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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:012 交渉×全権

「……?」


坂上がゆっくりと目を開ける。

視界に飛び込んできたのは、ひどく無機質な、見覚えのない白。

……知らない天井だ。ということは。


「やられたのか。……いや、というか生きているのか、俺は」


油断したつもりはなかった。

だが、ソウとかいうあのガキ……いや、中身が入れ替わったアリアだったか。

あの細い腕から放たれた、文字通り「致命の一撃」の感触は、今も体に焼き付いている。


ケガの具合を見ようと包帯を取る。


だがどういうわけか切断面に縫い目の後はなかった。

大きな瘡蓋が肩から腰にあるだけだ。


喋ろうとして、顎に激痛が走った。


「……っ!」


手をやると、顎が金属製のフレームで厳重に固定されている。


「最後は顎か。

 なるほど……殺さず……か。

 手心を加えられたってわけね」


皮肉を噛みしめるように独りごちていると、シャァッ、と軽やかな音を立ててカーテンが開けられた。


「お目覚めになられましたか? 意識レベルは正常のようですね」


「……カーテンを開ける前に、確認ぐらい取ってくれ。

 もし俺が、ナニでもしていたらどうするつもりだったんだ——」


文句を言いながら顔を上げた坂上の思考が、一瞬で凍り付いた。

そこにいたのは、清潔なナース服を纏いながらも、その瞳に冷徹な刃を隠し持った女。

かつて坂上自身がその手足を切り飛ばしたはずの、ハウンドNo.34——桃井春奈だった。


「テメェ……ッ!?」


反射的に跳ね起きようとするが、足首を固定する拘束具がベッドに彼を叩きつける。


「一度出会ったばかりの女性に"テメェ"はないでしょう?

  坂上三佐。

 ……いえ、今はもう"三佐"ではありませんでしたね」


桃井は平然とした顔でタブレット端末を起動させる。

その所作に、かつて失ったはずの四肢の不自由さは微塵も感じられない。


「ここは病院ですよ。お静かに」


周囲を見渡すと、そこは窓はあるが鉄格子が存在し、分厚い壁に囲まれた完全な個室だった。

病院というよりは、高度な医療設備を備えた「監獄」に近い。


「……なんで、お前が……いや、君がここにいる?」


「簡単に言えば『懲罰』ですね。

あなたの怪我が完治するまで、私が専属で付くことになりました。

 これでも私は、アスリートの身体ケアやリハビリの資格も持っていますので」


「スポーツと、この重傷のケアは別物だろう……」


「ええ、そうです。

 もちろんそういう看護師は別にいます。

 ですが、あなたは元自衛官。

 通常の回復プログラムでは満足できない体質でしょう? それに——」


桃井がタブレットを置き、坂上を真っすぐに見据える。


「あなたの抑止として、私が選ばれました。

 私が傍にいれば、あなたは無茶な脱走を力ずくで止めれる。

 いくらあなたでも神経外骨格がない以上は私でも問題なく止めれます」


「抑止?」


「ええ。現総統——前崎氏を襲撃しようとした、国家反逆の徒。

 それが公式の記録です」


「……そうか」


「動揺はされないのですね」


「まあわかっていたことだしな。

 気に入らないのは現総統とやらが法を無視してその座に就いた癖に、法を守れと言われてもな」


「一理あります。

 ですが、皮肉なことに、世の中は以前より良くなっています。

 経済も、治安も。結果として正しければ、プロセスは問われない。

 それが今の日本の民意ですよ。

 オールドな人間には理解されないですが」


桃井の言葉に、坂上はぐうの音も出なかった。

結果さえ良ければという名の暴力。

それが今の前崎が作り上げた「秩序」なのだ。


「話を戻します。あなたは犯罪者です。

 ですが、前崎総統は寛大です。

 ある条件を飲めば、あなたの罪をすべて帳消しにし、無罪放免にするとの伝言を預かっています」


「条件?」


「前崎総統が新たに創設する『新自衛隊』。

 その初代最高指揮官になっていただきたい、とのことです」


「新自衛隊……?」


「日本が実質的に軍隊を持てない法的根拠……サンフランシスコ平和条約。

 前崎総統は、これを破棄、あるいは脱退するおつもりです。

 日本を真の意味での独立国家へと作り変えるために」


「……正気か? そんなことをすれば、日本は世界中の戦争の標的になるぞ」


「それでも勝てる。

 ……いえ、『少なくとも負けることはない』というのが総統の考えです」


馬鹿げている。

だが、その狂気が現実を塗り替えていくのを、坂上は目の当たりにしてきた。

何より恐ろしいのは、前崎なら本当にやり遂げてしまうのではないか、という予感だった。


「まだ時間はかかります。

 まずは『新自衛隊』という皮を被せ、段階的に軍隊へと移行させる。

 その組織を、あなたに預けたいそうです。

 最高司令官といっても現場で基本的にはまだ動いてもらいますけどね」


「……見返りは、俺の無罪だけか?」


「それと、現職の幕僚長を遥かに凌ぐ給与。

 そして、名誉です」


正直、揺らいだ。

理想や正義だけでは食っていけない。

今の坂上にとって、その「金」と「地位」は、崩れかけた人生を立て直すには十分すぎる毒饅頭だった。


「それに、あなたの先日の行動は、ネットを通じて密かに拡散されています。

 権力に屈せず、一矢報いようとした勇敢な兵士として、一部では英雄視すらされているようですよ」


「……公開されてんのか、あれが」


「盗撮されていたようですね。

 それが皮肉にも、あなたの価値を高めた」


俺は俺のために、ただ怒りに任せて動いただけだ。

英雄なんて柄じゃない。

だが、選ぶ道は二つに一つだ。

ここで腐るか、それとも。

それよりも確認することがあった。


「家族は……? 今、どうしている?」


「マスメディアや野次馬、さらには反総統派の過激派から守るため、都内の高級ホテルに避難させています。

 もちろん、費用はすべて国が負担しています。

 警備も万全、指一本触れさせません」


普通に考えれば避難という名の、人質。

前崎のやりそうなことだ。

逃げ道は、最初から塞がれている。


だがあいつはそういう意味で保護したわけではないと思う。


坂上は長く、重い沈黙に沈んだ。


「正直、即答されるかと思っていました。

 意外ですね、迷われるとは」


「そうか?」


「ええ。私であれば、生き残るためなら迷わずその手を取る。

 ……あなたが羨ましいですよ、交渉の余地を与えられていることが。

 差し支えなければ、悩まれている理由をお聞かせ願えますか?

  条件の調整は、私に一任されています」


桃井の問いに、坂上の口元が僅かに歪んだ。

固定された顎の隙間から、彼は一つの「要求」を絞り出す。


それを聞いた桃井は、一瞬だけ目を見開き、呆れたようにため息をついた。


「……条件は、それだけですか?」


「ああ。頼むわ」


「……分かりました。受理しましょう。

 ただし、まだあなたは安静が必要です。

 用が済んだら、すぐここに戻ってきてもらう。いいですね?」


「……わかったよ。エセ看護師さん」


坂上は目を閉じ、その時を待った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……で。国家の命運を左右する交渉の場が、ここか」


「こんな中でも飲食店とかは回っているんだな。

 安心したぜ。

 思ったより国民は安定しているんだな、総統閣下」


脂の混じった煙が立ち込める大衆焼肉店。

向かいに座る新政権の総統・前崎は、心底呆れたような声を漏らした。

対する坂上は、頭からつま先まで包帯を巻かれ、さながら「焼肉を貪るミイラ」といった風体で網を見つめている。


「なんだその格好は。嫌がらせか?」


「……外そうとしたら、あの女(桃井)に「死にたいの!?」ってブチ切れられて、無理やり固定されたんだよ。

 これでも手は動くんだ、問題ねぇ」


「重傷だった自覚はあるんだな。

 ……まぁいい、注文しろ」


「お前の驕りだからな、言われなくてもそうする。

 ……おい、姉ちゃん! 特上タン20人前! あと白飯の大盛りとビビンバ!

  特上ハラミと特上カルビを10人前ずつ、上ホルモン5人前追加だ!」


注文を受けた店員の表情が固まる。2人組の客が頼む量ではない。

前崎は、神経外骨格の上から光学迷彩を展開し、周囲には「少しガタイの良い一般人」に見えるよう外見を偽装しながら、フォローを入れた。


「……気にしないでくれ。

 こいつは……なんだ、プロのボクサーでね。

 今日は祝杯なんだ。金ならある。

 それに俺もそこそこ食う」


「は、はぁ……承知いたしました」


店員が逃げるように厨房へ去っていくのを見送り、前崎は溜息をついた。


「いいか坂上、俺が払うとはいえ、これは国民の血税だぞ」


「俺がこれまで納めてきた所得税の方が、この肉より高ぇよ。文句言うな」


「……違いない。だが、それは俺のせいじゃない。

 それにせめてもっと静かな高級店とか店は他にもあっただろう」


「あぁいう店は家族とか、本当にお世話になった奴と行く場所だ。

 ダチと行く場所じゃねぇよ」


「……お前らしいな」


前崎は口角を僅かに上げた。

坂上が提示した「新自衛隊」受託の条件。

それは「前崎と二人で焼肉を食うこと」だった。

条件というか食ってから決めるそうだ。


坂上が猛烈な勢いでタンを網に並べ、次々と口へ放り込んでいく。


「で。肉を食わせた恩で、俺の部下になってくれるのか?」


「は? なるわけねぇだろ。死んでもお前の下にはつかねぇ」


あまりに即答され、前崎は毒気を抜かれた。


「お前の"手伝い"はしてやる。だが、立場は対等だ。

指揮権の一部をこっちに寄こせ」


「……具体的には?」


「例えば領海侵犯だ。具体的には竹島とかな。

他国の船が踏み込んだ瞬間、現場の判断で『排除』させろ。

お前の政治判断を待ってたら、こっちの首が飛んじまうんだよ。

 官僚仕事のスピードで戦場を回すんじゃねぇ」


「……なるほどな。現場への全権委任。

 それがお前の真の条件か」


前崎は網の上で爆ぜる脂を見つめながら、静かに頷いた。


「お前の部下にはハウンドとかいうやつがいるだろ。

 そんなやつがいるのに俺たちにお願いするほど戦力が足りてないのか?

 ハウンドの女とも戦闘したが素人同然だったぞ。

 一億の兵力なんぞ、誇大広告にもほどがあるぞ」


「一億の兵力はハッタリではない。

 だが、ハウンドだけでは足りない理由がある。

 ……それにハウンドには、()()()()()()()()()()()()


その言葉に坂上が箸を止める。


「……無給か? ブラックどころの話じゃねぇぞ」


「金よりも価値のある報酬体系で直接管理している。

 だが、それだけでは経済は回らん。

 やはり国を豊かにし、金を生むのは人間そのもののの力だ。

 俺は、お前に軍人としての在り方を見せてほしいんだよ。

 主に、教育面でな」


坂上は箸を置き、濁った目で前崎を射抜いた。


「……難しい理屈はいい。一つだけ聞かせろ。

もし俺が裏切ったらどうする?」


「裏切る、とは?」


「俺が新自衛隊を率いて、お前を殺しに……クーデターを起こしに来たらどうするかって聞いてんだ」


前崎は肉を一枚、坂上の皿に放り投げ、優しく微笑んだ。


「その時は、俺が正面から受け止めてやるよ」


「受け止めるだと?」


「年に2回、『暴力の祭典』を開催してやる。

 ハウンドと新自衛隊、あるいは俺とお前。

 そこで思う存分、溜まった不満をぶつけ合え。

 発散する場は用意してやる」


「……ハッ。最高にイカれた案だな」


坂上の口元が緩む。面白そうだ、と思ってしまった。


「だが、一応釘を刺しておくぞ。

 もし海外勢力と通じたり、国を売る真似をすれば——その時は、俺自身が貴様を処分する」


「……まぁ、それはそうだろうな。テロリストの親玉に言われたくねぇが」


「お前がそんな真似をしない男だと信じているから、ここに座っているんだ。

 それに俺はこのテロを悪いと思っていない。

 革命だと持っている」


「あのレジスタンスのガキ共と同じ理由じゃねーか。

 それを潰したお前がそれをいうか?」


「俺は悪逆の徒だけをとりあえず粛清しているだけだ。

 まあ見ていてくれよ。相棒」


前崎の眼差しには、打算を超えた信頼が宿っていた。

坂上はそれを肉を食うことで誤魔化し、不器用に話題を逸らした。


「難しい話はコリゴリだ。

 ……酒、飲んでいいか?」


「ダメだ」


「……なんでだよ、今日くらい」


「お前、酒癖悪いだろ。介抱するのは御免だ」


「ケチくせぇこと言うな。一杯だけだ」


結局、坂上は「一杯だけ」の約束を破り、昼間から夜まで焼酎やワインを煽り散らした。

結果、彼は数時間後に店先で無様に嘔吐し、ワインのボトルを割り、それでも肉とアルコールを体に詰めた。

そして「2~3軒目に行こう!」などと言い出した。


前崎は、店への莫大な迷惑料を電子決済で済ませながら、夜の街を仰いだ。


「こうして税金は無駄になっていくのだな……」


独裁者の肩には、一人の友人の重みと、やるせない国家予算の虚しさが重くのしかかっていた。

独裁者の初めての謝罪先は自国の飲食店だった。

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