第六十四話【もうひとりの術師】
「森の精はどこだ?」
「不覚を取ってしまってね。連れ去られてしまったよ」
「誰に?」
「この学校の生徒、蓮沼勇人」
蓮沼勇人は高校から沖縄へ移住してきたヤツで、以前、音無小春ストーカー及び閏弥生朔への過激な呪詛攻撃を行ったことにより舜歌にきつくお灸を据えられてからは、ずっと大人しかったが、ここへきて、急にどうしたのか?
まあ、そちらもあるが、もう一つ気になる点がある。
「なんでアンタが、ブナガヤを守ろうとした?」
「なに、仮初めとはいえ、私がこの学校の『教師』だからだよ」
この四ヵ月近く、特に何の問題も起こさず、厳しすぎず、優しすぎず。適度な距離感で甘いマスク、女子生徒のみならず、男子生徒にも好感の持てる教師として認識され、学校という組織に溶け込んできたが、オレはこの男の正体を知っている。
これまで数えきれないくらい法を破ってきたはずだ。そんなヤツの言うことなど鵜呑みにはできない。
でも契約には忠実なのだろうということは理解できる。彼の契約内容が「音無小春」の警護と周辺の監視である以上は、今は敵という見方をしなくても問題ないと考えている。
「蓮沼勇人はどこに行った?」
「それは大丈夫だ」
月城一夜は、羽織っているジャケットのポケットから小さな砂時計のようなものを取り出す。
「一角獣の粉」
んなワケはないと思うが、硝子の容器の中に入っている粉状のものは、ある方向へ偏っているのがみえて気味悪さを覚える。
「くっ」
左肩が痛むらしい。月城一夜は左肩を庇いながら、身体を預けていた木の根元から立ち上がると、裏門へと向かう。
門を開けるよう言われ、門錠を捻って引いて、門扉を開くと、外車のスポーツカーに乗った月城が出てきて、車に乗るよう首を振る。
こんな派手な車だったら、目立ってしょうがないが、四の五の言っているヒマはないので、助手席のガルウィングを開いて、シートを倒して後部座席に座り、饒平名晴人に助手席を譲った。
そういや、晴人を連れてきて、大丈夫だったか? と考えがよぎったが車が発進したので、向かう先にいるはずの蓮沼に意識を向けた。
「近いな」
川を渡ると、まだ区画の整理されていない場所。道路に沿ってポツポツと人家があるところに差し掛かったあたりで月城が呟いた。
チカチカとウインカーを左に入れると、山道へと入っていく道の脇に車を停めた。
あたりは真っ暗で、月城が車からネックレスタイプのLED照明を晴人と瑛守に投げて寄越してきた。
それでもこの暗さでは心もとないが、月城が大きめの懐中電灯を持っているため、一番後ろから前を照らしてもらう形で山道を登っていく。
数分もしないうちに、音が聞こえてきた。
流行りのJ-POPで、最近よく耳にする曲だが……。
音の発生源に到着すると、二十基ほど集まったお墓があり、そこで改造したバイクが数台横倒しになっていて、あちこちに不良と思しき少年たちが、倒れている。
近づいて応急処置が必要かを一人ひとり確認する。
死んではいない。気を失っているだけ。
誰にやられたのかは一目瞭然。
──蓮沼勇人。
気絶して白目を剥いている不良の頭を鷲掴みにしたまま、お墓の先にある御嶽の前でボーっと突っ立っている。
蓮沼勇人はけっして体格に恵まれている訳でもなにか格闘技をかじっていた。なんてこともない「いたって」普通の高校生。
なのに不良五人をひとりでのしてしまうなんてちょっと想像ができない。
「気をつけるように、相手は憑かれ人だ」
憑かれ人。
悪霊などにカラダを乗っ取られたひとを指すが、自分が舜歌から習ったのはせいぜい家の中を徘徊するぐらいで、外に出て人を襲ったりなどけっしてしない。
「いつの間にか、移動している」
月城一夜の持つ一角獣の粉が別の方向を指している。
「ちょっと待った。自分とこの生徒をほったらかしにするつもりかよ?」
「あー、そうでしたね。『彼も』いることを忘れていました」
縄跳び。やはりプロだな。
職質で、呼び止められた時、ロープだと勘繰られるが、道具が縄跳びで職業が教師ならうまく言い逃れができる。
月城一夜は、めんどくさそうにピンホールシャツのカラーピンに親指を押し当てると、粒のような血が親指から浮き上がり、反対の手に持っていた布製の縄跳びに親指を沿わせ、血を塗りたくると、縄が自我を持ち、蛇のように這いながら蓮沼に迫る。
「あ゛、がぁ」
おいおい、ウソだろ。
蓮沼が二重巻のうえ、固結びで縛られた縄飛びの縄を引き千切ろうとしている。
「はやくしろ。あまり保たんぞ?」
しっかり瑛守のことまで、術師として数に入れている。
エコタイプの祓塩を溶かした水風船を二個投げると顔と胸に命中して当たったところから黒い湯気のようなものが出て苦しそうにしている。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
こっわ。
両腕が縛られたまま、もの凄い形相でこっちに向かって突撃してくる。
プスッ
「おっと危ない」
饒平名晴人が長い針のようなものを首のところに刺すと、電池が切れたオモチャのように、動きが止まったので、倒れてくる蓮沼をキャッチした。
「晴人お前……」




