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【☆5.0万PV】アダルトレジスタンス   作者: オレノマツ
第二章 国家騒乱編

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File:011 国立更生労働施設

——ピッ。ガシャン。

——ピッ。ガシャン。


規則正しい機械音と、焼けた鉄の臭いが充満するここは『国立更生労働施設』。


公務員の大量解雇によって溢れ出した失業者、そして激増する街頭犯罪。

パンクした司法を正常化させるという名目のもと、前崎政権が打ち出した「即決裁判」の終着駅だ。


——ピッ。ガシャン。

——ピッ。ガシャン。


本来なら、逮捕から収監までこれほどの短期間で行われるはずがない。

だが、Hound(ハウンド)が記録した完璧なデジタル証拠の前では、弁護も反論も無意味だった。

「裁判は5日以内」という宣告通り、長谷部の人生は、事務処理のように冷徹に裁かれた。


目の前の透過ディスプレイには、彼の「罪と罰」が嫌がらせのように点滅し続けている。


【被告人:長谷部 満】

■罪状:不同意性交等未遂、傷害、器物損壊、脅迫

■判決:懲役4年(執行猶予なし)

■賠償債務:合計 8,420,000円

(内訳:被害者慰謝料・治療費、ハウンド出動経費、店舗営業補償)

※労働貢献による「罰金減額特例」適用中


「……そんな金なんて、あるわけないだろう」


長谷部は濁った目で、目の前を流れてくる正体不明の金属部品に溶接を繰り返す。

一週間前まで「先生」と呼ばれ、ハンコ一つで予算を動かしていた男の手は、今や煤と火傷で黒く汚れていた。


——ピッ。ガシャン。

——ピッ。ガシャン。


数千、あるいは数万。

思考を奪うための単調作業が、長谷部の細い精神をじわじわと削り取っていく。


「うわぁぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!!」


突然、長谷部は獣のような叫び声を上げた。


「何度……何度同じことをやらせる気だ! 気が狂う!

 俺は、俺はこんなことをするために生きてきたんじゃない!!」


激昂し、手元の部品をコンクリートの床に叩きつける。

金属が跳ねる高い音が響いた。


『警告。故意による不適切な資材取り扱いを確認。

 ペナルティ加算。対象:長谷部 満』


無機質な合成音声が頭上から降り注ぐ。

長谷部は血走った目で、近くの監視カメラを殴りつけた。


「うるせぇんだよ! 俺が何をしたって言うんだ!

  ちょっと酒を飲んで、少し羽目を外しただけじゃないか!!」


「……うるせぇのはお前だ。ハゲ」


背後から突き刺さるような低い声。

振り返ると、山のような体躯をした男が、忌々しげに長谷部を睨んでいた。

この班の「リーダー」を任されている模範囚だ。


「ふざけるな……!

 なぜ俺が、こんな、お前のような下賤な奴らと一緒に肉体労働を……!」


「……それがうるせぇっつってんだよ!!」


言葉が終わるより早く、リーダーの手にした電気警棒のような「指導棒」が、長谷部の肩に叩きつけられた。


「ぎ、あぁっ!!」


電流が走り、長谷部は無様に床を転げ回る。

信じられないものを見る目でリーダーを見上げた。


「お前がここに落ちた瞬間からな、役職も年齢も関係ねぇんだよ。

 お前はただの『ゴミ』。

 労働によって罪を償うしかねぇんだよ。さっさと働け」


リーダーの硬い安全靴が、長谷部の腰を無慈悲に蹴り飛ばす。

その屈辱が、長谷部の中で最後の「理性」を焼き切った。


「あああああああああ!!」


長谷部は床に落ちていた、まだ熱を帯びた溶接済みのパーツをひっ掴む。

そのまま、油断していたリーダーの側頭部へ、全体重を乗せて叩きつけた。


「死ねッ! どいつもこいつも!!」


鈍い打撃音。

リーダーがよろめき、鮮血が床の金属片を濡らす。


「痛ぇな……上等だ、ブチ殺してやる!!」


リーダーが長谷部の胸倉を掴み上げ、巨大な拳を振り上げたその時、施設内にけたたましいアラートが鳴り響いた。


『緊急。囚人同士の暴力的接触を確認。レベル3制圧を開始します』


直後、重厚な扉が開き、4人の男たちが踏み込んできた。

全員が防弾仕様のタクティカルスーツに身を包み、手には高電圧の「刺又(さすまた)」を構えている。


「が、はっ……!?」


長谷部は4方向から突き出された刺又に首と胴を押さえ込まれ、あっけなく壁に釘付けにされた。

相手のリーダーもまた、別の部隊によって床に組み伏せられている。


背後の壁を背負わされた長谷部の目に、制圧官たちの背中に刻まれた文字が映った。

Hound(ハウンド)

あの居酒屋で見た「フリルの女」と同じ、長谷部にとってはトラウマになった紋章。


「なんだ……こいつらは……!? 警察じゃないのか……!?」


長谷部の問いに一切の答えることなく拘束する。


『対象:長谷部 満、およびリーダーを独房へ。

 本日の作業ノルマ未達分は、独房内での手作業にて補填させる』


「待て! 放せ!

 俺は……俺はもう少しで財務事務次官になる男だったんだぞ!!」


その叫びも虚しく、長谷部は引きずられるようにして、窓一つない冷たい独房へと放り込まれた。


「ノルマ分」と書かれた札の貼られた、部品の詰まったコンテナだけがそのままだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はぁ……っ、はぁ……っ!」


独房の隅、心許ない豆電球の光が、滴る汗をいやらしく照らす。

長谷部に与えられた「補填作業」は、壁の高い位置に設置されたボタンを、叩き続けるというだけの苦行だった。


直立しなければ届かない。座ることも、寄りかかることも許されない。

残数は、あと3,000回。


「う、ぐっ……!」


過去に患った痛風の古傷が、悲鳴を上げる。

関節の中にガラスの破片を流し込まれたような、鋭い激痛。

膝が笑い、視界がチカチカと明滅する。


あと30分で、3,000回。

1分間に100回。1秒間に1.6回。

計算するまでもない。

今の長谷部の体力では、物理的に不可能な数字だ。


「はぁ……はぁ……もう、いい……」


ぷつりと、心の糸が切れた。

長谷部は冷たいコンクリートの床に、崩れるように膝をついた。


「もうどうでもいい……殺せ……。

 俺が、俺が何をしたって言うんだ……」


自嘲気味に笑い、虚空を見上げる。

その瞬間、頭上の空間にノイズが走り、青白いホログラムディスプレイが浮かび上がった。


「……? なんだ……これは」


映し出されたのは、色褪せた、しかし鮮明な「過去」の記録。


『パパ! パパ、見て! 抱っこして!!』


画面の中で、幼い娘が屈託のない笑顔で駆け寄ってくる。

カメラを回しているのは、若かりし頃の自分だ。

家は狭かったが、そこには確かに、自分が「先生」でも「ゴミ」でもなく、ただの「父親」であった時間が存在していた。


『ほら、満さん。こっち向いて』


離婚した妻の、穏やかな声。

愛おしい記憶の奔流。

だが、もっと続きを、と長谷部が身を乗り出した瞬間、画面は非情にもブラックアウトした。


長谷部は、消えた光をかき集めるように、虚空へ手を伸ばす。


「待て……! 続きを、続きを見せてくれ……!

 頼む、それだけが……!!」


祈るような叫びに応え、無機質な文字列が浮かび上がる。


【ノルマ不達成の場合、当該データはサーバーから永久削除されます】


長谷部の背筋に、氷水を流し込まれたような戦慄が走った。

前崎政権は、彼から職を奪い、尊厳を奪い、ついに「唯一の心の拠り所」までをも人質に取ったのだ。


「ぐ……ああああああああああ!!」


長谷部は気が狂ったように立ち上がった。

痛風の激痛など、もはや意識の外だった。

ただ、あの日の娘の笑顔を消させないためだけに、己の指が折れることも厭わず、狂ったようにボタンを叩き続ける。


機械音が、死のカウントダウンのように響く。

プライドも、経歴も、父としての自意識も。

すべてをかなぐり捨てた男の、獣のような形相がそこにあった。


……30分後。


「はぁ……はぁ……はぁ……っ!!」


残り15秒。

カウントが「0」になった瞬間、長谷部は糸の切れた人形のように床に伏した。

心臓が破裂しそうなほど脈打ち、指先は紫色に変色している。


『ノルマ達成。データの保持を確定します。

 ……報酬を支給します』


部屋の隅にある小さな供給口から、カタン、と何かが滑り落ちてきた。

這いつくばるようにしてそれを手に取る。


「な……なんだ、これ……?」


それは、一本の安っぽいボールペンと、薄汚れた一冊の大学ノートだった。


「勉強しろとでも、言うのか……?」


かつて、彼は何万枚もの書類に、これと同じようなペンで名前を書き、印を押し、予算を動かしてきた。

だが、ペーパーレス化を極限まで推し進めた前崎以前からの政権下において、これらはもはや「歴史の遺物」に過ぎない。


「……」


アナウンスは、何も答えない。

ただ、ノートの表紙に貼られたラベルには、こう記されていた。


【独房内における「反省文」の提出。

 1ページにつき、罰金1,000円を減額】


「ふざけるなぁぁぁぁぁああああああ!!」


独房に、長谷部の枯れ果てた怒号が響き渡った。

一週間前まで、一言で何千という金を管理していた男。

その彼に今、新政権は「手書きの文字」という、デジタル社会で最も価値のない労働を、文字通り「小銭」で買い叩こうとしているのだ。


狂ったように笑い、そして泣きながら、長谷部は震える手でボールペンを握りしめた。

ちなみに長谷部は地方の市役所のお偉いさんでした。

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