12 ルオードル皇国からの使者
「おい」
「はい、なんですか」
「…………いや、さっさと行け」
「さようですか」
海辺の洞窟に行ってからというもの、私は頻繁にマクシミリアン様にエンカウントしていた。
最初は偶然かと思ったが、最近は意図的であることがわかってきた。
そして、彼が何かを伝えようとしていることも。
「最近、お兄様がおかしいわ」
「お嬢様、全力で同意します」
今日は珍しく部屋にいるアイラ様に、私は甲斐甲斐しく給仕する。
こういう時くらいしか、彼女に仕えられないから。
「おかしくなったのは、例の洞窟に行ってからね」
「そうですね」
分析を始めてくれた彼女に、流石我が主は違うと鼻が高くなる。
「その洞窟では、貴女と二人きりだったらしいわね」
「そう、ですね」
「男女が薄暗い洞窟で二人きり」
「お嬢様?何をおっしゃりたいのですか?」
ダメだ。
この人は脳内がお花畑に汚染されている。
「あと昼だったので、海面が反射して洞窟は明るかったですよ」
「何を言っているの、大切なのはムードよ」
「お嬢様、あの方にムードが出せるとお思いですか」
「………………」
黙った彼女に、私はじっとりとした目を向ける。
あの人にムードを出せないとわかっているのに、なぜそっち方面へ向かおうとするのか。
「人の恋愛って楽しいのよ」
「煩悩が剝き出しですね」
そういうのは、小説とかの物語で満たしてくれ。
生ものは危険だと知らないのだろうか。
…………あれ、生ものはまた別の話だったっけ?
「貴女は知らないのね。男性同士の恋愛は需要があるのよ」
「生ものーーー!!」
「なま、え?」
混乱する彼女には申し訳ないが、その世界で生ものは慎重に取り扱う必要があるのだ。
ファンタジーであれば、どう解釈してくれてもいいのだが。
「いえ、失礼しました。あと、私は男ではないです」
「あら、忘れていたわ」
「お嬢様……」
右手で眉間をおさえる。
この人がこの調子なのであれば、兄の方もおしてはかるべし………か。
「………え、待ってください。お嬢様は男の私とマクシミリアン様で恋模様を想像してたんですか?」
「お似合いよ?」
「絶対にありえません」
顔を合わせる度に嫌味の応酬をする相手と、愛など芽生えるはずない。
どこをどう見たら、そう思うのか。
コンコン
「入りなさい」
アイラ様の許可を得て、入ってきたのは見覚えのある騎士。
なんだろう、この騎士がよく傍にいた人って確か…………。
「失礼します。今から彼を借りてもよろしいでしょうか」
騎士の視線は、明らかに私をさしている。
嫌な予感しかしない。
「お兄様の指示ね?構わないわ」
「お嬢様!そこは構ってください!」
喚く私を、騎士が無情に引き摺っていった。
「はい?私が使者をもてなす?」
「そうだ」
連れてこられた先は、マクシミリアン様の執務室。
そこで、私は想定外の仕事を押し付けられていた。
「私にはその、ルオードル?とかいう国について一切知らないのですが」
来週あたりに、ルオードル皇国の使者が我が国ムエルトスへ来るらしい。
その歓迎大使として、私が指名されたのだと………。
「諦めろ。その使者がお前に会いたいと言っているらしい」
「それはまたどうして」
他国の使者に何かしたことなんてない。
むしろ、この屋敷から出ることはほとんどない。
「我が妹の名声は他国まで届いていたからな」
「ああ…………」
アイラ様は、本当に色々とやらかしていたらしい。
私がお茶会で聞いた話も、氷山の一角に過ぎなかったのだろう。
「その愚妹が変わった理由を、お前に聞きたいのだろう」
「なるほど」
その使者は、アイラ様の傍にいつも控えているであろう私を指名して、彼女について根掘り葉掘り聞こうとしているのか。
「断ることは———」
「不可能だ」
「ですよね…………」
その使者がそんな願いをするのは不思議だが、それほど難しい願いではなさそうだ。
つまるところ、我が主を自慢すればいいということだろう。
「言っておくが、無駄口は叩くなよ」
「私をなんだと思ってるんですか」
「主馬鹿」
「主に忠実な従者と言ってもらえます?」
こうして、私は初めてのおもてなしをすることになった。
一週間後。
ポナシェイド家のホールは、多くの人で溢れていた。
ホールの中央には、小柄な従者と豪奢な衣装を身につけた男性が立っている。
「やあやあ!君がアイラ殿の従者だね?」
「………はい」
「是非とも君に彼女の話を聞きたいと思っていたのだよ!」
「さようでございますか………」
ルオードル皇国から来た使者は、なんとも元気なお方だった。
「おやおや?緊張しているのかな?」
「ええ、まあ…………」
飄々としながら距離を詰めてくる彼に、私は引き気味だった。
それは、彼の身分のせいでもあった。
「使者の方が、まさか第2皇子殿下とは思いもしませんでした…………」
日焼けした肌は南国を思わせ、艶やかな黒髪は黄金の瞳を際立たせている。
アラブの富豪を思わせる衣装は、なかなかの煌びやかさだ。
「そう固くならず、気楽にしておくれ!」
「!」
グイッと肩を抱かれ、彼の胸の中に倒れ込む。
「おや、君は男性の割に華奢だね」
「……まあ、この国では珍しくもないですよ?」
肩をさわさわと触られ、冷や汗をかく。
触られるのはマズい。
物理でいかれるとバレる可能性が格段に上がる。
視覚なら、まだ騙せるが……。
「そうなのかい?それじゃあ、さっそく部屋に案内しておくれ!」
「ちょっ、手を、手をどけ———」
肩にあったはずの手が、どういうわけか腰にまわる。
そして、私とは別に控えていた執事が部屋を案内し始める。
………なんだろう、その執事から憐みの目で見られてる気がする。
「さあさあ、行こう!」
(お嬢様!いやもはやマクシミリアン様でもいい…………助けて!)
この高貴な方の暴走を止められそうな方々は、屋敷を出払っていた。
王城へ使者を迎えに行ったのだが、その使者は目の前にいる。
…………入れ違いという地獄の事態が起こっているようだ。
私はそのまま、この原液レベルで個性の濃い第2皇子の相手をすることになった。
密室かつ、一対一で。




