第五十六話【守護龍尾】
「日不見~、そっちやれる?」
「大丈夫だわ」
名古屋弁でそう返す。
琉球八社のうち、最も位が高いとされている波上宮。
神社は陸地側から坂を登ったところにあるが、今いるのは裏側の砂浜からアプローチしている。
波上宮は琉球石灰岩が波食窪で抉られた海食崖の直上に本殿があり、毎年六月三十日の夏越大祓の時に限られた者しか本殿の裏に入れない御嶽がある場所があり、今ちょうどその真下にいるそうだ。
この場所は県都那覇の唯一のビーチがすぐ隣にあり丸見えで、もう十二月なのにいまだに日中の気温が二十五度を超えているせいか、海に入らないものの、砂浜で遊んでいる家族連れや観光客が多くいる。
彼ら視えない多くの人からすると、あの高校生なにをやっているんだ? と思っているに違いない。
人目があるので道具は使えない。
霊疵により、海難で亡くなり未練を残した悪霊が大量にいる。
海の事故といえば溺死がもっとも多く、次いで船員の海中転落が意外と多い。
マリンレジャーの格好した霊や船員の制服を着た霊が、群がってきていてちょっとした怪物祭りになっている。
「ここは大陸からやってくる龍の入口なんだけどね~」
──程舜歌。
昔の大戦の影響もあるのか小さな島なのに悪霊の量が本土と比べて非常に多く、霊体の強さも群を抜いているこの沖縄で最強と呼び声の高い降霊術師。
その名は東京の本部にも知れ渡るほどで、母親の程寧歌という人物は、日本国内でも屈指の実力を誇ったと聞いている。
彼女の母親は十年近く前に日本の合同遠征で政情の不安定な中東の国へ行った際、ひとりだけ行方不明となったと本部の文献で読んだ。
彼女が最強と云われる所以は、先祖代々受け継いできた最高位の霊体“神使級„が守護しているだけではなく、その霊力の高さと大陸から受け継がれ独自に磨き上げてきた術が彼女のステイタスとなっている。
日不見の術の多くは、具現化をもたらすため、こういった人目が憚れる場所では、使える術が限られてくる。
大気に微量に含まれている第五元素、輝気を大きく息を吸い肺に取り込み、動作に練り込み勁と化したものを悪霊に当て、霊体を拡散させることによって霊体を維持できなくさせ、成仏させる。
ただしこの方法には欠点があり、一連の流れを機械のように精密に動きを再現することが必要で、何十万回とひたすら同じ動きを練習し始めて使える技で、動きに変化をつけることができず、単調な攻撃となり、途中で避けたり防御もできないため、相手も選ばないといけない。
あくまでも本来の己の術が使えない時に使用する補助的な意味合いで、不知見の家では、代々伝承されてきている。
先ほどから程舜歌が戦いながらも十分な余力を持って除霊にあたっているので、こちらに色々と説明をしながらも、誰よりも多くの悪霊を片付けている。
大陸からこの場所に繋がっているのは龍脈と呼ばれる地球の血管のようなもので、その結んだ線上に沖縄で言うニライカナイと呼ばれる常世の世界が繋がっており、来訪神と呼ばれる神々が、そこからやってくるそうだ。
ちなみに東京でアイドルと名乗っても、なんの違和感を覚えない美少女はビーチの砂浜側で待機しており、悪霊が一般の人に向かわないように待機している。
「ラスト~ッ♪」
黒猫の守護霊が最後の悪霊を真っ二つにし終わると、程舜歌が足の膝まで海水に浸かったまま、ゆっくり舞い始めた。
「他是統治大海的巨龍。你要按照我的要求淨化尾巴」
なにを言っているかよく分からない。
しかし、ただ舞っている訳ではなかった。
赤い高欄が目を引く橋の向こうから無色透明だが、知覚できるなにかがこちらに向かってくるのがわかる……。
ソレは、自分達の上にある霊疵に当たると、そのまま岩の中に吸い込まれていくと、あっという間に霊疵が消えてなくなっていく。
「今のは守護龍尾だからね~」
“守護龍尾„。
程家の祖先で著名な人物である程順則が、西暦一七〇六年に明国より持ち帰った「人として身につけるべき教え」……六諭衍義とは別に、その三〇〇年も前に洪武帝が発した際に、歴史を陰で支える術師達が編み出した最重要呪言「裏六言」をひっそりと持ち帰ったそうで、今のはその”言„のひとつ。
教えであると同時に世界の理を超えた尋常ならざる力を発現できるそうだ。
この裏六言を使えるのは日本では程家の歴代当主のみ。
これこそが、程家が最強と云われる本当の理由。
本部でもトップクラスの連中と引けを取らない幼子に見える少女に課せられた使命は実に重い。
しかし、先程、金武の鍾乳洞で小虎と行動を共にしている高校生の男子。あっちは純粋な沖縄の一族ではなく、関東側の『坂守』の末裔だと、目の前の幼子系女子がここへ向かう途中の車内で聞いてもないのにベラベラと喋っていたが、霊力がかなり高く初めて会った時、少なからず驚いてしまった。
他にも全国に名を残す甲子園常連校にあと一歩まで迫った野球部のエースも昨年夏に術師見習いとして、後ろの音無小春と四人で、よく行動をともにしているそうだ。
「男女の仲なの?」
まあ年頃の男女が四人もいるのだ。
そういう仲になってもおかしくはないだろう。
「朔~が未来の旦那さんだよ♪」
幼子系女子がさらりと答えた。
こういう世界では家の繋がりや、術者同士の相性の良い血筋なんてのもザラにあるので、大して驚かなかったが、むしろ驚いたのは隣の黒髪の長髪が似合う美人、音無小春の後に続いた一言だ。
「私も朔さんが好きです」
……うぇ?




