11 迫る秒針
「お嬢様、今日も視察ですか」
「ええ、行ってくるわ」
「いってらっしゃいませ」
アイラ様は変わった。
傷心していたのが噓のように、後継者としての勉強を励んでいる。
「おい、早く行くぞ」
「そして、どうして私は貴方様についていかされているんですかね……」
アイラ様の従者であったはずなのに、今ではすっかりマクシミリアン様の従者のようだ。
「ちょっとお兄様、この子はわたくしの従者よ」
まだ出発していなかったアイラ様が振り返る。
玄関でもだもだしているため、使用人たちの目が痛い。
「知らん。首輪でもつけておけばいいんじゃないか」
「まあ!なんて品のない」
「お前も言うようになったな。……従者の影響か?」
マクシミリアン様の視線を受け、肩を竦めて心外の意を示す。
「とにかく、無理はさせないでくださいませ」
「お嬢様……!」
「宥めるのが面倒ですから」
「お嬢様……」
感動を返せ。
流石、我が主って思ったのに!
「さっさと行け。遅れるぞ」
「まあ、大変!」
懐中時計を確認した彼女は、パタパタと走っていった。
そう、従者の私に一瞥もくれることなく。
「主はすっかり領地経営に夢中だな?」
「からかわないでください」
この人のオモチャにされるのは、非常に疲れるのだ。
できるなら回避したい。
「あ、そういえばよかったですよ」
「何が」
怪訝な顔をする彼に、私はいたずらっぽく笑う。
「兄妹の仲が良くて、とてもよろしいかと」
「…………仕置きをお望みか」
「断固として嫌です!!」
この屋敷は変わった。
『かまって姫』は立派な後継者になったし、その兄は優しくなった。
まあ、優しくなったとは言っても、微々たるものだが……。
「それにしても、まさかマクシミリアン様が後継者になるつもりがないとは思ってもいませんでした」
そう、彼はアイラ様が後継者の勉強を始めた時点で、自分が後継者になるつもりはなかったのだ。
「まあな」
「いや、じゃあなんでこっちを煽るようなことしてきたんです」
明らかに、ライバルみたいな顔でこちらを刺激してきたくせにどういうことだ。
「そんなのポナシェイド家を率いる素質があるか、試していたからに決まっているだろう」
「くっ、文句のつけようがない……」
元後継者としてアイラ様の素質を試していたというのなら、責めることはできない。
むしろ、至極当然の行動とも言える。
「…………後継者になるより、『悪魔』を追うんですね?」
「ああ」
真っ直ぐな瞳をした彼に、私は微笑んだ。
「では、出発しましょうか」
ザアアァァァ———————
「ここは……海辺?」
馬車に乗っていた時から聞こえてきた音が、波の音だと気づいたのはさっき。
直前まで寝ていた私は、着いたのが海だと気づくのが遅れた。
「まさか、俺の膝の上で寝るとはな」
「すすす、すみませんでしたあっ!」
最近、慣れてきてしまっていたのだろう。
まさか、こんな恐ろしい人と一緒に馬車に乗って寝こけてしまうとは……。
「これは貸しにしておこう」
(嫌すぎる)
しかし、膝で寝てしまったのは私の失態だ。
甘んじて受け入れるしかない。
項垂れる私を遠巻きに見ていた騎士たちが囁く。
「俺見たんだけどさ。あの子が向かいで寝てたのを主君が移動させてたんだよな」
「俺も、わざわざ膝枕してあげてたの見ちまった」
「それに馬車に乗る前に食べさせてた果物って、確か睡魔を誘発する成分があるやつだった気が……」
「「「………………」」」
懸命な騎士たちは、このことを墓場まで持っていく決意をした。
「ここだ」
「え、ここですか?」
連れてこられた先は、海辺の洞窟だった。
見渡してみるが、石碑はどこにもない。
もしかすると、壁に何か刻まれているのかと見てみたが……何もない。
騎士たちはここにおらず、真っ当な意見を聞くこともできない。
「特に何もありませんが……」
「それはそうだ」
「え?」
そんな当たり前だろうみたいな顔されても。
今までは石碑とか、石板とか、何かしらの資料があったのだから期待するのは無理ないはず。
「ここは俺が『悪魔』に何かを奪われた場所だ」
「………えっ?」
衝撃的な事実に、私は暫くフリーズした。
マクシミリアン様は、正気を取り戻した私に昔話をしてくれた。
当時学生だった彼は、ここへは家族でバカンスに来たらしい。
しかし、両親はバカンス中でも仕事で忙しく、妹は…………割愛する。
一人の方が気楽だった彼にとって、この状態は天国だった。
だが、それもこの洞窟を訪れてから一転する。
この洞窟で出会った何かのせいで、彼は忙しくなった。
当時のことを思い出すと、不快9割・殺意1割らしい。
(その何かは、この人に一体何をしちゃったのか……)
なんとも言えない内容だが、それを語る彼の表情は穏やかだ。
きっと、彼にとって良い思い出だったのは確かだろう。
「人だったのか、物だったのか、生き物だったのか…………それすらわからない」
追悼するように目を閉じた彼は、今何を思っているのか。
悲哀、哀悼、憧憬、こんな言葉が脳裏をよぎった。
だからなのか、私は思わず口を出していた。
「きっと、人だったのでは」
「…………なぜ」
静かな視線を受け、私は早まったことを悟った。
「いえ…………ただ、なんとなく」
こんな誤魔化しにもなっていない言葉に、私はそっと目を閉じた。
こんな怪しい点を、彼が見逃してくれるはずがない。
今まで共に過ごしてきたからこそ、わかることだった。
「そうか」
(え?)
何も聞かれなかったことに拍子抜けする。
そして、逆に不安を抱く。
「マクシミリアン様、どこか具合が……?」
「急にどうした」
「いえ、らしくないなと……」
彼は自分にも他人にも厳しい人だ。
多少丸くなったとはいえ、その部分は健在———のはずなのに。
「用は済んだ。帰るぞ」
私たちは特になんの成果もなく帰還した。
こんなことは、初めてだった。
まるで、この調査はただのお出かけのようだった。
???「へえ、あれが————ねぇ」
海辺の洞窟では、ひとつの影が佇んでいた。




