第四話【悪霊(マジムン)】
「朔~、おはよう」
「……」
「もしかして昨日、出ちゃった?」
『──っ!?』
「あい!? やっぱり……」
寝不足なまま登校し、校門をくぐったあたりで舜歌が挨拶と同時に昨晩の事に触れてきた。
「あれは何なの?」
「舜歌~、朔~おはよう!」
彼女に質問してすぐに後ろから瑛守が掛け寄り横に並ぶ。
今はまずい……。
あれを瑛守に話したら、噂が拡がってまた疎外される……。
「おはよう……ごめんトイレ行きたいから先行くよ……」
二人から離れるように早足になる。
大丈夫かな……。
今のはちょっと不自然だったかも。
二階に上がってすぐに男子トイレの中に籠り頭を抱える。
舜歌は昨日、わざわざ魔除けの札を渡してきた。
昨日のアレはその魔除けの札のお陰で部屋の中に入れなかった?
そもそも自分の名前を知っていた。
自分を「朔ちゃん」って呼ぶのは一人しかいない……いや、いなかった。
「閏弥生 寿那」
小学二年の頃、交通事故で亡くなった姉。
もし昨日の「アレ」が姉の寿那なら合点がいく……。
✜
「寿姉ちゃん、ちょっと頂戴!」
「いいよ、朔ちゃんはよく食べるね~」
小学二年生、自分の皿のロールケーキをペロリと平らげ、高校二年の姉にケーキをおねだりすると姉は優しく微笑み、食べていたケーキを頬っぺたにクリームをつけた食いしん坊にお皿ごとあげる。
「全部食べていいの?」
「うん、いっぱい食べて大きくなってね」
片肘をテーブルにつけ、目の前のケーキに一心不乱にかぶりついている弟を見守る。
「お母さん今日も遅いかな?」
「うん……でも大丈夫、お姉ちゃんが朔ちゃんの大好物のオムライス作ってあげるから」
「やったー、ボク、寿姉ちゃんのオムライス、お母さんが作るのより大好き」
母親は弟の朔を産んで半年も経たないうちに共働きを始めたため、家を空けている時間が長く、朔のお守りは姉の寿那が行うことが多かった。
その所為か朔が幼い頃からまるで母親のように接することが当たり前になっていた。
「お姉ちゃん、そういえば今日クラスの子に告白されちゃった」
「……そう、で、何て返事したの?」
「えーとね、ボク、お姉ちゃんが好きだからごめんねって言った」
「朔ちゃん、お姉ちゃんも朔ちゃんのことだーい好き♡」
「だって、お姉ちゃん料理上手なんだもん」
「そこかー」
ガクッと項垂れる姉を見て朔はなんだかおかしくなって笑うとつられて寿那も笑みをこぼし、意味もなく二人で笑い合う。
「あれ……そんなハンカチ持ってたっけ?」
「これ? 告白してきた子からもらったの……断ったのにあげるって」
「ふーん、黄色いお花の柄で可愛いね~」
「そう? じゃあ寿姉ちゃん良かったらもらう?」
「いいの? やった! ハンカチの週間ローテでちょうど一枚欲しかったのよ」
「そういえば明日って部活だっけ?」
「そうだよ、だから朔ちゃんは児童クラブ」
「えー、やだなー」
ぷぅーっと頬を膨らませて大好きな姉にアピールするが取り合ってくれない。
そういえばそろそろ、弓道の大会に姉ちゃん出るって言ってたっけ?
次の日の夕方、いつまでも迎えに来ない寿姉ちゃんを待ちわびて一人、児童クラブの庭でボォーっとしてると、学童の先生が駆け寄って来た。
寿姉ちゃんが、車に轢かれた……。
先生に車で総合病院に送ってもらう。
病院の中に入ると集中治療室に続く隔離扉の前の廊下で頭を抱えて長椅子に座っている父親がいた。
「お父さん!?」
「朔……」
「寿姉ちゃんは大丈夫なの?」
「朔、よく聞くんだ……」
父親から先ほど寿姉が亡くなったことを伝えられた。
膝に力が入らずその場で崩れるようにへたり込み狂ったように泣き叫んだ。
母は連絡がなかなか取れず、病院に到着したのは安置所に移された後だった。
✜
寿姉ちゃん、なんで?
なぜ自分を恨んでるの?
あんなに仲良しだったのに……。
今でも寿姉ちゃんのこと好きなのに、あの頃なにか悪いことした?
──わからない。
ホームルーム五分前の予鈴で気が付き、重苦しい気分のまま教室へと向かう。
カラダが重い……。
そりゃそうか。
昨日、一睡もしてないから……。
学生生活の中で最もきつく長い授業が終わり、放課後になるとすぐに舜歌が声を掛けてくる。
昨日の出来事を話すと意外な返事がきた。
「今日、アタシの家に泊まってね」
「えっ!?」
同級生の女子の家にお泊り……。
それってもしかして……。
いやいやそんな筈はない。
こんな見た目幼女がやましい事をいうわけないし……。
理由がわからない。
年頃の同級生の異性を娘と一つ屋根の下に泊まらせるって親御さんは大丈夫なの?
それとも親と離れて暮らしてる?
でも少なくとも順宋お兄さんと一緒に住んでるんじゃ……。
「今日で〝マジムン〟を取るから」
「まじむん?」
「魔物って意味、今回は悪霊って言い方かな~」
なんだそうか……そうだった。
今、そういう話をしているんだった。
っていうか見かけお子ちゃまに興味なんて無いけどね……。うん。
一度自宅に戻り他人様のお家でご迷惑が掛からないようお風呂に入り、着替えを準備する。父親に友達の家に泊まるとSNSで流し、さっそく先ほどスマホ上の地図で教えてもらった程舜歌の家へと向かう。
歩いているうちに段々とカラダが重く感じ始めた。
(……、…………)
うん?
国道に面した大きな交差点で信号待ちをしていると微かに頭の中で声が聞こえた気がした。
行っちゃダメ、早くイケ?
え……どっち?
歩行者信号が青になったが立ち止まり少し躊躇っていると、信号を無視した大型車両が目の前を横切っていった。
(今、横断歩道をすぐに渡ってたら轢かれてた)
腰の辺りから鳥肌がせり上がってくる。
左右をよく確認してから慎重に横断歩道を渡り、少し上り坂になった坂道をスマホで地図を確認しながら上っていく。
ここ……か。
表札をみると「程」と書かれている。
今日、休み時間に金城瑛守に教えてもらったが、程という苗字は沖縄では彼女達家族以外知らないと言っていた。
……多分ここが彼女の家で間違いないだろう。
随分と広い敷地。
門が無く、インターフォンらしきものも見当たらない。
入口と思しきところから視界を塞ぐように建てられた壁をかわすように中に入っていく。
広い敷地には正面に大きな建物、左右にも離れがある。
周囲の家はコンクリートで出来た家が多いのに、この家だけ瓦屋根で随分古い年代に建てられたと思われる。
とりあえず正面の大きな建物の玄関をノックすると舜歌が出てきた。
話によると、大きな建物が沖縄の方言でウフヤと呼ばれる母屋で、今日泊まるのは入口から見て右側にあるアシャギと呼ばれる離れに泊まるとのことだった。
アシャギの中に入ると、板の間の先に大きな畳間が一部屋になっている。
「今日はここに誘き寄せて、対決させるからね」
「対決?」
「あとでわかるよ、それより夕飯食べた?」
「食べてないけど別に大丈夫」
「あい! 何言ってるの? 食べないと大きくなれないよー」
それを君が言うか……。




