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第六話【霊力】

『ジーッ、ジーッ、ジーッ』


 教室の一番後ろの席は蝉の鳴き声で教師の声が聞き取りづらい。エアコンが故障していて教室の窓は開け放たれているため、()だるような暑さに目を回しそうになる。


 それにしても昨日は大変だった。程舜歌の突然の結婚の申し込み。それまで優しかった姉の寿那が「お子様には朔はやらないもん!」と自分もお子様のように言い放ち、舜歌は舜歌で「なんでいいさ?」とあっけらかんとしていた。


 ちなみに自分(はじめ)には何の相談もなく、突然の告白(プロポーズ)に硬直してしまった。動けないでいる自分をおいて寿姉がなぜ、突然求婚することになったのか理由を訊いてくれた。


 沖縄の女性は「セジ」と呼ばれる霊力を大なり小なり必ず持っているそうだが、男性は殆ど霊力を持っていないそうで、高霊力(サーダカ)の男性は超超レアらしい。子供の頃から悪霊と守護霊が身近にいて〝障って(・・・)〟いたため霊力が高くなったらしく、高霊力の跡継ぎを産むなら、男性もできれば霊力が高い方がいいという理由だった。昨日、舜歌のお父さんと晩御飯の時に顔を合わせたが、結婚に反対をしなさそうだった。


 っていうか、お兄さんもお父さんも全部舜歌の言いなり。そういう習わしみたいなのがあるのかな……。あと、舜歌の母親の姿はみえず、話にも出なかったのでまずい事でもあるかもと触れないようにしていた。


 だけど、ウチはどうだろう? 親父に話したら「沖縄に来てたった四・五日なのに、お前……他人(ひと)様の()になんてことを……」とか言われそうで怖い。もう一人の肉親である姉は猛反対している……死んでるけど。

 昨日から寿姉ちゃんは舜歌の〝術〟のようなもので俺のスマホに憑依した。

 

 再び会えてとても嬉しい。でもこの八年間、ずっとお姉ちゃんに私生活全てをみられてたかと思うと恥ずかしくて自分の記憶を消してしまいたくなる。

 お昼時間にスマホを開くと、寿姉ちゃんはSNSを開いて色々な発信を見て、感慨深げに読んで学習している。


 そっか……八年前って寿姉ちゃんガラケーを持ってた気がする。

 そういえば昨日から身体が嘘みたいに軽い。午前中の体育の時間で初めてサッカーでゴールを決められた。こんなに運動神経って良かったっけ? ずっと病弱でしょっちゅう怪我ばかりしてたから体育の授業に出ること自体珍しいのに……。


「閏弥生君、放課後ってヒマ?」


 放課後になるとすぐに音無さんが声を掛けてきた。


「う、うん暇だけど……」

「よかった……素描(デッサン)のモデルになってもらえないかな?」

「え?」


 かなり狼狽(うろた)えてしまったが、何とか返事をし、十分後に美術室に行くと音無さんだけが画架(イーゼル)の準備をしており他に誰もいない。


 前の方に置いてある椅子に座り指定された姿勢を取ると、音無さんがすぐにスケッチを始める。窓を開けているせいで、長い黒髪がサラサラと揺れている。音無さんはキャンパスに集中しているが、時折チラリとこちらを見る時に視線が自然と交わる。


 運動場から屋外の部活生の掛け声やボールを蹴る音、野球部の高く甲高く響くバットの打撃音、吹奏楽部の重低音など様々な音が窓の外から聞こえてくる。しばらく無言が続いていたが、音無さんが口を開いた。


「昨日って、舜歌と何かあった?」

「ぶふっ」

「そこ! 動かない」

「ごめんなさい……」


 あまりの質問に口から変な声が出た。


「……私わかるの」

「え? 何が?」


 音無さんが絵画用の鉛筆を立てて片目でこちらを覗き込む。


「閏弥生君が昨日と全然違うこと」


 鋭い……。なぜ分かるんだろ? まだ、三日しか机を並べてないし、クラス……いや、同じ学年の中で高嶺の花である音無さんと会話なんて殆んどしてないのに。でも舜歌と何かあったというか一方的に結婚宣言されただけだし。

 

 そう、物事には必ず順番(ステップ)ってものがある。例えるなら階段の一段目を踏むことなく百段目に着地するほど、なんか色々と素っ飛ばしている……。


 程家がなぜ霊力を持つ男性を欲しているかは昨日の事件で何となくわかった。要は一族でああいう悪霊退治みたいなものを続けてきたから家のために相手を選んでいるのだ。


 自分の性格とか外見とか含めて、恐らく何も見ていない……。小っこいし、なんだかガサツだし、容姿を女の子らしく整えようとする気すら恐らくない。自分の理想は清楚で色白で黒髪で優しい笑顔を向けてくれる女性……そう目の前にいる音無さんみたいな人が好み……。


「実は……」


 音無さんに今の自分の心の内を伝えようとした瞬間。──『ガラガラッ』


「あっいた! 朔~帰るよ~」


 舜歌が美術室の扉を開き、入ってくると音無さんは「今日はおしまい……また今度お願いできる?」と話しさっさと道具を片付け始めた。


「舜歌、なんで一緒に帰るの?」

「あれ、言ってなかった? お祓い料」

「え、いくら?」

「ううん、お金じゃないよ~身体で払ってもらうから大丈夫」


 身体で払う……。え、あ……どういうこと?

 混乱したまま彼女についていくと、十五分後にその謎が解けた。


『ギャアアアアッ!』


「ふう、地縛霊(トオリムン)の割には骨があって(・・・・・)骨が折れるな(・・・・・・)……なんちゃって♡」

「……」


 『死亡事故あり、スピード出し過ぎ注意』と書かれた注意看板が立っている幹線道路の急カーブの傍で除霊を終えた見た目小学生が中身おっさんのような背筋を凍てつかせるギャグを放つもスルーして何も聞かなかったことにした。


 身体で払うってこれか。悪霊を祓うお手伝いをしろ、と……。いや、別にいいよ。うん、別に他のことなんて露とも想像すらしてないから。


「舜歌は自分なんかと結婚していいの?」


 あれ……。なに急にこんなこと聞いてるんだろ? どんな返事を期待してる? 自分で自分の気持ちがわからない。舜歌はこちらを振り返り笑顔で答える。


「うん、いいよ~、だって結婚しないと赤ちゃん生まれないんでしょ?」


 は? もしかして……。いや……ありえなくはない。見た目小学生はやはり心も小学生以下なのか……。


 でもなんか、ホっとした自分がいる。



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