間合いの外」から、ジュウシロウが拳を引き絞る姿だった。
ドォォォォォォォォォンッ!!
空気を、そして鼓膜を直接爆ぜさせるような轟音。
そこにいた全員が、その瞬間を目撃した。
音が遅れて聞こえてくるほどの、超音速の衝撃波。
ジュウシロウの放った「正拳」は、直接触れることさえなく、大気そのものを質量兵器へと変えた。
一瞬の静寂の後、エルマーの纏うProto・Λcellionが、中心からひび割れ、内部から爆発するように粉砕された。
かつて自らが仕えたボスが最強を自負した拡張装甲が、ただのブリキ細工のように、粉々にフィールドに散っていった。
「レールガンが広範囲攻撃とかなんだよ、ぺっ!」って思っている方安心してください。
次回、説明があります。




