第三十五話【なにか】
「ほう、ただの贄ではないようだのう……」
その昔、村にやってきた民間霊媒師に于児と名づけられた「なにか」は動きを止め、目を細める
「おもしろい、では我に力を示すがよい」
習ったとおり、身体中の霊力を滾らせ、強く命令しているのに于児は涼しい顔をして告げた。
「おおおおおっ」
「温いのぉ!」
ぶわッ
于児の目がカッと見開くと、前方六〇度に渡り衝撃が拡がり始めた。
ギギギギギギッ、「あわわわっ」
後方から戻ってきた料理人、比嘉用高さんが自分の前に立ち大型フライパンで衝撃波を遮ってくれたが、その威力に圧され後方へ飛ばされ、自分も巻き込まれて一緒に数メートルほど後ろに転がった。
「その程度か?」
于児が片手を翳し、何かをしようとした瞬間。
ザザシュ
「その攻撃はさっき見たわ」
山の方に飛ばされていた寿姉が背後に回り込み、バツ印に于児を四等分に切り裂いた。が、またも巨腕を振るわれ、村の奥の方へ吹き飛ばされる。
しかし、大鎌を盾にし、踏みとどまった分、十数メートルの飛距離におさえた。
于児の身体がまた崩れ、小さな黒いものがまた一つに集まっていく。
「”封魂„」
──琉球時代から伝わる魂使い式封印術。
実体を持たない悪霊を捕捉し壺の中に封じる秘術だが、違う用途で使った。
これは……。
小さな黒いもののほんの一欠けらを封印術で手元まで吸い寄せ、地面に叩きつけた。
蜘蛛。
よく見ると黒い小さな蜘蛛で十匹くらいは動かなくなり、残り半分は地面を這い、本体に戻っていった。
「退け、北部、私が封る」
「紅琳、朔の邪魔しないで」
「ちょっ離せっチビ」
異変に気が付いた三家の人達が自分の後方に到着した。
蔡紅琳さんが手でなにか術のものを発動しようとするが、舜歌がその手にしがみつく。
林世沙さんや、蔡碧芭さんもいる。
よかった。
他の人達の実力はまだハッキリとは分からないけど、舜歌なら何とかしてくれるはず。
でも……。
安堵を覚えたが、すぐに己の別の意思が安らぎという名の感情を外に追いやった。
「自分が……いや、俺がやる」
「なんだとぉぉ引っ込め研修生、オマエじゃ実力不足なんだよ!」
紅琳さんの怒声が背中を叩くが、無視をする。
集中しろ……。目の前の相手に。
「昔、眷属にしてやった者の同胞か、ますます面白いの」
于児は奥にいる舜歌達をみて、ニタリを笑う。
「お前の相手は俺だ!」
立ち塞がる。
自分を無視するなんて許さない。
後ろの人達に遠くはるかに及ばないことは知っている。
何百年、とその血を引き継ぎ、数十代に渡って業を磨き続け積み重ねてきたことも……。
だけど、オレは「力」が欲しい。
舜歌を守れる力を……。
「うわぁぁぁぁ」
☯☯☯
「おいチビ……死ぬぞアイツ?」
「大丈夫だよ~、朔は私と結婚するんだモン」
「はっ? 野球部のイケメンじゃなくて?」
「ふふっ紅琳さん、あの方は強いですよ」
「なんで世沙が知ってる?」
「なぜでしょうね、でも彼は並の術士では終わらない、そんな気がするんです」
「ボクもそう思うよ姉さん」
「ハッ、なんだお前ら? 口を揃えて……なら見ててやるよ」
舜歌に忠告すると、林世沙や碧芭まで意見をしてきた。
そこまでいうなら、見届けてやろう。
蔡紅琳は瞼を下げて、より細く目を尖らせ、前でかなり強力な魔物を相手に、己の限界の壁を食い破ろうと足掻いている男を見定めようと視点を合わせる。
くそっ。
本当に効いてるのか?
先ほどから寿姉と用高さんのサポートを受けながら、何度も何度も封魂の術を使って、于児の身体から少しずつ蜘蛛を剥がしていく。
寿姉も用高さんも何度も吹き飛ばされ、傷つき、影が薄くなってきている。
守護霊は影が消えたら存在が消滅する。そう舜歌から以前教わった。
痛い……。
用高さんに護られているとはいえ、何度も後ろに吹き飛ばされ身体中が激痛が走る。
苦しい……。
数十回にも渡る封魂の術を使い、息が切れ、胸が締め付けられる。
恐い……。
相手はかつてこの村で「神」と崇められていた超越したもの。対峙したその瞬間からずっと身体中の毛が逆立ったまま。
だけど……。
それでも……。
「俺のいうことを聞けぇぇぇぇッ!?」
もう何度目か分からない。
于児に対して、飛ばした念で体が痙攣し始めた。
「寿姉ぇぇ!」
「まっかせてぇぇ!?」
寿姉が宙高く跳び上がり、于児を縦に真っ二つにした。
やった……。
力が抜けて、跪くように膝が折れてへたり込む。
「やりおるの……人間」
崩れて動かなくなった黒い蜘蛛の山の中から白い小さな蜘蛛が出てきた。
「我を調伏せしものよ、名を何という言う?」
「朔……俺の名は閏弥生朔」
「朔、今日から我がお主の刀となろうぞ!」
白い小さな蜘蛛はそう言い残し、自分の影の中に吸い込まれるように消えていった。
後ろに倒れて両手、両足をいっぱいに広げて叫ぶ。
「よっしゃぁぁぁぁぁぁぁッ!」
「朔~やったね~♪」
「朔さん、流石です」
舜歌と碧芭さんが駆け寄ってきてくれた。
よいしょっと。
「あ、れ……」
身体を起こし、立ち上がり舜歌の前に立とうとしたところで、視界がグルンっと回って真っ暗になっていく中でドサっと自分が倒れる音を聞いた。




