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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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135/224

File:013 2人の傭兵

「……だぁー、疲れた」


執務室を兼ねた自室に戻るなり、前崎はネクタイを乱暴に引き抜き、ベッドへと倒れ込んだ。

国家の再建という大事業よりも、坂上の「不始末」——調子に乗って食いすぎ、挙げ句に酔い潰れて嘔吐した巨漢を病院まで運び届けるという重労働の方が、よほど彼を消耗させていた。


「……あいつと酒を飲むのは、もう一生ごめんだ」


天井を仰ぎながら、手元の電子デバイスを起動する。

通知画面には、一ノ瀬からの着信履歴。それも「至急確認したい事項がある」との不穏な一文が添えられていた。


一ノ瀬。坂上よりも早く前崎への協力を申し出た、今や名実ともに「右腕」と呼べる男だ。

裏切りの可能性を正直疑いながらも、前崎が心の底で最も信頼を置いているのは、結局この男だった。

素直に自分の味方になってくれたのは嬉しかった。


コールを鳴らす。

わずか三回、一ノ瀬は待機していたかのような速度で応じた。


『一ノ瀬だ。すまないな、夜遅くに』


『いえ、問題ありません。

 ……前崎さん、何かありましたか?』


『何かっていうのは?』


『いえ……少し、声が弾んでいるように聞こえたもので』


「……」


前崎は思わず自嘲気味に笑った。

あんな無茶苦茶な目に遭わされておきながら、自分はどこかで「楽しかった」と感じていたのか。

坂上という、損得抜きで接してくる旧友の存在に。


『気にするな、少し面白いことがあっただけだ。

 ……それで、本題は何だ?』


『はい。念のために共有しておこうと思いまして。

 ……中国が、極めて不審な動きを見せています』


『不審な動きだと?』


『この男……見覚えがありますか?』


デバイスの画面に、一枚の鮮明な画像が転送されてくる。


『……? 誰だ、このモデルのようなガキは』


『かつて、前崎さんと僕が殺し合った人間です。

 AIによる骨格照合率は98.2%。間違いありません』


『……いや。心あたりがないな』


『前崎さんと北海道で殺しあったはずです』


『……待て。まさか……?』


『ケンです。覚えていますか?』


凍りつくような感覚が前崎を襲った。

「ケン」。

かつて北海道で命を奪い、ホログラム転送装置のバックアップからなぜか復帰できなかった少年。


前崎ですら土地勘のないケンをクマに同士討ちさせるというやり方しかなかった。

そのぐらい正面からでは勝ち目がなかった。


確かにおかしいと思っていた。

なぜ他のレジスタンスのガキでは正常に復帰できるはずのバックアップが不発に終わったのか。


『あいつは確か元々顔面を焼かれていたはずだ』


かつての彼は、常に「金の猿」の面を被っていた。

その原因は皮膚の火傷を隠す為だった。

だが、写真に写る男は、白磁のような肌を持つ美しい青年だった。

この4年で何があったのか。


『あれから4年。彼ももう20歳です。

 成長によって姿形が変わるのも無理はないでしょうが……』


『整形……?いや、再生医療と言われたほうがまだ納得できるな』


『韓国の最新クリニックにでも通っていたのかもしれませんね』


一ノ瀬の冗談とも本気ともつかぬ言葉を、前崎は遮る。


『……お前、のんきなことを言っている場合か。

 でそいつが「中国」で見つかったのか?』


『ええ。以前、前崎さんが仰っていましたよね。

 ケンは中華人民解放軍の記憶を、メタトロンという装置で脳内で完全に消化(トレース)したと』


『……ああ、そうだ。

 明らかに中国に忠を尽くすような言動をしていたしな』


『そして、次の画像です。

 この男……ケンは、イラクの国境付近で「次の二人」と接触しました。

 これは流出したSNSにたまたま投稿された写真です』


画面が切り替わる。

そこに映っていたのは、かつて「アダルトレジスタンス」の主戦力として、前崎たちの前に立ち塞がった男たち。

最後は、味方の自衛隊員と共に蜂の巣にされ、無惨な最期を遂げたはずの——。


『シュウ……それに、ジュウシロウ』


前崎の指先が、僅かに震えた。

死んだはずの駒たちが、最悪の盤面で再び並ぼうとしている。

それも、海の向こう側で。


『間違いない。あの二人だ……。生きていたのか』


----------------------------------------------------


「ちっ……。こんな場所にまで、ヘラヘラとSNSに興じるガキがいるのか。

 ……殺すか?」


砂埃にまみれたシュウが、電子デバイスを掲げる地元の若者に苛立ちを隠さず、懐のナイフへ手をかけた。

その瞳には、一般人を「生命」ではなく、単なる「動く障害物」としか見なさない冷徹な光が宿っている。


「やめておけ。彼らに悪意はない。

 それに、俺たちが姿を隠し通さねばならない時期は、もう終わったんだ」


ジュウシロウが窘めるように声をかける。

シュウは落ち着きを取り戻した。


「……お二人とも、見違えるように鋭くなりましたね」


声をかけたのは、肩に「金の猿」の面を形見のように括り付けた青年。

かつて一ノ瀬たちと戦い前崎を死の淵まで追い詰めたケンだった。


中華人民解放軍の記憶を持っている自分だからわかる。

もうこの2人には勝てない……と。


「そういうお前が一番変わっただろう。

 ……最初はどこのモデルかと思ったぞ」


「ああ。正直、誰か分からなくて撃ち殺すところだった。

 男娼にしては雰囲気が鋭すぎたからな」


シュウとジュウシロウが、乾いた笑みを浮かべて軽口を叩く。

4年前、「アダルトレジスタンス」の崩壊と共に戦死したはずの二人。

だが、その顔には幾多の爆風に晒された痕跡と、数えきれない命を奪ってきた「獲物」の風格が刻まれていた。


「私は見た目だけですよ。

 お二人は……もはや、人間としての質が変わってしまったようだ。

 私もおそらくAIの照合がなければすれ違っていたかもしれません」


「そうか? 自分じゃ案外、分からないものだがな」


「まぁ、この4年……地獄を這いずり回った時間は無駄じゃなかったってことだ」


三人がイラクの雑踏を歩き出す。

その姿は、周囲から浮き上がっていた。

武装勢力や傭兵が跋扈するこの地においてさえ、彼らが放つ「死の気配」は異質だった。


「……聞いていいのか分かりませんが、この4年間、何を?」


「相も変わらず、戦闘だよ。

 一時はテロ組織の尖兵もやったし、どこぞの独裁国家の用心棒もやった。

 金払いが良ければ、カルト宗教にだって味方したさ」


ジュウシロウが、砂を噛むような声で続けた。


「顔を隠して暴れていたんだが、最近じゃ『ネームド(2つ名持ち)』の傭兵としてマークされているらしい。

 どっかの国の特殊部隊が、賞金稼ぎを兼ねて俺たちを消しに来たこともあったな」


「……そんなことありましたか?」


「忘れたのか、シュウ。

 ほら、宿舎に手榴弾を投げ込まれただろうが。

 寝込みを襲われて、パンツ一丁で皆殺しにしたアレだ」


「……あぁ、本当に覚えてないっすね。そのぐらいのこと」


ケンは、内心で戦慄していた。

手榴弾を投げ込まれる生活——それが「些細な日常」として処理されるほどの、絶え間なき殺戮の日々。

日本の自衛隊が経験する「訓練」とは根本から異なる、実戦のみが作り上げる化け物の理屈。

神経外骨格を纏っているとはいえ、生身の精神がこれほどまでに摩耗し、研ぎ澄まされている。


「で……俺たちはこれから、中国の犬になるのか?」


シュウが、ケンに怪訝な視線を向けた。


「犬……というよりは、共通の『敵』を排除するための協力、と言った方がいいでしょう」


「敵?」


「現・日本の総統。前崎英二の暗殺です」


前崎。

その名が出た瞬間、二人が纏う空気がピリリと凍りついた。

一瞬にして「青年」から「残虐な傭兵」へと変貌するそのプレッシャーに、ケンは思わず冷や汗をかいた。


「……とりあえず、聞かせろ。

 その『前崎政権』ってのは何だ? 今、日本はどうなっている?」


「ええ。順を追って話しましょう。

 中国の領空に入るまでは、まだ時間がありますから」


上空から、中国人民解放軍のマークを冠した重輸送ヘリの爆音が近づいてくる。

イラクという灼熱の坩堝から、二人の「化け物」が、かつての祖国を喰らい尽くすために解き放たれた。

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