第十五話【音無 小春】
「……めくん、朔くん」
「うっ……」
頭が割れるように痛い……。
路地裏で音無さんが心配そうに見下ろしている。
「アイツ……は?」
「いえ、朔くん一人だったよ」
いない!?
起き上がり、首を触ると跡が残っている。
あれは警告……。
その気になれば本当に人の命を奪うプロ。
呪術を使った殺人、そんなものが世の中にあっていいのか?
「警察に行こう」
「いや、いいよ……」
「どうして?」
音無さんが自分を心配してくれているが、相手の狙いは音無さん。被害届を出そうとしても、相手が呪術師なので警察に話しても信用してすらもらえず、逆に自分達が目をつけられてしまう。
音無さんに「とりあえず考えさせて」と無理やり説明し、彼女が住んでいるアパートまで送り、そのまま程家に向かう。
「んー、それは私の術が勝ったね」
……は?
舜花に一連の経緯を説明するとなぜか誇らしげにしている。
「だってそうでしょ? 術で敵わないとみて実力行使に出たんでしょ」
……まあそうだね。
舜歌の術は。寿姉を高位霊体としてスマホに定着させてかつ、何でも斬れる大鎌を身につけさせている時点で、明らかに相手より術師として格上。たしかに術が効かないからといって本当に殺人を犯したらさすがにプロの暗殺者でも問題になるだろう。ターゲットは高校生でもある。
「相手は本物。私怨とかではないね~。小春~から手を引けってどういうことかな?」
舜歌は腕組みして考え事をしている。
「ところで小春~はどこ?」
「家にちゃんと送ったよ」
「目的がわからないからウチで匿った方がいいと思うよ」
うん、たしかに。
「舜歌、ちょっといいかな」
順宋さんが部屋に入ってきた。
「大宜味で三日前に“ウシ„が現れたそうだ」
「ウシ……牛?」
音無さんに関係する話が保留になったが、ことは急を要するらしい。順宋さんの車で音無さんを拾い、名護市のすぐ北に位置する大宜味村に向かう。欄干が赤い大きな橋を渡った先の住宅地の入口に車を停車させると、住宅地の中に入っていく。
「程家のものです」
「前任から聞いてますよ」
区長へ順宋さんが挨拶をして状況を教えてもらう。
“ウシ„──やはり本当に牛の魔物とのことで、この地区で牛の魔物を見たという目撃情報と立て続けに人が亡くなっているそうだ。
“ウシ„は夜九時を回ると、場所を問わず現れるそうで、この地区に住む人達は皆、怖がって家の中に閉じこもるらしく、辺りが暗くなりはじめているので、もう人が見当たらない。公民館で九時まで待機してる間に自分や音無さんの親へ連絡を入れておいた。
地区の地図をテーブルの上に広げて地図に針を刺し、針には小さな黄色い札「符札」が通されている。
「きたね」
山に面しているところに刺した符札が黒ずみ始めた。
「いや~、本当に大丈夫かね~?」
先ほど符札が燃えた場所に急いで向かってる途中に区長さんが質問する。それというのも四人のうち三人が学生で、祓えるのが小学生みたいな子だとさっき知ったから。
この中で魔物に立ち向かえるのは舜歌と寿姉だけ。区長さんや順宋さん、音無さんは公民館で待ってもらってた方がいいと思うんだけど。舜歌の話では“ウシ〟は沖縄の魔物のなかでも最大級に危険な相手らしい。
「アンタ達、”高位霊媒師„ね?」
「フミおばーぁ、危ないから家の中に入ってて」
もうすぐ目的地に着くところで角の方に人が立っていた。区長さんにフミお婆ぁと呼ばれた年配の女性は舜歌と音無さんを交互に見ながら話し出した。
「私もちょっと視えるけどね、遺念火が全然見当たらんさ」
「ふーん……わかった、オバーありがとうね」
舜歌がフミお婆ぁに礼をいう。
なんのことだかさっぱりだが、舜歌や順宋さんは何かわかったみたい。
「マロ、オバーを家まで送ってあげて」
(にゃっ!)
!?
舜歌の足元の影から黒い猫が飛び出す。真っ黒だが、眉の部分だけ白く丸い、まるで麿眉。
でも半透明──。この猫も霊の類?
フミお婆ちゃんはマロと呼ばれた黒猫に向かって「ありがうね~」とお礼を言いながら自宅に足を向けた。本当に視えてる。
角を曲がってすぐのところで、舜歌が立ち止まる。
「二頭いる」
舜歌は少し頭を上にあげて、そう呟く。
「朔~小春~。ちょっとここお願い~」
舜歌がそう言うと、順宋さんと二人で先ほどのフミお婆ちゃんが去った方向に走り出す。
ちょ、ちょっと待って
音無さんとふたりだけで魔物と対峙する?
いや無理でしょ。寿姉ちゃんに頑張れってこと?
心の中で悲鳴を上げていると、先の角の方から黒い牛がぬうっと現れた。
「寿姉ちゃん!?」
スマホをかざすと寿姉が飛び出し、大鎌を牛の魔物に向けて構える。
『ぐもぉぉぉっ!』
魔物の眼が赤く妖しい光が灯る。
牛の魔物は目の前に現れた寿姉に咆哮を上げ突進してくるので寿姉は両手に持っている大鎌で迎え撃った。
ガギィィィと大鎌と角が激しく衝突すると、寿姉の方が後方へ吹き飛ばされた。
牛の魔物はそのまま勢いに乗って自分に向かって突撃してくる。
あぶない!?
目の前で音無さんが前に立ちはだかる。走馬灯が流れる。時間が引き延ばされたかのように牛の魔物と音無さんの動きがやけに緩慢にみえる。
「【護幕】」
音無さんに突き刺さるかと思った狂暴な牛の角は透明な幕によって遮られ、波紋を僅かに立てて角の侵入を拒否した。
なにが起きてるの?
音無さんは両手を前に出し、さも牛の突進を阻んでいるように苦しそうにしている。
ヒュッ
音無さんが稼いだ一瞬の時間。体勢を立て直した寿姉が風切り音とともに自分を抜き去り、牛の魔物の首を上段から大鎌を振り下ろし切断した。
「音無さん……」
その場でへたり込んだ音無さんの背中に声を掛ける。
「朔くん、ゴメンね、「ちから」のことを黙ってて」
音無さんは背を向けたまま、少し元気のない声でささめく。
音無さんっていったい……。
「おーい小春~朔~大丈夫ぅ?」
舜歌と順宋さんがもう一匹を片付けたのか後方から追いついた。
「舜歌、私、能力を朔くんの前で使っちゃった」
「いいよ~どうせいつかバレるし……それよりマズいことがわかった」
舜歌は音無さんの告白をあっさりと流し、続きを伝える。
「“ウシ„がまだいる」




