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第五話【呪(しゅ)】


『ズ……ズズッ』

はじめちゃん、迎えに来たよ……一緒にいこう」


 朔の住むアパートから少し離れたところから朔の〝ニオイ(・・・)〟がする。夕方、交差点のところでまた”邪魔”が入ってしまい見失ってしまった……。だが、どんなに遠く離れても見つけることができる。敷地のなか、右手にある離れに一人で寝ている。

 家の玄関をすり抜け(・・・・)、中をみると、畳間の真ん中で頭から布団を被って寝ていて顔が見えない。でも感じる。


 これは朔の気配……。

 もう……お寝坊さんなんだから。


「ねえ、早く起きて」


 布団を揺するが朔は一向に布団から出てこない。

 どうしたの……さては恥ずかしがってる?


「んもう、しょうがないなぁ……ねえ朔ちゃん、早く起きて一緒に逝こ(・・)?」


 長く伸びた爪を布団に引っかけ、いきなり無理やり剥がす。

 しかしそこには朔ではなく朔の髪の毛が練り込まれた人形が置いてあった。


『バサッ』──振り返ると、欄間(らんま)に仕込まれていた網が下りた。


「よーし、捕まえた♪」


 隣の部屋の障子が左右に開くと、同じように網が降ろされており朔と少女がいる。

 少女が人差し指と中指を上に立てた片手を口に当て、何やら呪文の様なものを唱え、部屋の四方の札の文字が光り部屋の壁、床、天井を薄い光が覆う。


 隣の部屋にいることに気が付かなかった……。朔の〝ニオイ〟は覚えているのに。何か仕掛けをされた?


「朔ちゃんヒドイよ……私が何したっていうの?」

 隣の畳間にいる朔に飛び掛かろうとするが上から降りた網に触れると火花が起き、吹き飛ばされた。


 シィィィーッ! と人ならざる摩擦音で威嚇する。


寿(かず)お姉ちゃんじゃない……」


 朔は今、隣の部屋で身代わりの人形に悪霊(マジムン)が引き寄せられ罠に掛かるのを待っている間に舜歌から水中メガネのようなカタチをした霊視眼鏡(ユーカガン)を渡されていて、それで隣の部屋におびき寄せた悪霊を見る。


「朔~この上位悪霊(シタナカジ)は誰ね?」

(あ、思い出した!?)


☯☯☯


「ごめんね、ボク、姉ちゃんが大好きだから」

「そうなの……朔ちゃんにこれアゲル♡」

「え? もらっていいの?」

「うん、朔ちゃんいつもコレを持っててくれたら嬉しいな」

「有難う、じゃあごめんね~」


 小学二年の夏。

 少しおませだと自覚があるが、異性に興味を持ち始めて一年は経とうとしている。 

 早熟しているせいか同い年の子は皆、ガキに見える。

 上級生の男の子に何度か告白するも、すべて惨敗。

 そんな中、教室を見渡すと、ひとりだけ他の子達と違って少し大人びた子がいた。

 歳の離れた姉がいるらしく、そのせいあってか周りよりは幾分かマシにみえる。

 ある日、日直で一緒になった時にさり気なく優しくしてもらった。すぐに好きという気持ちに傾いた。

 気持ちが昂ぶり告白したが、「お姉ちゃんが好き」と言われ、あっさりと断られた。

 告白をした廊下から少し離れたところにいる男友達と合流するとすぐにワーワーと騒ぎながら朔は教室の中に姿を消した。


 ハンカチ貰ってくれてありがとう……。

 お姉ちゃんが大好きなの?


 そう……。

 そうなんだ。

 そんなこと~~♡












ゆ る 


  さ な い






ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない



 朔ちゃんは私の「モノ(・・)」。歳の離れたお姉ちゃんが好き? ふざけんなババァ! 

 

 ──いけない。


 こんなんじゃまた(・・)転校させられちゃう。

 隣町に住んでた頃、幼稚園で感情的になって同級生の男の子の目をペーパーナイフで刺して隣町から逃げるように引っ越したのを思い出しちゃったかも。


 ゾクゾクしちゃった……痛いよ痛いよって♡ でもあんなんじゃ満足できない。


 朔ちゃんは運命の人。だからね、今回はぜったい逃がさない。

 私ね、大人に怒られずに自分の望みを叶える方法を最近、勉強したんだ。ひとを自分のものにする方法を……。

 家に帰ると、さっそく儀式の準備に取り掛かる。歴史の中で忌み嫌われ廃れていった呪禁師の流れを汲む家系に生まれた私はひととは違う力が使えた。


 しかし、曾祖父の代を最後にこの力を使える者が途絶えており、私の家族や親戚はこの特別な力に恐れを抱き、ことあるたびに何度も釘を差してきた。


 そんなある日、父親の実家へお盆で帰省すると、曾祖父の霊が私の目の前に現れ、蔵に導き何冊かの本を読ませてくれた。

 私は本をみて、見様見真似でいくつかの使えそうな術を体得した。だけど書いてる文字が難しくて完全には会得できてないみたい。


 でも、これで充分……。私の周りには敵は誰もいない。全て私の思い通り。

 これまでも、そしてこれからも……。

 次の日、学校に行くフリをして家を出た後、共働きの母が家から出たのを確認して、家に戻り部屋に閉じこもる。


「魂を抜いちゃえばいいの……」


 そう……、魂を抜けば自分の手元に置いておくことができる。これまで何度も行っている自分の魂をカラダから抜く作業を行う。ベッドに寝そべっている自分を見下ろした後、二階の窓をすり抜け、愛しの男の子の元へ向かう。


 術が不完全なのか、霊魂……生霊になると目が悪く(・・・・)なり、ボンヤリとしか見えなくなる。それは何度か経験していたから、その対策を事前に準備していた。

 朔ちゃんに渡した黄色いお花が刺繍されたハンカチ。花の名前は「彼岸花」、マーキングにはもってこいの呪物。


 ──いた。朔ちゃん信号を渡ろうとしてるの?

 しょうがないなー、私が手伝ってあげる♪


『キキィィィーーー』


 大型トラックに轢かれた人間を上から見下ろす。

 あら、朔ちゃんじゃない。この女は……例のお姉ちゃん……。

 

 まあ、いいわ。この女さえいなければ、朔ちゃんは私の物。一度、カラダに戻って朔ちゃんの魂を抜き取ろっと。


『ガシッ』──「誰?」


「行かせない」

「おまえは……」


 交通事故の現場を離れようとしたら足元を掴まれた。


「離せ!」

「いや、絶対離さない!」


 朔ちゃんの姉が霊魂となって足を掴んでいる。


「くそ、このババァ!?」

「──あなたみたいな子は朔ちゃんには相応しくない。絶対行かせないから!」


 姉の霊の手に力が籠ると浮いていた幽体からだを地面へと引きずりおろされ、後ろに回り込んで羽交い絞めにされる。


 どれくらい経ったであろうか。生霊でいられる時間に限界を迎えてしまい、自分の部屋に戻った時にはもうカラダに戻れなくなってしまっていた。

 許さない……。


 それから八年間、幽体となって、ずっと朔をつけ狙うが同じく魂となった姉が朔のそばにいて、ずっと邪魔してきた。

 だが最近、朔を(まも)る力が、だんだん弱まってきている。


 もうすぐ。もうすぐ朔ちゃんが私の物になる。なのに……。

 隣にいる女は誰?


『シャァァァ!』──声にしてはあまりにも猛々しい獣のような唸り声をあげ、網を隔てた隣部屋にいる少女を威嚇する。


 ☯


「へえ、フラれたからって八年も逆恨みしてるの? 怖いね」


 舜歌は朔の説明を聞いてドン引きしている。いや、今はそんな場合じゃないから……。目で合図をすると舜歌はハッと我に戻る。


「そうだった……じゃあ朔をずっと護ってくれた人にも登場してもらおうね」


 舜歌はそう言うと、陰陽の印の入った羅針盤を畳の上に置き、木の剣を持ってヒュンヒュン振り回して舞い始める。懐から黄色いお札を取り出し、羅針盤の隣においてあった赤い液体の入ったお皿に札をつけると、お札に火が付き、木の剣でそれを(すく)い羅針盤に落とすと煙が舞い上がる。


「寿姉ちゃん……」

「朔ちゃん会いたかった……でも今は決着をつけないと」


 煙があがった羅針盤の上に半透明の朔の姉「閏弥生(じゅうさんがつ) 寿那(かずな)」が現れる。


「朔の姉ちゃん、コレ使って」


 舜歌がもう一度、同じように羅針盤の上に火のついたお札をかざすと、半透明な巨大な鎌が現れた。


「ありがとう」


 寿那が大鎌を手に取ったのを確認して舜歌は手で朔を後ろに退かせながら垂れ下がっているロープを引く。両方の部屋を隔てている網が上がると、悪霊と寿那は同時に動いた。悪霊の長く尖った爪が届く前に巨大な鎌が悪霊を両断した。


『ぎゃぁぁぁぁぁあ゛』


 かつて、朔の同級生だった女の子の悪霊が黒い煙となって霧散し空へと昇っていく。


後生(グソー)に還してあげれたさ、良かったね」


 明るく話す舜歌に対して、朔の視線は姉の寿那に注がれている。


「朔ちゃん大きくなったね~」


 振り返った姉は昔とまったく姿が変わっていない。あの頃と同じ優しく包み込むような笑顔。


「寿お姉ちゃん俺……」


 突然の別れになってしまった姉に気持ちがいっぱいになり、これまで伝えたかった言葉が溢れてくる。


「久しぶりの再会のところ悪いけど朔のお姉ちゃんいいかな?」


 自分(はじめ)の言葉を遮って、舜歌が寿姉ちゃんに話しかける。


「ありがとう、朔のお友達、朔だけじゃなく私も助けてくれて……」

「うん、いいよ、それよりも」

「?」

「私、朔と結婚していい?」


「「はい~~~~~!?」」


 霊となった寿姉とふたり、姉弟仲良く驚愕の声をあげた。



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