ゆるりゆるり
ここは…どこ?
暗い、闇の世界。
なんだか体の感覚があやふやで、確認するように自分の体を見下ろす。
そこにはドラゴンの体ではなく、仄かに光る、人間の体があった。
恐らく私の…現世の、イリーネの体だ。
私はどうしたんだっけ?
確か、私は…、、、そう、そうよ。アガリアレプトに刺されたんだったわ。
私は…また、死んだの?
ここは死の世界?
それともまた、卵の中かしら?
急に不安に苛まれる。
ただひとり闇の中、孤独が襲う。
母様にもう会えないのかしら…。必ず帰るって約束したのに…。現世でも親不孝者になってしまうのかしら…。
フランツさんのことだってそう。無理矢理魔族と切って連れてきたのに…安心して暮らせるまで一緒にいてあげたかったのに…。
そして…アラン。
導者として付いてきたのに何も責任を果たさず死んでしまうなんて…きっとこれから彼、困ってしまうわね…。
それに…、もう少し、もう少しだけ…一緒にいたかったな。
種族が違う。生きる時間も違う。老いる速さも違う。
決して結ばれはしないけど、せめて…せめて、もう少しだけ一緒にいたかった。
そう…、自分の気持ちは分かってる。気付いてたわ。
私はアランが好きなのよ。
でも、自覚してしまっては辛いだけだから…気付かないふりをしていたの。
いつかはアランの横には相応しい人が並ぶ。でもそれは、私じゃない。
だって私は…ドラゴンだから。
なぜ、私はドラゴンなんだろう…。
苦しい。切ない。でも、望まずにはいられない。
彼の笑顔がもう一度…もう一度だけでいいから、見たい。
「イリーネ!!!」
その時、闇の中からアランが私を呼ぶ声がする。
必死に。苦しそうに。
アランが辛そうなのに、その声に歓喜する。
あぁ、心配してくれている。私を必要としてくれている。
私はなんて酷い女なんだろう。
暗闇から、手が伸びてくる。
体は見えないが、分かる。これは彼の手だ。
ダメだと分かってる。
分かってはいるけど…もう少しだけ。もう少しだけ、傍にいたい。
私は躊躇いつつも彼の手をとる。
彼はしっかりと握り返してくれ、力強く、ぐいと引っ張った。
すると世界が光に満ち溢れ………
意識が浮上する。
重い瞼をなんとか開けると…そこは先程までとは違い、光が溢れる世界。
…夢?
ここは宿だろうか?
体がものすごく怠い。重い。
私はベッドに寝かせられていて、脇には驚いた顔で私を覗き込むようにしてアランがベッドの横に座り込んでいた。
当然、その目には私が映っていて…。
心が喜びで震える。
「っ!イリーネ!良かった…」
彼がくしゃりと笑み、甘く私の名を呼ぶ。
もっと呼んで。
私を見て。
私に触れて。
私を…、愛して。
そんなことは許されないと分かっているのに、欲してしまう。
なんて浅ましい。
「心配かけてごめんなさい…。もう、大丈夫よ」
安心させようと微笑むも、自分がドラゴンの姿であることに気付く。
これじゃ表情が分からない。
でもちゃんと気持ちは伝わったようで、アランは笑みを深め、私の手を握ってくれた。
「良かった…。本当に良かった。どこか痛いところは無いか?辛くはないか?」
「ちょっと疲れてるけど大丈夫よ」
「本当に?本当に大丈夫なんだな?なんともないんだな?」
「…アラン?」
「っ!すまない…。イリーネが目の前であんなことになって…生きた心地がしなかったんだ」
真剣な目が私を射抜く。
「守ってやれなくてすまなかった。これからは、この身に代えても守ってみせる」
「っ!」
反則だ!
そんな真剣な顔でそんな甘い言葉、卑怯だ!!
私ははくはくと口を動かすばかりで何も言えない。
顔が、熱い…!
「無事で…良かった…」
私の手をぎゅっと握り締め、俯き、吐息混じりに呟いた言葉に、更に胸がきゅんとなる。
だが直後に、アランが心配していた怪我の元凶であるアガリアレプトのことが頭を過り、あの時の恐怖が甦る。
腹に埋まる手を見て、死を覚悟した。
でも、ひとりじゃ死ねない。
なんとしてでもアガリアレプトを道連れに…!
そう思って捨て身で捕まえた。
あの後どうなったのだろう…?
そんな疑問が顔に出ていたのか、気付いたアランが眉を寄せて説明してくれる。
「アガリアレプトは聖剣で脳天から腹まで切った。確かに切ったんだが…あいつは、死ななかったんだ…。イリーネが必死で捕まえてくれたのに…本当にすまない」
ひゅっと喉が鳴る。
死ななかった…?
光の魔法がかかった聖剣で切っても死なないだなんて…じゃあ、どうすれば?
「切られた状態でもあいつは喋っていた。だがすぐに去ったところを見るとダメージが無かったわけではなさそうなんだが……イリーネ?」
体がカタカタと震える。
あいつが生きてる?
切られても生きてた?
…じゃあどうすれば倒せる?
そもそも倒せる相手なの?
次、会ったときにまた刺されたら…!
「ひゃあっ!?」
呆然としていると、突然ふわりと体が浮かび、気付けば私はアランの腕の中にいた。
「ア…アラン!?」
「大丈夫。大丈夫だ。必ず俺が守る」
ゆるりゆるりと、大きくて暖かな手が私の背を撫でる。
「怖い思いをさせて…すまなかった」
「!!」
どうしてアランは私の気持ちが分かるんだろう?
私は、怖かったのだ。
アガリアレプトという不気味な存在が。
血が滴るほどの怪我が。
…目前に迫る、死が。
戦わなくちゃいけないから。
怖いって思っちゃったら戦えないから。
だから必死に隠してきた。
周りにも、自分自身に対しても。
でも、アランは見つけてしまう。
私の弱い部分。隠している部分。
ゆるりゆるりと、背を撫でる手が、抱きしめてくれる手が愛おしい。気持ちいい。
「アラン…、目、瞑っててくれる?」
「え?」
返事を待つ前に、私は人間の姿に変わる。
疲れ果ててしまっていて、空間ポケットから洋服を出すのは諦めた。もう、なんでもいいから人間の姿になりたかったのだ。
「!?」
急に抱きしめていたドラゴンが人間になったからであろう。アランの体が硬直したのが伝わる。
でも体が密着しているから、髪が長いから体はそんなに見えない…はずだ。
私はアランの背に腕を回す。
だって仕方なかったのよ。ドラゴンじゃ抱きしめ返せないから。
「ふっ…」
だって仕方なかったのよ。ドラゴンじゃ…涙を流せないから。
「イリーネ…」
「ふぅっ、うぅ…」
一度泣いてしまうと、もう止まらなかった。
アランの胸に顔を埋め、子供みたいに泣きじゃくる。
アランがバサリと私の背に毛布を掛け、さっきみたいに大きな手で背を撫でてくれる。
「うぁ…うぁぁぁん!」
ゆるりゆるり。
暖かい。心地良い。
私は転生して初めて、涙を流して泣いた。




