第六十三話【森の精】
「確認したいことがあったの」
「なにを?」
王李燕が近づいて話しかけたのは、近くで相手を観察したかったからで会話の内容には何も意味はない。
彼女が見たのは、表情と発汗状況。
十二月も終わろうとしている時期だが、沖縄は寒いとは程遠い温度で、外気の気温で二十度を超えている。
ジャケットを着て、歩いてきたのなら、上着は脱ぎそうなものだが、三人とも上着を着用したまま。なので滲み出るような汗が額や頬にかいていないか? ひっそりと足元に配置した三本銛を持った上位霊に反応する可能性がないか、と表情をまじまじとみたが、ビリヤードの男性も、女性といる男性も、どちらも汗をかいてないし、表情にも変化がみられなかった。
「ということは消去法で……」
「カウンターの男となりますね」
やはり、ひとりで座っている男が、自分達が探していた男だった。
世沙に逃げ出せないように入口を塞いでもらい、私と王李燕で、ビール瓶片手にスマホをいじっている男に声をかける。
術を使ってきたら李燕が、体術なら私が対応する予定だったが……。
この男もはずれ? 年頃の女性が声をかけてきたことで、急に気取り出して、下心がまる見え……。試しに李燕が上位霊を出しても反応がない。
手がかりが途切れた。目の前の男にこの数分の間に金髪の男が店に入ってこなかった訊ねると、先ほど、注文を取っていた店員が、慌ただしく店に入ってきて厨房に消えたことを話した。
「まさかッ!?」
厨房に急いで向かうと、奥の食糧庫にこの店の店員と思しき男がふたり気絶していた。
「九明、こっち」
厨房の中に別の扉があり、開けると従業員が着替えや休憩する小部屋があり、さらに奥の扉は裏通りに繋がっている勝手口だった。
扉を開いて、通りを見渡してもすでに男の姿はなく、先ほど気絶していた男からはぎ取ったであろう、ハーフエプロンが脱ぎ捨ててあった。
やられた……。
急いで、ハンバーガーとコーラの代金をレジの奥に置いて、店の入り口側まで戻り、、世沙を連れて店を出た。
「言われてみれば不自然な点がありました」
世沙は店員に扮した男の金色のネックレスや髑髏マークの指輪に少し違和感を覚えたそうだ。
日本は当然のように守るが、欧米でも指輪やネックレスなどの類は雑菌が料理に混入するのを防ぐために身につけないのが、常識らしいことを以前テレビで観たそうだ。
これは日本人がイメージする海外の人はアクセサリーを身につけているもの、という「無意識の偏見」が招いたチェックミス。
「じゃあヒマになったから林家に行こ♪ ふたりのお部屋をみせて?」
「絶対にオマエは家にあげん」
「ひどーい、親友に対して、あんまりだわッよよよッ」
「誰が親友だッ」
「じゃあ、恋人?」
「・・・」
軽く眩暈がした。
また変態にペースを握られそうになってしまった。
「ひとつ気になる場所があります」
それまで強制コントに出演していた姉に代わり、ちゃんと次の行動を考えてくれていた。
☯️☯️☯️
「いっけね、学校に忘れ物した」
「そっか、じゃあな。ってオレも財布忘れたかも……」
「一緒に取りに行くべ」
「まあそれしかないわなッ」
饒平名晴人、二学期に本土の高校から十一年ぶりに沖縄に帰ってきた幼馴染。
二学期の初日は新興宗教の教団に洗脳された状態だったが、舜歌が洗脳状態を緩和したことから、今ではほとんど抜け切った状態で表情も明るくなった。
金城瑛守は二学期になってから、饒平名晴人とよくつるむようになり、舜歌や朔、音無小春とは学校の中だけの付き合いが多く、平日の夜や休日の祓い魔の手伝いにあまり顔を出さなくなった。
自分には自分で決めた進むべき道がある。
もうすぐ十九時になるところなので、教師用の駐車場に繋がっている裏門の潜り戸を抜けて校内に入る。
「あった」
「オレも」
自習室はまだ明かりがついており、三年生の女子が数人残っていたので、施錠してなかったので助かった。
校舎を出ようとしたところで、「ドサッ」と物音が聞こえた。
校庭の立派なガジュマル。
視える人は夜、全体的に黄金色に光ってみえるので、帰りが遅いときなどは瑛守もよくこのガジュマルの発光しているところを目撃している。
このガジュマルは程家が「裏」で管理しており、木精キジムナーの上位精霊にあたる森精ブナガヤを棲まわせ、この高校と周囲を守護している関係で、小物の悪霊程度なら網に引っ掛からないが、人を不幸に陥れるような悪霊がテリトリーに入ってきたらならブナガヤが退治してくれるので、大変ありがたい存在。
ここにブナガヤがいるのは、二代前の程家の当主が、自然豊かなやんばるの森を乱開発した人間に怒り、川の氾濫や土砂崩れを起こした精霊を調伏し、このガジュマルに封印し首輪をつけたそうで、ブナガヤ側からしたら迷惑な話なのだが、舜歌曰く「仲良しの友達」だそうだ。
そのガジュマルの下の方から何か音がした。
イヤな予感がする。
ガジュマルが「光っていない」。
以前、舜歌からもらった木製バットは普段持ち歩けないので、カバンからあるものを取り出す。
三角スケール。
通称「サンスケ」と呼ばれている建築系の業界では必須のアイテムで、図面の縮尺に応じて、三面、六種類の中から適合する尺度を選択し、長さを計ったりするものなので、建築士を志す自分が持っていてもなんの問題もない偽装暗器。
まあ普段は本当に勉強に使っているが、対悪霊向けの護身用具としても役立つ。
二十五㌢の尺だが、伸縮できるように工夫しており、五十㌢ほどの長さになる特注製のもので、材質やサンスケそのものに舜歌が霊力を込めてくれたもので、並の悪霊ならこれだけで、浄化できる。
反対の手には祓塩の入ったペットボトルと両側のポケットにエコタイプの祓塩を溶かした水風船を忍ばせる。
「!?」
よく知っている人物が木の根元に倒れている。
新興宗教の教団に雇われた非合法の闇術師。
「月城一夜」




