File:030 第1回戦①
『改めてルールの説明だァァァァァ!!
バトルフィールドは105メートル×68メートル!高さは10メートル!
外部からの干渉は一切なしだ!!
お馴染みサッカーコートと同じサイズだと思え!
四方は強力な電子バリアがガードしてるから、客席に内臓が飛んでくる心配はねぇぞ、安心して見やがれ!!
装備のレギュレーションは『身に着けられるものなら何でもあり』!
要するに、隠し持てるなら小型ミサイルだって持ち込みOKってことだァァァ!!』
スピットファイアの絶叫と共に、上空を舞う数百のドローンが、激突を待つ二人の姿を網膜に焼き付ける。
『勝利条件はただ一つ、相手を『殺害』すること!!
ゆえにお茶の間にはモザイク必至のショッキングな映像が流れるだろうが……これはフィールドのホログラムマシンが肉体の損壊を忠実に再現しているに過ぎねぇ!!
どんなにバラバラになっても、システムが生命を繋ぎ止めている限り死ぬことはねぇ!
最高のデスマッチ、最高の娯楽だと思わねぇかァァ!?』
レンズに覆われたスピットファイアの片目が、奇怪な光を放つ。
『俺のこの目はすべてのドローンと並列に繋がっている!
つまり全方位、全次元、死角なしで実況してやるぜ!
難しいことは気にするな、頭空っぽにして戦場のダンスを楽しめ!!
さァァァ! 皆の衆!! 準備はいいかァァァ!?」
狂乱の実況がドームを揺らしているが、フィールドの中央に立つ二人の間には、それとは対照的な、凍りついたような静寂が横たわっていた。
「東京拘置所の地下では、大変お世話になりましたね。坂上殿」
猿の仮面の奥から、ケンの穏やかで、しかし不気味なほど通る声が響く。
「……誰だっけ、お前。他の二人は顔馴染みなんだがな」
「私を助けに、彼らはあの日来てくれたのですよ。
……あなたという巨大な壁に阻まれましたが」
「そうか。それは災難だったな。
……で、何だ。今さらその復讐でもしにきたのか?」
坂上の問いに、ケンは静かに首を振った。
「いえ。もう終わったことです。
今はただ、この下趣味な茶番劇を終わらせて、貴方方のボスの首を獲りにいくだけですので」
ケンが愛用のメリケンサックを指に嵌め、拳を軽く合わせた。
金属が擦れる冷たい音が響く。
「……そうか」
坂上の返答に含まれた妙な倦怠感に、ケンは僅かな違和感を覚えた。
「意外ですね。
総統に対して、鉄の忠誠でも誓っているものだと思っていましたが」
「……全面的に肯定はできないとだけ言っておく。
まあ、何だ。最近、上から嫌なものばかり見せられていてな。ストレスが溜まってたんだ。
お前はもう"大人"なんだろう?
なら、俺の八つ当たりに少しくらい付き合ってくれ」
坂上が腰のホルダーから高周波ナイフを抜き放つ。
不可視の振動が空気を削り、キィィィィィンと耳鳴りのような音を立てる。
「システムとやらが命は守ってくれるんだろ?
なら安心だ。遠慮なくバラしてやる」
「……やれるものであれば、どうぞ」
二人の視線が交錯し、火花が散った。
『LET‘S GO AHEAD!――――――――――――――ッ!!!』
暴力の解禁を告げる重低音がドームを貫いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
先手を取ったのは坂上だった。
巨躯に見合わぬ恐るべき瞬発力で距離を詰め、幾重ものフェイントを織り交ぜながら、高周波ナイフを猛禽の爪のごとく振り下ろす。
不可視の微振動が空気を切り裂き、キィィィィィンと不快な金属音を撒き散らした。
しかし、ケンはそれを見切っていた。
柳のように身体を撓ませ、最小限の動きでナイフの軌道を肘で捌き流す。
(ムエタイ……いや、この独特の重心移動。シラットか!!)
坂上の脳内に警戒信号が灯る。東南アジア発祥の格闘術「シラット」。
ムエタイが「剛」の破壊であるならば、シラットは「柔」の浸透だ。
しなやかな円の動きから、急所を無慈悲に抉り取る暗殺の武術。
だが真に違うのはシラットは武器を持つと加速的に化けるという点だ。
ケンが指に嵌めたメリケンサックを、空気を引っ掻くように一閃させた。
武器としてのリーチは無いに等しい。
だが、坂上の戦士としての直感が、かつてない警鐘を鳴らした。
全力のバックステップで距離を取る。
直後――。
コンクリートの地面に、目に見えぬ「虎の爪」が通り過ぎたかのような三条の深い裂傷が刻まれた。
『なんだぁぁぁ!? 今のは!?
虎が喉笛を掻っ切ったかのような三つの爪痕が地面に刻まれたぞォォォ!!』
ハイプ・ジャンキーの絶叫。坂上は自身の戦闘服の胸元が、紙のように薄く切り裂かれているのを見て、その正体を看破した。
「カランビット……!!デカすぎだろ!」
「ご名答。よくご存知で」
猿の仮面の下で、ケンが低く笑う。
カランビット。
虎の爪を模した小型の鎌状ナイフ。
本来は超近接戦用の武器だが、ケンのそれは異質だった。
「そのメリケンサック、形状を可変させているのか。
正確には、高周波エネルギーの指向性を歪ませ、刃を延長させている……。
原理は俺のナイフと同じだが、柔軟性が桁違いだな」
「その通りです。
さて、そのナイフのリーチで、私の間合いに勝てますかね?」
ケンが再び、低く構える。
だが、坂上はその言葉を鼻で笑い、無造作にナイフを収めた。
「バーカ。誰が接近戦をやると言った?」
坂上が爆発的な勢いで後退する。
「逃がしません!!」
ケンが弾かれたように地を蹴り、追撃に移る。
だが、後退する坂上の右手に握られた「鉄の塊」を見た瞬間、ケンの背筋に冷たい氷柱が走った。
身体を捻り、無理やり空中で角度を変える。
――ドォォォォンッ!!
雷鳴のような轟音。
ケンがたった今までいた空間を、四十五口径の重たい弾丸が、陽炎のような残像を残して貫通した。
「至近距離で踊りたきゃ一人でやってろ」
坂上が手にするのは、古めかしい四十五口径のリボルバーだった。
だが、放たれた弾丸はケンの展開した電磁バリアを、まるで薄氷のように容易く粉砕した。
(抗バリア弾頭……!! リボルバー用であれほど高価な弾を、躊躇もなく!?
総統が総統なら部下も部下か!!)
ケンは蛇のようにジグザグに走り、射線を外そうとする。
しかし、坂上のエイムは異常だった。
巨躯を激しく動かしながら、片手で放たれる銃弾が、ケンの生命線を正確に削り取っていく。
『坂上が容赦ねぇ!! 一方的に鉛の玉を叩き込んでやがる!!
銃でハチの巣なんて、エンタメ的には盛り下がるからやめてくれよォォォ!!』
そんな野次を無視し、ケンは冷静に数えていた。
リボルバーの装弾数は、六発。
構えられた時にすでに確認済みだ。
一、二、三、四、五。
そして、最後の一発。
ケンはバリアの指向性を極限まで絞り、弾丸を受け流すのではなく、弾き飛ばす角度で衝突させた。
火花が散り、衝撃で腕が痺れる。
だが、問題ない。
狙うは、リロードの瞬間。
「終わりだ!!」
メリケンサックから伸びる高周波の刃を、細く鋭い「槍」へと変形させ、全神経を集中して引き絞る。
標的は心臓。
距離、わずか五メートル。
「一殺!!!」
ズドン、と空気を切り裂く突進。
ケンの放った一撃が、坂上の胸部を捉えたかに見えた。
だが、坂上の身体が、まるで関節を持たない生き物のように「九」の字に折れ曲がった。
(決まった……はず……ッ!?)
ケンの槍は、坂上の肘によってわずかに軌道を逸らされていた。
肘には超高密度の電子バリアが光っていた。
「シラットを身につけているのは、お前だけじゃねえんだよ」
坂上の低い声に、ケンの心臓が跳ねた。
だが、攻勢を止めるわけにはいかない。
ケンは空いた左手を引き絞り、鞭のようにブレードを振るおうとした。
しかし、ケンの網膜に映ったのは、坂上の手に握られた、既にリロード済みのリボルバーだった。
「何……ッ!?」
至近距離での六連射。
ケンの身体は蜂の巣になり、鮮血が舞う――はずだった。
パンッ、と乾いた音を立てて、ケンの身体が風船のように弾け、虚空に霧散した。
「デコイか……?だが、逃がさんぞ」
坂上はケンの気配を逃さない。
激しい呼吸を殺し、坂上の背後に回り込んだケンは、絶望的な光景を見た。
既に、リロードが終わっている。
近づくことすら許されない死の圏内。
(なぜ!?どうして!?すでにリロードが終わっている!?)
リボルバーは、シリンダーに一発ずつ弾を込める構造だ。
オートマチックのような素早いマガジン交換はできない。
その不便さと引き換えに、確実な動作と威力を誇る武器。
だというのに、坂上のリロード速度は、物理的な法則を無視している。
(何か、何かないか……打開策は……!?)
「おーっと、一方的になってきたぞ!! さすがは日本最強の軍人、まるで詰将棋だ!!」
スピットファイアの声が遠くに聞こえる。
坂上は冷徹な猟師の目で、獲物の次の動きをじっと待っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(レギュレーションで『身に着けられる装備なら何でもあり』と言うなら、もっと重火器を持ち込むべきだったか。
……まあ、今さらリュックサックを背負って戦場に出るつもりはなかったが)
坂上がこのフィールドに持ち込んだのは、数本のナイフと2丁の四十五口径のリボルバー、予備の弾薬、そして数個の手榴弾のみだ。
あとは、前崎お抱えの技術者が極限まで調整を重ねた神経外骨格と、それに付随する高出力の電磁バリア。
百メートル四方の空間であれば、本来ならアサルトライフルを始めとした重火器で弾幕を張るのが定石だ。
しかし、神経外骨格という技術が戦場に現れてからというもの、歩兵戦の常識は覆された。
増幅された身体能力による爆発的な突進と、バリアの性能進化。
それらは、かつて有効だった「弾丸の雨」を容易く潜り抜け、距離を詰めることを可能にした。
結果として、今の戦場では取り回しの利く接近戦用武器の方が、皮肉にも決定打となりやすい。
火力を求めて重装備を揃える選択肢もあっただろう。
だが、装備を増やせば当然、携行する弾数が増える一方で動きは重くなり、被弾時の誘爆リスクも増えることになる。
坂上がこの最小限のセットを選んだのは、暴力的なまでの機動力を最大限に引き出すためだ。
特にハンドガンは、神経外骨格によって反動をほぼ完璧に相殺できる現在、片手での精密射撃が可能な最強の「近接火器」へと進化した。
とはいえ、彼が愛用する四十五口径は、対人兵器としてはあまりに過剰な威力を誇る。
生身の人間が撃てば一発で肩の骨が砕け散り、放たれた弾丸は容易くコンクリートの防壁を貫通する。
「ハァ……ハァ……!!」
そんな「鉄の杭」を十二発も放り込まれながら、いまだに戦闘態勢を崩さない上、息切れ程度で済んでいる坂上は内心でその脅威度を再定義した。
「エイムにはそこそこ自身があるんだが……。
まあすべてを躱せたわけじゃないみたいだがな。
流石にキツいか?」
ケンの姿を捉えると、防御を突き抜けた弾丸が皮膚をかすめた跡から、じわりと鮮血が滲んでいる。
だが、神経外骨格の駆動音に乱れはない。
「まあいい。そろそろ、トドメといくぜ」
坂上が三度目のシリンダーを開放しようとした、その瞬間だった。
ケンの纏う空気が、一瞬で「異質」なものへと豹変した。
銃口が向けられるよりも早く、ケンが坂上の懐へと肉薄する。
「なっ……速いッ!?」
坂上は反射的に身体を翻して回避したが、握っていたリボルバーを鋭い蹴りが跳ね飛ばした。
空中に舞った銃を、ケンが無造作に踏み潰す。
鋼鉄の塊が無残なスクラップに変わり、スタジアムに硬質な破壊音が響いた。
坂上が体勢を立て直し、再び敵の姿を視界に収める。
そこには、今までとは明らかに「人体の構造」の違う異形が鎮座していた。
「……四足歩行だと?」
重心を極限まで低くし、猫科の猛獣のように四肢で地を這う姿勢。
ケンの背中で神経外骨格のフレームが生物的な軋みを上げ、関節が人間には不可能な角度でロックされる。
仮面の奥の瞳は、もはや理性ある人間のそれではなく、獲物を仕留めるためだけに特化した捕食者の光を湛えていた。




