ダンスレッスン
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「こんの……泥棒ねこぉぉぉ―――――――――!!!」
キーンとする耳に昼ドラもビックリなセリフが響く。
私はヒリヒリする左の頬に手を伸ばし、呆然と、未だ叫び続ける彼女を見つめるのだった。
*****
くるくるりん、くるくるりん、ワンツースリー、ワンツースリー…
音楽に合わせてなんとか足を動かす。
早朝からドレスを着込んでダンスの練習を始め、昼ごはんのサンドウィッチもささっと詰め込んで今はまた午後の練習中だ。
地球ではサンドウィッチって、サンドウィッチ伯爵がトランプだかチェスだか将棋だかをやりながらごはんを済ませるように発明したんだってー。って将棋はないだろう!
…こんなどうでもいいことを考えて現実逃避しているのには訳がある。
簡単な曲にしてもらったおかげでなんとかダンスは覚えることが出来た。
あとは慣れだと言う………が。
これはどうやったら慣レルノデショウカ?
「イリィはセンスがいいな。この分なら明日のダンスも問題なさそうだ。前から思っていたがイリィは背筋も伸びていて所作も美しいからダンスさえ踊れるようになればそこいらの令嬢と遜色ないだろう。………いや、むしろイリィの美しさに他の令嬢が霞んでしまうだろうな。あぁ…イリィを他の者に見せなければならないなんて…。そうだ。いっそ俺と部屋に籠るか?」
甘っあまなセリフと蕩けるような笑顔。くぅ…イケメンオーラに殺られる!しかも社交ダンスの距離は近い。至近距離からの連続射撃は私の急所を確実に撃ち抜いてくる。
衛生兵ー!衛生兵はどこにいますかー!?
いや、もう手遅れかも…。なんか刺激が強過ぎて頭クラクラする。
「はい、イリーネ様!集中ー!」
先生!む…無理です!!私をフォローするはずのエスコート役が私の心を掻き乱してくるんです!!
ダンスの先生から飛んでくる叱責に心の中で反論する。
今朝から急にアランは私のことを「イリィ」と愛称で呼ぶようになった。「エスコート役にも選んでもらえたことだし、なんとかして番にしてもらえるよう頑張らせてもらうよ」と頬を撫でながら言われてしまえば何も返すことが出来ない。流されてしまいそうだわ…。あぁ…なんて心が弱いの。頑張れ、自分。負けるな、自分。
たぶん、アランは私の気持ちに気付いてる。でも、番になって…後で後悔させてしまったら?恨まれてしまったら?想像するだけで辛い。
なのに、アランが優しくて涙が出そうになる。
もしかして、彼の手をとってもいいんじゃないかと…思ってしまう。
♪♫♪♬♬〜
優しいワルツの音色が流れる。
部屋に降り注ぐ太陽の光が柔らかい。
目の前で前世で見慣れていた黒い髪が踊りに合わせてさらさらとなびく。
目が合えばそっと細められる目が私の胸を甘く締め付ける。
あぁ…。どうして、こんなにも………
バタ―――――――ンッ!!!
両開きの扉が大音量と共に見事に開け放たれる。
そしてそこに立っていたのは…魔王討伐パーティの神官であるヴェロニカ・ハルンスク様…の、はず。
なぜ断言できないのか。それは神官であるはずのヴェロニカ様が、まるで魔王かのような形相とオーラを放っていたからだ。
あれ?ヴェロニカ様は討伐する側だよね?
そして………睨んでいる。ものすんごく睨んでいる。間違いなく、私を。
ギンッギンに私を睨みつけながらツカツカとこちらに歩いてきて、手を振りかざし…?
バッチ―――――――ン!!!
「こんの……泥棒ねこぉぉぉ―――――――――!!!」
キーンとする耳に昼ドラもビックリなセリフが響く。
私はヒリヒリする左の頬に手を伸ばし、呆然と、未だ叫び続ける彼女を見つめる。
「イリィ大丈夫か!?……っ、ハルンスク嬢!何をするんだ!?」
「なぜこの女を愛称で呼ぶのです!?身分が違いすぎますわ!なぜエスコートもアラン様がなさいますの!?」
「それは俺が望んだからだ」
「な…なんですって!?」
目の前でふたりのやり取りが繰り広げられている。どうやら私はヴェロニカ様に平手打ちを頂戴したらしい。多少痛かったが私にとっては大したことはない。ただ…心にガツンときた。
そうだ。彼女はアランが好きなのだ。なのに応える気もないのにエスコートを頼んだりして…バチが当たったのだ。
「そもそも、俺はハルンスク嬢と婚約する気はないと言っているだろう」
「なぜですの!?わたくしは枢機卿の娘ですのよ!?アラン様の今後の助けになれるはずですわ!」
「また身分か…。身分などいらない。俺は愛する人と幸せになりたいだけだ。そこに身分は関係ない」
「あ、愛する人………ですって!?でも、あの女には何もありませんわ!見た目だけではありませんか!」
「……あなたは心が貧しいな」
「っ!?」
ヴェロニカ様の顔が羞恥でカッと赤くなる。
この世界は確かに身分が重要だ。身分が低ければどんなに優れていようと、どんなに美しかろうと蔑まれる。そのおかげでアランもずっも辛い思いをしてきたのだ。知らないはずはない。それなのに。
「この世界は間違っている。身分が高いからなんだっていうんだ。俺は俺の幸せの基準で生きたい。俺の幸せの基準は俺が決める」
そしてアランは私を振り返る。その目はとても真っ直ぐで、目を逸らせなくなってしまう。
「例え愛する人でも、俺の幸せの基準は変えられない。俺は、俺の幸せを、求めたいんだ。俺は…イリィと生きたいんだ」
「!」




