File:028 運動会
首都・北京。天安門広場を望む人民大会堂は、冷え切った緊張感に包まれていた。
本来であれば毎年三月に開催される全国人民代表大会(NPC)だが、北方の巨人であるロシア連邦が事実上の崩壊という地殻変動を起こしたことを受け、日程の大幅な繰り上げを余儀なくされたのだ。
壇上に立つ梁智衡は、並み居る党幹部たちの視線を真っ向から受け止め、静かに、しかし断定的な口調で切り出した。
「結論から言おう。
我が国は、日本と"真の友好国"となる道を選択する」
議場に、凍りついたような沈黙が流れた。
梁は手元の資料に目を落とすことなく、言葉を続けた。
日本は深刻な慢性エネルギー不足に陥っているが、一方で瓦解したロシアの大地には、主を失った膨大な資源が眠ったままだ。
我が国がその資源を接収し、日本へ供給する。
これにより、極東の主導権を完全に掌握する。
最大の懸念はアメリカの動向だが、アメリカと正面から衝突すれば我が国も無傷では済まない。
だからこそ、今あえて日本を味方に引き入れるのだ。
「……しかし、梁主席。
アメリカ側は「日本の新技術は、米軍から盗用されたものだ」と公式声明を出していますが」
幹部の一人が、恐るおそる異を唱えた。
確かに、アメリカがこれほどまでに過敏な反応を示すのは、自国の優位性が揺らいでいる証拠でもあった。
だが、梁智衡の脳裏に焼き付いているのは、ロシア侵攻の際に目撃された「あの兵器」の姿だった。
あれは、アメリカの技術の延長線上にあるような代物ではない。
極限まで軽量化されたフレームは、球体関節を数珠つなぎにしたような異形の四肢を持ち、胴体には不気味なほど無数の「穴」が穿たれていた。
生物学的でありながら、徹底的に機能的。
まるでジブリ映画に登場する古代兵器が、明確な殺意を持って現代に蘇ったかのような、生理的な嫌悪感と機能美を同居させた怪物のようだった。
またアメリカのサーバーセキュリティがそこまで弱いとも、日本のハッキング能力が強すぎるとも思えなかったことが盗用されたものだと信じられなかった理由でもある。
あれほどの技術を、どこで手に入れたのか。
やはり、あの「アダルトレジスタンス」なる組織の仕業か。
一個人や、単なる有志の集まりで作れる領域を遥かに超えている。
過程はどうあれ、彼らはその力を手に入れた。
ならば、我が国はそれを技術体系ごと飲み込むべきだ。
アメリカと組まれ、刃をこちらに向けられるリスクを考えれば友好国にならない手はない。
「ですが、梁主席。
大変言いづらいのですが……我々はフィレンツェで前崎総統の暗殺を企てました。
間接的にではありますが……。
今さら友好的になれるものでしょうか?」
「……なれるさ。いや、なるしかない。それが政治だ」
梁は自らの考えを再確認するように、拳を固めた。
その時、梁の秘書が足早に近づき、耳元で囁いた。
「梁主席。日本側から、緊急の連絡が入りました。
前崎総統からの、直接の提案です」
梁は僅かに眉を動かした。資源の価格交渉か、あるいは軍事協定の草案か。
「……『運動会をやらないか』とのことです」
「……は?」
「言葉通りです。日中合同の、大運動会を開催したい、と」
中国にも運動会はある。
しかし日本とは違い、かなり陸上競技大会の側面に偏ってはいるが本質は同じだ。
だがなぜこのタイミングで?
なぜこのような行事の提案をしたのか?
北京の最高意思決定機関である大広間に、場違いな沈黙が流れた。
梁智衡の冷徹な頭脳が、その「あまりに無意味で、それゆえに底知れない提案」を理解しようとして、激しく空転した。
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前崎から届けられた親書の内容を要約すれば、それは「友好」という名の皮を被った、あまりに悪趣味で計算された行為と言わざるをえなかった。
日中の蜜月を世界に誇示したエンターテイメントの提案。
それが前崎の掲げた表向きの理由だ。
だが、その中身は「血を流さない親善」などという甘っちょろいものではない。
彼が提案したのは、最新兵装の使用を制限なしで許可した、地上最大かつ最凶の無制限格闘戦であった。
「死亡するリスクは皆無である」と前崎は断言していた。
そんなことは可能なのかと元アダルトレジスタンスのメンバーに聞いた所、可能だという話だった。
痛みやPDSD(心的外傷障害)などはどうしようもないが、肉体や装備の損傷はすぐに修復できるトレーニングシステムで戦闘訓練をしていたとのことだった。
おそらくそれの拡張版のような場所を作っているのではないかという話だった。
ルールは極めて単純明快な三番勝負。
だが、その選出条件には梁智衡の喉元に冷たい刃を突き立てるような一文が添えられていた。
「中国側は、現在貴国の”客分”となっているアダルトレジスタンスの面々
――シュウ、ジュウシロウ、ケンの三人を代表として用意してほしい。
我々も、彼らに相応しい三人の刺客を用意する」
これは単なる格闘戦ではない。
中国が抱える個人最高戦力を白日の下に引きずり出し、その性能を全世界の目の前で解剖し、あわよくば日本側が用意した個体によって屈服させようという、極めて攻撃的な軍事パレードとも取れる。
親書の最後は、丁寧な挨拶と共に、梁智衡を絶望させるための「毒」で締めくくられていた。
「ぜひ前向きに検討していただきたい。
必要な費用はこちらで出す。
もしこの提案を拒まれるのであれば、我々はこの"運動会"の話を、そのままアメリカ側へ持っていく。
彼らなら、喜んで星条旗の下で最新技術のテストに協力してくれるはずだ。よしなに頼むよ」
「……ふざけた真似を」
梁智衡は、端末を握りしめる指に力を込めた。これは招待ではない。
「中国を裏切り、アメリカと手を組む準備はできている」という明確な最後通牒だ。
前崎は知っている。
梁智衡が、シュウたちの力を手放したくない一方で、アメリカと日本の合流だけは何としても阻止しなければならないという、逃げ場のないジレンマに陥っていることを。
日中合同、いや、実質的な「日中衝突」。
独裁者の気まぐれが引き起こす、最悪の運動会の幕が今、上げられようとしていた。




