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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:014 4つの報酬

「君たちがあのかの有名な”アダルトレジスタンス”の幹部か。

 あれほどの規模のことを君たち子どもがやったとは未だに信じられないよ。

 隣国の出来事とはいえ、他人事には思えなかったものでね」


梁智衡(リャン・ジーフォン)が、深々と沈み込んでいた革張りの椅子から立ち上がる。

その一挙手一投足に、数億人の運命を握る者特有の、重苦しいまでの気品が宿っている。

だがそれにしては若い。30代後半といった所か。


それでもシュウの直感が告げていた。

目の前の男は、これまでに出会ったどの「権力者」とも格が違う。

だが、その値踏みするような視線が、シュウには反吐が出るほど気に入らなかった。


「……おい、ケン。誰だこの気取った野郎は。偉そうに」


「シュウ殿! 言葉を慎んでください……ッ!!」


ケンが血相を変え、強引にシュウの頭を抑え込ませる。

ケンの額には、戦場でも見せたことのない冷や汗が滲んでいた。

その尋常ではない狼狽ぶりを見て、ジュウシロウは悟る。

この男の機嫌一つで、自分たちの居所は左右されるのだと。


「無理もない。4年間戦場で泥をすすって生きてきた君たちが、私の顔を知らぬのも道理だ。

 任命されて3年目だしね。……自己紹介をしよう。

 梁智衡(リャン・ジーフォン)だ。この国の最高指導者だと思ってくれ」


「中国の……最高指導者?」


「君たちの国の言葉で例えるなら、総理大臣の権限と天皇の象徴性を併せ持った存在、と言えば伝わるかな?

 私の一言で、この国の法は書き換わり、軍隊も動かせる。

 そういう力を持った男だと思ってくれ」


沈黙が走る。

ジュウシロウが慣れない手つきで、より深く、恭しく頭を下げた。


「……仲間の無礼、平に容赦願いたい。

 あのような砂漠だけの場所から我々を連れ出してくれたことは感謝しています。

 パスポートすら自分たちは持っていないので。

 ただ……それほどの御仁が、我々に何を求めているのですか?」


梁はその謙虚な態度に満足げな笑みを浮かべ、空中にホログラムを投影した。


「ケンから聞いているだろう。

 日本の政権が、前崎英二という一人の男によって蹂躙された。

 君たちがアダルトレジスタンスの技術と叡智の結晶じゃないの?

 彼が成り上がったやり方というのはさ」


ヘリの中で見せてもらったあの動画。

あれには間違いなくホログラム転送装置とメタトロンが深く関わっている。


「……そうですね。

 我々の組織を裏切った挙句、そのすべてを潰した本人が我々のやりたかったことをやっている。

 気に入らないことですが……」


「左様。私にとって、一人の独裁者がそんな兵器で隣国を支配している現状は、耐え難い脅威だ。

 アメリカの出方も読めぬ今、この不確定要素は排除せねばならない。

 ……そこで私は、日本を占領し、管理下に置くことを考えている」


占領。そのあまりに傲岸不遜な言葉に、室内が凍りつく。

それは平和な現代における、事実上の宣戦布告だった。


「今の日本は、前崎という特異点のみで保たれている。

 その頭さえ叩き潰せば、あとは砂の城のように崩れる。

 だが、戦線布告した上で正規軍を送り込むのは手間だ……。

 相手がどんな戦力かわからない以上はね。

 と、思っていた矢先、状況が変わった。

 これを見てくれ」


大型モニターに映し出されたのは、米国の報道番組『デモクラシー・ナウ』の速報だった。


『戦後秩序の終焉。日本、サンフランシスコ平和条約からの脱退を宣言』


『ワシントンD.C.国務省へ脱退通知書を提出。全当事国の合意に向け、

 イタリア・フィレンツェにて緊急国際会議開催へ』


「条約破棄……!? 正気か!?

 前崎のやつ、本気で世界を敵に回すつもりか!!」


ジュウシロウの顔が驚愕に歪む。

かつてアレイスターから教え込まれた「戦後秩序の根幹」が、今まさに音を立てて崩れ去ろうとしていた。

確かに脱退すべきだという意見もあるがそれは順序立てて行うものだ。

あまりに一方的すぎる。


「このフィレンツェの会議こそ、前崎が公式に姿を現す最初で最後の隙だ。

 ここで奴を仕留める。

 ……実はこれはアメリカとも、水面下で合意済みだ。

 日本が脱退を打診したその瞬間、やつらは第3次世界大戦の引き金に指をかけたのだから。

 まあ追い詰められた国が最終的に取る手は戦争なんだから当たり前といえば当たり前なんだけどね」


梁の瞳に、冷徹な独裁者の光が宿る。


「どうだ。復讐と大義。

 君たちにとって、これ以上の舞台はないだろう?」


「報酬は?」


シュウがぶっきらぼうに言い放った。

国家の存亡も、条約の重みも、今の彼にはどうでもよかった。


「……前崎英二を殺したいのではないのか?

 君たちの体は、奴の手によって穴あきチーズのようにされたと聞いているが」


「殺したいね。

 だが、あいつに正面から戦うほど馬鹿じゃねぇ。

 メリットがなきゃ、命は張らねぇし協力するつもりもねぇ」


(変わりましたね……シュウ殿)


ケンの胸に、切なさと頼もしさが混ざり合う。

かつての少年は、もういない。


「……なるほど。賢明だ。

 よかろう、メリットを4つ提示しよう」


梁が指を弾くと、ディスプレイに詳細なデータが表示された。


「まずは成功報酬。一人につき4,300万元。

 米ドルにして約626万ドルだ」


「……ケン。それは何円だ?」


「……ざっと、10億円です。

 一人あたり、ですよ」


シュウが喉を鳴らす。

絶句するジュウシロウを尻目に、梁はさらに畳み掛けた。


「その半額の5億を報酬とは別に前金として即座に振り込もう。

 二つ目。中国の永住権だ。

 占領後の日本に住むのも自由だが、そこがアメリカとの割譲地になるか、焦土になるかは保証できない。

 だが保険として安全なこの国に席を置くのは悪くない提案だろう?」


梁が三本目の指を立てる。


「そして三つ目。

 ……これには、流石の君たちも驚くはずだ」


表示されたのは、街角の雑踏を捉えた、不鮮明な隠し撮り写真。

だが、そこに写る一人の女性の横顔に、全員の時が止まった。


「カオリ……!?」


ジュウシロウの叫びに近い声が響く。

かつての恋人。

死んだと、誰もが確信していたはずの存在。


(これすらも手札に隠していましたか……!)


ケンは自らの指導者の底知れぬ狡猾さに、背筋が凍る思いだった。


「潜伏させていたスパイが、偶然見つけてね。

 撮影から一年も経っていない。

 任務を達成すれば、彼女の身柄は私が責任を持って保護し、君たちのもとへ届けよう。

 どうかな?」


シュウが、腰に下げたナイフの柄を強く握りしめた。

その瞳には、もはや迷いも、虚無もなかった。


「十分だ。前崎の首、フィレンツェで獲ってきてやる

 ……で、最後の一つは? もったいぶらずに吐きな」


シュウの問いに、梁は少しだけ目を細めた。

その笑みには、獲物を追い詰める猟師のような冷徹さが混じっている。


「これは報酬というより、君への"配慮"に近いかな。

 ……特にシュウ君、君に深く関わることだ」


「俺に?」


「最初に『アダルトレジスタンス』がその名を世界に知らしめた場所を覚えているかね?」


「……大阪湾のシンフォニア、ですね」


傍らのジュウシロウが、低く、重い声で補足を加える。

あの大規模な強襲作戦は、彼らにとっても忘れられない原点だ。


「その通り。……あそこで君、『張』という男を射殺したよね?

我々の同志だったんだが……知っていたかな?」


「知るかよ。死んで当然のクソ野郎だったってことだけは覚えてるぜ。

 あんな吐き気のするロリコン野郎が、あんたの同志だったのか?

 大国と言えど知れてるな」


シンフォニア。

表向きは国家運営のカジノ商業施設だが、その実態は富裕層による未成年の売春と人身売買の温床だった。

そこを壊滅させ、囚われていた少年少女を救い出したのが彼らの最初の活動であり、今の仲間の多くもあそこで拾った命だ。


「復讐か? だが、勘違いするなよ最高指導者」


シュウが低く唸る。同時に、彼の神経外骨格に青白いエネルギーが奔流となって駆け巡った。

バチバチと空気が爆ぜる音が、静かな執務室に響き渡る。


「俺は俺の正義を貫いただけだ。

 謝罪なんて言葉、死んでも口にしねえぞ」


殺気。その本流を察知し、背後の隠し扉から梁の護衛たちが一斉に姿を現そうとした。

だが、それより速くジュウシロウが動く。

出入り口を塞ぐように一人の男を回し蹴りで壁にめり込ませ、残りの者たちを「視線だけ」で制圧した。


梁は、首筋にナイフを突きつけられているも同然の状況で、なおもどこ吹く風と笑っている。


「早まるなよ。

 ……言ったはずだ、これは『報酬』だと」


その言葉に、シュウは舌打ちをしながらエネルギーを抑えた。


「君のその『罪』を、私が帳消しにするという意味だよ。

 張の一族は中国国内でも指折りの大富豪でね。

 彼らは一族の誇りを汚した君を消すために、今も血眼になって刺客を送り込んでいる。

 一生、闇からの刺客に怯えて暮らすのは、スマートじゃないだろう?」


「……あんたの一言で、その血の復讐が止まるのか?」


「少なくとも、彼らに対する強力な抑止力にはなれる。どうだい?」


「……いいだろう。それが4つ目の報酬か」


「そうだ。だが、私も慈善事業で言っているわけではない。

 君たちの実力を、この目でもう一度確認させてもらいたい」


梁が指をスライドさせると、ホログラムに中国国内のある特定エリアが表示された。


「君たちへのテストだ。……張一族の殲滅。

 これをお願いしたい」


「……仲間じゃなかったのかよ。

 さっきは同志って言ったよな?

 それに抑止になれるっていったのに俺が殺すのかよ」


「かつての、だ。習近平の崩御以来、この国も内情がゴタついていてね。

 あろうことか彼らは国への忠誠を忘れ、マフィアのごとき反社会的な稼ぎに手を染め始めた。

 もはや国家の癌だ。

 だが、逮捕するには勢力が強大すぎるし、法の手続きは時間がかかる。

 だから……君たちという『外部の掃除屋』が必要なのさ。

 それに安心してくれ。

 君をこのことで逮捕はしない。

 歴代の最高指導者の名に誓うよ」


「……一族と言っても、一人ひとり虱潰しで潰していくのはだるい。

 全員を一箇所に集める機会でもあれば別だが?」


「ある」


梁は、ある日付をモニターに大きく映し出した。


「この日は、一族の絶対的な支配者、大家姐(ダイガージェ)の誕生日だ。

 この日ばかりは、どんな予定があろうと一族全員が参集せねばならない。

 ここを狙え。文字通りの根絶やしだ」


「……それの『追加報酬』は?」


「前金の額を、さらに2倍にしようじゃないか」


前崎の暗殺報酬と合わせれば、2人の総額は40億円に迫る。

一生遊んで暮らせるどころか、()()()()()()()()()()()()()だ。


「……いいだろう、やってやる。

 だが準備が必要だ。

 必要な武器と装備は、最高級のものを揃えてもらうぜ。

 あとマップだ。3Dでよこせ」


「オーケー、契約成立だ。

 ジュウシロウ君も、異存はないね?」


「……構いません。ちなみに、ケンはどう動く?」


「ケン君は君たちの監視役だ。

 道案内はするが、手貸しは一切認めない。

 いいかい?」


「……承知いたしました」


ケンが苦渋を滲ませた表情で一礼する。


「では、紳士的な関係を築こうじゃないか。

 ビジネスライクに行こう。ソルジャー君たち」


そういって握手を重ねた。

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